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第四章
新しい朝
意識は、深い闇の底から、ゆっくりと浮上していった。まず感じたのは、柔らかな布団の感触と、ほのかな花の香り。
そして、窓から差し込む温かな光が、瞼の裏で優しく揺らめいていた。
セレンティア・カルデンシアは、ゆっくりと瞼を開けた。見覚えのある公爵家の自室の天井だった。
全身には激しい消耗の跡と、どこかすっきりとした軽さが同居している。
あの忌まわしいブレスレットの重苦しい感覚は、もうなかった。
(……ここは……?)
記憶が、洪水のように押し寄せる。森の小屋。侯爵の歪んだ笑み。母の形見を囮にした罠。魔力を吸い取られる絶望。
そして――金色の髪を靡かせて駆けつけ、彼女を抱きしめた、あの人の姿。
「……リューク……」
名前が、自然と唇を零れた。その瞬間、ドアが静かに開き、ギルバートが顔を覗かせた。彼の目が大きく見開かれた。
「ティア!? 目が覚めたのか!?」
彼の声を合図に、家族が続々と部屋に駆け込んできた。父アレクサンドル、姉アルデリカ、そして……その傍らには、金色の髪を少し乱れさせ、安堵の深い息をついているレクシード皇太子の姿もあった。
「……みんな……」
セレンティアの声はかすれていた。
「ゆっくり話せ」
父が近づき、彼女の手を握った。その手は、いつも以上に温かく、また、微かに震えていた。
「まず、聞いてほしいことがある」
アレクサンドルは、落ち着いた、しかし芯に激しい感情を宿した声で、すべてを語り始めた。
セレンティアが囚われていた間、公爵家と皇太子は協力し、ローデンゼン侯爵邸に公式の捜索令状をもって突入した。
侯爵は重傷を負い拘束され、抵抗した私兵魔術師団も一掃された。そして、邸内の隠し部屋や地下書庫から、決定的な証拠が次々と発見されたのだ。
十数年前のエレニア殺害の計画と実行を記したカルレオ自身の日記。セレンティア誘拐の詳細な記録。魔力吸収ブレスレットの設計図と、彼女から搾取した魔力の量を記した帳簿。
さらには、皇帝や他の貴族を貶め、第二皇子派を拡大させるための陰謀の記録まで。
「全てが明るみに出た」
アレクサンドルの目が、長年の無念と怒りに曇り、そして静かな決意に輝いた。
「お前の母、エレニアの無念も。お前がこれまで味わった、理不尽な苦しみも。すべて、あの男の罪によってもたらされたものだ。これで……ようやく、晴らすことができる」
セレンティアは言葉を失い、ただ父の手を握り返した。胸の奥で、複雑な感情が渦巻く。
長年自分を苦しめた原因が、単なる「嫌われ者」だったからという訳ではなく、こんなにも深く歪んだ陰謀の産物だったこと。
母が、自分を救おうと単身敵地に赴き、命を落としたこと。
それをずっと、知らずに生きてきたこと。
「そう……だったんだ……」
滲み出た涙が、頬を伝う。それは、悲しみだけではない。
重しが取り除かれた安堵、母の愛の大きさへの感謝、そして、ようやく真実の光が当たったことへの、切ないほどの解放感だった。
レクシードが一歩前に出た。
「皇帝陛下にも、全てを報告した」
彼の声は、かつての不器用さは微塵もなく、確信に満ちていた。
「陛下は……私の変貌に驚いていたが、この事件の重大性を深く認識され、ローデンゼン侯爵勢力の徹底的な排除を決意された。それは、第二皇子の宮廷内での影響力が決定的に墜ちることを意味する」
彼の目がセレンティアに向けられた時、ほんの一瞬、冷徹な皇太子の仮面が剥がれ、深い安堵と労りの色が覗いた。
「もう、誰にも君を傷つけさせない。約束するよ」
部屋の中に、静かな、しかし確かな熱気が満ちた。
長い闇の時代が終わりを告げ、真実と正義がようやく日の目を見る瞬間だった。
アルデリカが、例によって少し冷たく見えるが、美しい瞳を少しだけ潤ませながら言った。
「これで、ようやくあの汚らわしい屋敷から、残りの母上の形見も取り戻せるわね」
「ああ」
ギルバートが力強くうなずく。
「そして、ティア。お前はもう、何も怖がらなくていい。ここが、お前の家だ。ずっと、ずっと」
セレンティアは、家族の温かい眼差しと、レクシードの確かな存在に包まれながら、深く、深く息を吸い込んだ。
窓の外では、新しい朝の光が、公爵邸の庭を優しく照らし出していた。
苦しみは終わったわけではない。失われた時間も、母のぬくもりも、戻っては来ない。だが、少なくとも、これからは――真実の上に立ち、愛する人たちに守られて、前を見て歩いていける。
彼女はそっと微笑んだ。涙に曇りながらも、それは、これまでで一番、軽やかで、希望に満ちた笑顔だった。
「……うん。ありがとう」
すべての因縁が解かれ、新たな物語の一章が、この光の中で静かに刻まれ始める。
そして、窓から差し込む温かな光が、瞼の裏で優しく揺らめいていた。
セレンティア・カルデンシアは、ゆっくりと瞼を開けた。見覚えのある公爵家の自室の天井だった。
全身には激しい消耗の跡と、どこかすっきりとした軽さが同居している。
あの忌まわしいブレスレットの重苦しい感覚は、もうなかった。
(……ここは……?)
