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第12話
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「見えた」
店が見えたことで口走っちまった。
大丈夫だ。いつものスラムのはずだ。
周囲に瓦礫が転がる。
食肉植物が踏み荒らされている。
馬を飛び降りた。
大丈夫、声をかければ――
店の中は荒らされている。
なぜだ。
いくつかの血痕が、床や棚に点々と残っている。
「ポコポコー!」
クソっ!
なんでだ!
どうしてあいつがこんな目に。
「是明! 聞いている? 是明!」
「なんだ!」
「落ち着いて! あなたがそんなに慌ててどうするの? いつものあなたらしくない」
「あ――」
不安が口から出ちまった。
だな。
在香の言う通りだ。らしくねぇ。
まずは状況把握だ。
というより、羽が落ちすぎている。
なんでだ?
白い羽をみりゃ一目瞭然じゃねぇか。
襲撃してくれってか?
それとも誘い出す罠か。
俺の頭には2区の天使どもの情報がある。
天使どもは呪女の正体をつかんで拉致ったか。
羽以外に証拠はない。
ならば、状況からすれば犯人は2区の天使どもって線が濃厚だ。
行くだけ無駄じゃねぇ。ぶっ潰す理由には十分だ。
……違ってたら?
その時は、俺が全部背負う。
バサバサと、空中から突如羽音がする。反射的に外を見る。
「てめぇーか!」
ニヤリとするヤツの面をみた瞬間踏み込もうとすると。
「目撃した」
ユラが再び舞い降りてきやがった。
「なんだと!」
「今回貸し一個になるけど、聞く?」
「クソがぁ!」
「おっと、また僕を消滅させちゃったら聞けないよ?」
空中に空気椅子なのか形作り、座りながら足を組んでいる。
「それに今消しても、君が一時的にすっきりするだけで、何の解決にもならないのはわかっているよね?」
こいつはわかって言ってやがる。
「わかった貸し一個だ。教えろ」
「いいねぇ。君のその即断即決。好きだな」
「消したくなるから早くしてくれ」
「せっかちだね、このスリルとサスペンスをもう少し、ぐべっ」
俺は力任せにいつの間にゼロ距離まで踏み込み殴っていた。
「しなねぇ程度だ。俺は痛くない安心しろ」
「君の言っていることは、たまにわからなくなるよ。ままいいさ」
「で? どこなんだ?」
「2区。城内尋問室A-3」
「信じるしかねぇってことか」
「そうだね。君は時として鋭いし野生だからね」
「何がいいたい」
「2区は“犯罪者連中”だから、全員消しちゃっていいよ? 僕とは相容れないし、凶悪犯罪組織だからね。遠慮せずにどうぞ」
「こうした以上は、その身をもって償ってもらう」
「いいね。その目。僕はこれで退散するさ。貸し一個だからね」
そういうとすぐに上空へ舞う。
スマポの魔導パネルが点滅。
「是明さま。天使2区は、ここ最近“存在証明抜き取り”の実験場になっております。
拉致は常習。実害も甚大。神族ですら手を出さないほどの危険区です」
在香が心配そうに覗き込む。
「いくの?」
「ああ、だが一旦戻る」
「転移魔法陣ね」
「そうだ。あそこなら正確に飛べる」
俺は存在管理庁の移動用の魔法陣を元々あまり利用してねぇ。
とくに理由はねぇ。なんとなくだ。
部署によっちゃ制限されているが。
特殊捜査官だから、自由だ。
もちろん在香もな。
再びまたいだ馬は転移魔法陣へ急いだ。
◇
ここか。
数十の扉が並び、その先に魔法陣があった。
入り口には行き先が記載されている。
近くの者に声をかける。
「よお、徴税局だ天使2区へ飛びたい」
「それならすぐ目の前の扉だよ。ほらそれ」
「助かる」
「あっ待って、2区には行けるけど調整中で2区の端につくけど大丈夫か?」
「そいつは最高だ」
俺と在香が乗った魔法陣は紫色。
黄色の粒子が舞い下から風が吹き上がる。
「在香、いくぞ」
「ええ、行きましょう」
俺たちはまばゆい光につつまれると一瞬視界を失った。
軽く宙に浮いた後、着地する感触だ。
「ここが2区か。存子、監視魔眼、城内尋問室A-3を探し映せ」
「捜査中。ひさしぶりにヤルのですか?」
「状況次第だ」
待っている間はやけに心音が響きやがる。
呼吸も俺のかと思うほどだ。
「見つかりました。映します」
「――ッ! ポコポコ!」
胸が潰れる音がした。
「何てこと……。ひどいわ」
「在香、俺は行く」
「是明」
顔には青あざがあり、口から血が垂れる。
地面にあおむけに倒れているが
胸は上下しているのを見るとまだ生きている。
姿形も声も種族も違う。
そうしたやつらが相手の大事な物を奪ったらどうなる?
