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第110話 駆け引き
しおりを挟む聖国は大陸中に神殿を構え、魔物が跋扈する危険なこの世界で人々の精神的支柱となっている宗教国家。
施政者としては、うまく付き合っていかなければならない勢力だった。
聖人や聖女になれる可能性のある少年少女達を求め、常に大陸中を行脚しており、そんな連中が目をつけたのが、ちょうど一級の治癒能力が発現したばかりのシルヴィアーナだった。
聖国がいうところの「聖女」及び「聖人」の定義は、多くの人、あるいは場所(瘴気溜まりなど)を癒せる能力を有している人物である、ということだ。
魔法大国として知られるハワード王国の貴族階級には特に生まれやすく、調査官の巡回も頻繁に行われている。
シルヴィアーナの力は修行次第では、四肢欠損以外なら全て治せる治癒師になれる可能性を秘めており、「聖女」認定される確率が高かった。
もし調査官が審査し「聖女」と判定すれば、たとえ王族であってもほぼ強制的に生国から切り離され、聖国所属とされる。
これは権力者だけではなく、無辜の民からも能力者を守り保護するための処置でもあった。
そのため、国として拒否することが難しい。
――力あるものは、搾取されやすい。
発現した能力が人々にとり、有益であればあるほど……調査官達が長年の経験から得た、純然たる悲しい真実である。
権力者については言うまでもないだろう。
だが、たとえ善良な村人達であったとしても、その利便性を目の当たりにした途端、様々な欲望に負けて豹変してしまうことがある。
――神から与えられし愛し子を、あらゆる階層の人々の悪意から守ること……。
それが聖国にとって、建国以来の信念になった。
長年の地道な活動は支持され、各国の権力者にも負けないほどの権限を持つ国へと成長していく。
しかし、ハワード王国にとっても彼女ほどの能力者を、そう簡単に聖国に差し出す訳にはいかない。
だが、断るには相応の理由が必要だった。
「あら、そうでしたの。では、この婚約はちょうど良かったのではありませんこと? 王子妃にしてしまえば、さすがに聖国も手を出せませんし。二大大国を同時に敵に回すことは避けたいでしょうからねぇ?」
「それは、そうだが……」
認めたくないが、王妃の言うことにも一理ある。
次期国王の婚約者なら確実に、その要求をはねのけられるのだ。
これは、比較的穏便に聖女認定を逃れられる、抜け道のひとつだった。
二人を可愛がっていた王は、このときほどアランが第一王子のままであればよかったのに、と思ったことはない。
押し通すには、現在の立ち位置だと若干弱いのだ。
アランの育ての親と、シルヴィアーナの両親が親しい友人同士だったこともあり、二人の政略結婚を打診した王の意向は快諾され、すでに顔合わせも終わっていた。
互いを気に入ったようだとの報告も受けている。
そして、久しぶりに会った我が子の様子はとても幸せそうで……。
出会いのきっかけは政略でも、アランとシルヴィアーナが好きあっているらしいことは分かる。
だからこそ、想いを叶えてやりたいと悩む王の苦悩をよそに、王妃が言う。
「シルヴィアーナ嬢を国から出さない為の、最善を申し上げただけですのに。不服そうですわねぇ?」
「……」
国王が元第一王子のためにと動いていたことは当然、彼女も把握していた。
万が一、アランとシルヴィアーナ……能力の高い二人が婚姻を結べば、生まれてくる子の魔力の器の大きさは計り知れない。
ランシェルの御代を脅かしかねないものは、早めに阻止しておきたい王妃にとって、一石二鳥の考えだった。
不機嫌そうに黙りこむ王に、殊更にこやかに微笑んでみせ、
「それにこれは、ハワード王国との融和を望む帝国の総意ですわ」
と、高らかに宣言した。
愛する王子のために、王の思惑を潰して奪い取ったのだ。
今ならまだ、王国が表立って母国の意向を無視出来ないことを確信して……。
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