異世界転移が決まってる僕、あと十年で生き抜く力を全部そろえる

谷川 雅

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第3部 第80話 「海水野菜、港町を変える――交易路と新たな商機」

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海水野菜の栽培が始まってから三か月。
 沿岸部の港町ルシアーノには、活気が戻っていた。
「おおっ! これが例の塩トマトか! ひと箱頼む!」
「うちは海水レタスを二十束! 宿の客が毎日頼むんだ!」
 港の市場には農家と商人が入り混じり、朝から取引の声が響き渡る。
 紬が視察に訪れると、魚市場の親方が手を振った。
________________________________________
「紬さん! この海水ハーブ、魚に巻くと日持ちが倍になったよ!」
「本当ですか? それはうれしいですね。水揚げ直後の鮮度を保てるなら、輸出にも使えますね。」
「そうそう! だからこっちも港の保冷庫を拡張してるんだ!」

 その賑わいを遠巻きに見ていたのは、数か月前に陽介たちの海水農法を鼻で笑った港町の大地主・マルビーニ伯だった。
「海水で作物? 潮害で枯れるに決まっておろう。金と時間の無駄だ」
 当時そう言い放ち、自らの畑を貸すことも協力することも拒んだ張本人だ。
 だが今、彼の屋敷の前の街道には、海水野菜を積んだ荷馬車の列が毎日のように通り過ぎる。
 その野菜を求めて港にやって来る商人たちは、ついでに港町の宿や飲食店にも金を落とし、町全体が潤っていた。
「……ぐぬぬ、我が屋敷の庭先まで活気が押し寄せてくるとはな」
 悔しさを噛みしめる伯の姿に、町人たちはひそひそと笑う。
________________________________________
 そんなある日、マルビーニ伯はついに陽介と紬のもとを訪れた。
 ぎこちない笑顔で頭を下げる。
「ミズノ伯、ミズノ夫人……いや、副長官殿。過去の非礼を詫びたい。
 もしよければ、我が領地の浜辺も、海水農場として貸し出したいのだが……」
 紬は横目で陽介を見る。陽介は少し考え、肩をすくめて笑った。
「伯の土地は確かに適地だ。ただし条件がある。農場の収益の一部を港のインフラ整備に充ててもらう。それが飲めるなら協力しよう」
 伯は苦渋の表情を浮かべつつも、すぐにうなずいた。
 もう、立場を守るためにプライドだけで動く時代ではないと悟ったのだろう。
________________________________________
 こうしてマルビーニ伯領にも新たな海水農場が誕生し、港町の交易路はさらに広がっていく。
 この成功はすぐに周辺諸国にも伝わり、「海に面した土地でも農業ができる」という衝撃的な事実が外交の場で大きな関心を呼ぶことになるのだった。
 紬は港の夕暮れを見ながら、ぽつりと陽介に言った。
「これ……現生に帰ったら、そのまま海沿いの食料計画に使えますね」
「ああ。このノウハウ、必ず向こうでも役に立つ」
 二人の視線は同じ方向――海の向こうに広がる、まだ見ぬ未来を見据えていた。
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