もう殺し合いしかなくなる。
その最後の一線を超えたのは奴らだ。
荒廃したスラムの景色の中に、妙に豪華な建物が点在する。
犯罪収益で成り上がった一部の者だろう。
だが、もうここには住民反応はゼロ。
残っているのは、凶悪犯の戦闘用に残された天使族だけ。
「存子、誘導しろ」
「承知」
一瞬だけ考えた。
尋問、報告、局への正式介入。
全部できた。
……だが、それで助かるのは“次”だ。
今、あいつはあそこにいる。
なら選択肢は一つしかねぇ。
「これで、俺はもう戻れねぇ」
「目には目を」
「歯には歯を」
「存在には存在を」
……もういい。
「力づくで奪うなら、もう構わねぇ」
「徴税局も特殊捜査官も今ここにはいない」
「俺は是明」
「徴税官だ!」
「ウオオオォオオオオ!」
「是界ッ!」
絶界(ぜっかい)をそのまま使う気はもうねぇ。
あれは戦争用だ。世界ごと巻き込みかねない。
今のこれは、自分で減らして縛り直した“是界”――まだギリ、人間の線に収まる方だ。
両掌を合わせる。
まばゆい光の粒子が舞う。
両腕が一瞬だけ、白く滲んだ。
……感触は、無視した。
リスクは承知の上だ。
はじまった。
もう、引き返せねぇ。
音も景色もすべて置き去りにする。
視界の中の“天使の反応”だけ――
追い続ける。
俺はもう魔導具だ。
町だ。
家々の灯りも、生きる者の声もあるはずの場所。
――静かだ。
建物に突っ込む。
「ギャー」
悲鳴が空気に乗る前――
存在証明を引き抜き粒子化。
背を向けて逃げる気配。
無意識に掌が伸びる。
触れた瞬間、証明書を抜き出す。
瞬く間に、光の粉になって散った。
何も残らない。
あるのは荒れ果てた破壊の後。
――次で、終わらせる。
ふと、崩れた家の壁に目が留まった。
泥と煤で汚れてるのに、そこだけ白く残ってる。
震える線で描かれた、丸い顔。
羽のついた棒人間が、笑ってやがる。
……ここで暮らしてたんだな。
ここにいた奴の“全員が”凶悪犯だったと、本当に言い切れるか?
それでも、もう止まれねぇ。
生まれや育ちは選べねぇ。ただ環境は人を変える。
凶悪な環境なら、凶悪が日常になって“普通”になっちまう。
そいつが一番残酷じゃねぇのか?