記憶が、洪水のように押し寄せる。森の小屋。侯爵の歪んだ笑み。母の形見を囮にした罠。魔力を吸い取られる絶望。
そして――金色の髪を靡かせて駆けつけ、彼女を抱きしめた、あの人の姿。
「……リューク……」
名前が、自然と唇を零れた。その瞬間、ドアが静かに開き、ギルバートが顔を覗かせた。彼の目が大きく見開かれた。
「ティア!? 目が覚めたのか!?」
彼の声を合図に、家族が続々と部屋に駆け込んできた。父アレクサンドル、姉アルデリカ、そして……その傍らには、金色の髪を少し乱れさせ、安堵の深い息をついているレクシード皇太子の姿もあった。
「……みんな……」
セレンティアの声はかすれていた。
「ゆっくり話せ」
父が近づき、彼女の手を握った。その手は、いつも以上に温かく、また、微かに震えていた。
「まず、聞いてほしいことがある」
アレクサンドルは、落ち着いた、しかし芯に激しい感情を宿した声で、すべてを語り始めた。
セレンティアが囚われていた間、公爵家と皇太子は協力し、ローデンゼン侯爵邸に公式の捜索令状をもって突入した。
侯爵は重傷を負い拘束され、抵抗した私兵魔術師団も一掃された。そして、邸内の隠し部屋や地下書庫から、決定的な証拠が次々と発見されたのだ。
十数年前のエレニア殺害の計画と実行を記したカルレオ自身の日記。セレンティア誘拐の詳細な記録。魔力吸収ブレスレットの設計図と、彼女から搾取した魔力の量を記した帳簿。
さらには、皇帝や他の貴族を貶め、第二皇子派を拡大させるための陰謀の記録まで。
「全てが明るみに出た」
アレクサンドルの目が、長年の無念と怒りに曇り、そして静かな決意に輝いた。
「お前の母、エレニアの無念も。お前がこれまで味わった、理不尽な苦しみも。すべて、あの男の罪によってもたらされたものだ。これで……ようやく、晴らすことができる」
セレンティアは言葉を失い、ただ父の手を握り返した。胸の奥で、複雑な感情が渦巻く。
長年自分を苦しめた原因が、単なる「嫌われ者」だったからという訳ではなく、こんなにも深く歪んだ陰謀の産物だったこと。
母が、自分を救おうと単身敵地に赴き、命を落としたこと。
それをずっと、知らずに生きてきたこと。
「そう……だったんだ……」
滲み出た涙が、頬を伝う。それは、悲しみだけではない。
重しが取り除かれた安堵、母の愛の大きさへの感謝、そして、ようやく真実の光が当たったことへの、切ないほどの解放感だった。
レクシードが一歩前に出た。
「皇帝陛下にも、全てを報告した」
彼の声は、かつての不器用さは微塵もなく、確信に満ちていた。
「陛下は……私の変貌に驚いていたが、この事件の重大性を深く認識され、ローデンゼン侯爵勢力の徹底的な排除を決意された。それは、第二皇子の宮廷内での影響力が決定的に墜ちることを意味する」
彼の目がセレンティアに向けられた時、ほんの一瞬、冷徹な皇太子の仮面が剥がれ、深い安堵と労りの色が覗いた。
「もう、誰にも君を傷つけさせない。約束するよ」
部屋の中に、静かな、しかし確かな熱気が満ちた。
長い闇の時代が終わりを告げ、真実と正義がようやく日の目を見る瞬間だった。
アルデリカが、例によって少し冷たく見えるが、美しい瞳を少しだけ潤ませながら言った。
「これで、ようやくあの汚らわしい屋敷から、残りの母上の形見も取り戻せるわね」
「ああ」
ギルバートが力強くうなずく。
「そして、ティア。お前はもう、何も怖がらなくていい。ここが、お前の家だ。ずっと、ずっと」
セレンティアは、家族の温かい眼差しと、レクシードの確かな存在に包まれながら、深く、深く息を吸い込んだ。
窓の外では、新しい朝の光が、公爵邸の庭を優しく照らし出していた。
苦しみは終わったわけではない。失われた時間も、母のぬくもりも、戻っては来ない。だが、少なくとも、これからは――真実の上に立ち、愛する人たちに守られて、前を見て歩いていける。
彼女はそっと微笑んだ。涙に曇りながらも、それは、これまでで一番、軽やかで、希望に満ちた笑顔だった。
「……うん。ありがとう」
すべての因縁が解かれ、新たな物語の一章が、この光の中で静かに刻まれ始める。
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