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第87話 閉幕
しおりを挟むサリーナが連行されていった後の会場には、激しいショーが終わった後に襲いかかる倦怠感のような、何とも重苦しい空気が漂っていた。
普通のパーティーではあり得ない、立て続けに起きたスキャンダラスな騒動。これには、権謀術数が飛び交う貴族社会に身をおく者達であっても、刺激が強すぎたらしい。
身内や知り合いが被害にあっていたと分かって混乱気味な者も多く、おしゃべりする気力も無いようで、シンと静まり返っている。
「やれやれ、今宵のパーティーは台無しだな」
そんな中だからこそ、一人の男性が発した声はよく響いた。
主催者であるランスフォード公爵だ。
事件の真相をはじめて知り、噂以上の結末に真っ青になっている顔をさりげなく、しかし見逃さないように、チラリと流し見ながら、人々の間を抜けてこちらへと近づいて来る。
今まで甥っ子の暴走を静観していた王弟の登場に、慌てて道を開け次々と頭を下げていく貴族達。
「叔父上……」
いつもは朗らかな叔父が、厳し表情で自分達を見つめながら歩いてくるのを見て、ランシェル王子は顔をひきつらせた。
王子の側では、自覚したばかりの失態の数々に身の置き所のない側近たちも、逃げ出したい気持ちを抑え、縮こまって控えている。
そんな彼らの姿を一通り眺めてから、努めて冷静に問いかけた。
「……さて、殿下。この茶番、まだ続けるおつもりですかな?」
ランシェル王子は唇を噛みしめ、力なく首を振る。
「……いえ。もう」
改めてランスフォード公爵に問われるまでもない。
今は一刻も早く、この場を立ち去りたい思いでいっぱいだった。
ほんの少し前までは、夢と希望に満ちあふれた輝かしい未来が掴めると信じて疑わなかったのに……。
可憐で無邪気なサリーナの側で、信頼できる友人達と笑いあっていた、あの居心地の良い幸せな時間が永遠に続くと思っていたのに、こんなにも呆気なく砕け散ってしまうものなのか。
あまりの落差に目眩がしそうだった。
「そうか」
常になく萎れている甥を一瞥し、ため息をつく。
(やれやれ、ようやく目を覚ましたか。高い授業料だったな……まだ、終わりではないが……)
後始末を考えると頭が痛くなるが、とりあえずこの場を納めなければならない。
様子を伺う出席者達へと、向かいあう。
「お集まりの紳士淑女諸君。残念ながら、今宵の夜会は今をもって閉幕とする」
当然の判断だろう。
こんな事件が起こっては、続けられるはずがない。ザワめく貴族達を片手を上げて制すると、言葉を重ねる。
「まあ、まだ始まってもいなかったのだがな……残念だが仕方あるまい。我が友人諸君、この埋め合わせはまた後日に……」
重々しく告げるランスフォード公爵の言葉に、一同は揃って頭を下げ、警備中の近衛兵が見守る中、粛々と暇乞いしていったのだった。
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