――本当はとっくに折れてるのに、『折れてねぇ』フリして立ってるだけだ。
立って歩いて喋ってるだけで、俺の心なんざ、とっくに粉だ。
身内だけ守るって決めねぇと、多分もう一歩も動けねぇ。
クソッ。
何考えてんだ。そこまで背負えねぇよ。
俺が大事なのは身内だけなんだ。
なあ、アイカ。お前も、そうだろう。
俺は視線を切った。
もう、見るな。
俺はしらみつぶしに動く。
すべての建物を破壊。
すべて殲滅。
誰であろうと容赦はしない。
気づけば、さっきまで「区画」だった場所が、ただの空き地みてぇになっていた。
町の存在反応が消え去る頃。
ようやく殲滅隊がやってくる。
後ろで、在香の足音が一度だけ止まった気がした。
俺は、振り返れなかった。
小さく「……是明」と息がこぼれる。
クソッ! 分かっている。分かっているんだ。
お前が言いたい事も、俺がしている事も。
ただな、大事な者を助けるために、誰かの大事な者を消す。
それをしない選択肢はすでに無いって事だ。
あの神無大戦と同じでな。
悲劇が始まるのはいつも心なんだ。
まだ来るのかよ。
もう誰も来なくていい。
奴らは何か言っているが。
そんな言葉を理解する暇もねぇ。
怒りで動いてるなら、もっと派手にやってる。
これは仕事だ。徴税官の。
救出作戦!
ヤル――
それだけだ。
振り下ろした瞬間、手応えも悲鳴も、すべて光に呑まれて消える。
数を数えるのをやめた。
数えた瞬間、戻れなくなる気がした。
全方位から飛び掛かる。
横一線に振り抜く。
光の線が走り、その輪郭ごとすうっと消えた。
始まってしまった。
次は城へ行く。
「是ッ! 贋ッ!」
是零掌を放ち撃ち抜く。
建物の外壁が消えた。
襲い掛かる天使たちの胸元に次々と掌を叩き込む。
神無大戦のゴーレムの山に、かつて突っ込んだ俺の幻影が重なった。
「……終わらせろ。早く」
一体、光の刃が頭上をかすめた。
瞬間、その姿は輪郭ごと崩れ落ちる。
もう一体、胸元に掌をあてた。
瞬間、きしむような感触とともに光の粉になった。
そこから先は、覚えていない。
目に入った天使の“存在反応”を消し続けただけだ。
叫びも祈りも、粒子になる光と一緒に遠ざかっていった。
どこからどこまでを自分が壊したのか、正直もう覚えてねぇ。
ただ、止まれなかった。
皮膚の縁が、砂みたいにほどけた。指先が冷えた。
恐怖でひきつる天使たち。
その最後の表情ごと、是零掌でかき消す。
「安心しろ。泥まみれでも粒子になりゃきれいになる」
そんな言葉が、勝手に口をついて出た。
意味なんて考えていなかった。
「ギャー」
瞬く間に粒子化していく。
ようやく目的の扉の前にきた。
「A-3ここか」
扉を蹴り上げると、そこにポコポコが倒れていた。
音が消えた。
世界が止まった。
心音も。
言葉は無い。
ポコポコを抱きかかえる。
◇
口に何かが入ってくる。
眼をうっすら開けると是明の顔がある。
眼を閉じている。
また、キスしているの。あたし。
口からのどを伝うポーション。
心が温かくなる。
さっきまで冷たい床と鎖の感触しかなかった手足が、
いまは是明の体温でじんじんしてる。
夢だったらいやだ。目が覚めたらあの部屋に戻されるなんて、もう――考えたくない。
是明がいる! それだけも温かいのに。
キスしているの。
嬉しいけど悲しい。
きてくれた。
もう理由がない。
安心がある。
あたしは言葉を忘れた。
発せない。
心が是明の温かさで満ちているの。
もう何もいらない。
嬉しいなんて言葉がでない。
なみだが今の私の言葉。
あふれて止まらない。
だめだと思ってた。
もう会えないと思っていた。
でも来てくれた。
心ですら叫べない。
ただあたしは必死に彼にしがみついた。
今度は決して離さない。
ギュッてしたの。
ずっとギュってしたいの。
もし、言葉にしていいのなら
ずっと好きでいてもいいかな。
好きでい続けてもいいかな。
あたしの是明。
大好き。
◇
ポーションを口移しで辛うじて飲み干した。
体がみるみるうちに回復していく。
これなら大丈夫だ。
俺は殺しまくったのに。
心があったけぇ。
こいつが笑ってりゃ、それで十分だ。
……ま、向こうの世界にはいずれ痛ぇしっぺ返しすりゃいい。
後ろから、一定の距離を保って在香がついてくる。
今は誰もいなくなったこの場所で帰路につく。
◇
天使ユラとして命ずる。
是明の行動を映し出せ。
丘の上で、監視魔眼を通して是明の戦いを見ていた。
「なんだい、あれは……っ」
喉の奥から、乾いた笑いがにじんだ。
自分でも、笑っているのか震えているのか、よくわからない。
あそこまでいくと災厄だ。
いや、災禍と言っていい。
何かの冗談かい?
いや、もう笑う以外にないよ。
口元を手で押さえるが、笑いはまったく止まらない。
あんなのを相手にしようとするヤツがバカだね。
だめだ。
立ち向かっちゃいけない相手だ。
生きとし生ける者は、天災を制御しようなどと考えるのは愚かだ。
だからアレは災禍だ。
まぎれもなく災禍だ。
笑うしかなかった。笑わなければ、正気を保てる気がしない。
それでも、笑うのをやめられなかった。
だめだ。
貸しがあるのに笑いが止まらなくて判断にぶりそうだよ。
フレイム、君ならどうする?
僕はどうしようか。
◇
俺は、ポコポコをおぶっていた。
すっかり安堵したのか、完全に寝ている。
終わった、とは思えなかった。
片づけただけだ。
在香は何も言わなかった。
それが一番、重かった。
はぁ、しゃーねーな。
「なあ、ポコポコがどうこうって話だけじゃねぇ」
「そうなの?」
「聞いただろ? あいつらを生かしときゃ、次は別の誰かが地獄を見る。
……だから全部片づけた。それだけだ」
「ねえ、是明。これからどうするの?」
「いつもどおりだな」
「え? このまま何事もなかったかのようにするつもり?」
「いや違う」
「どういうこと?」
「こうだ」
「2区、殲滅完了」
「未納者なし」
在香は口を手で覆いあっけにとられていた。
そう、それでいい。
ポコポコの体温だけが、俺をギリギリ『人』側に引き戻してる気がした。
この時――
「是明! あなたそれ――」
「……影が、薄い。地面を踏んでないみたい」
「ああ、遂にきちまったか……代償が今なんて冴えねぇよな」
頼むまだ、ポコポコを支えさせてくれ。
足の感覚がなかった。
地面を踏んでいるのに、重さが伝わらない。
「グハッ」
大量の血だまりを足もとに作る。
あの力は使い続ければ体がボロボロになる。
そんなことは、アイカの時にわかっていた。
でもな。
俺は見捨てる選択肢はねぇんだよ。
「在香……もしもの時はポコポコを頼む」
「何言ってんの! あなたらしくないしっかりして!」
今の声、響くな空の体に。
お前だけは良心でいてくれ。
俺たちは再び魔法陣にのりまばゆい光が包み込んだ。
その最後。
天使ユラが俺の目の前にいた。
ニヤつく。
「お前!」
「貸し1個、ちゃんと返してよね?」
光に包まれて、ヤツをつかみ損ねた。
店が見えたことで口走っちまった。
大丈夫だ。いつものスラムのはずだ。
周囲に瓦礫が転がる。
食肉植物が踏み荒らされている。
馬を飛び降りた。
大丈夫、声をかければ――
店の中は荒らされている。
なぜだ。
いくつかの血痕が、床や棚に点々と残っている。
「ポコポコー!」
クソっ!
なんでだ!
どうしてあいつがこんな目に。
「是明! 聞いている? 是明!」
「なんだ!」
「落ち着いて! あなたがそんなに慌ててどうするの? いつものあなたらしくない」
「あ――」
不安が口から出ちまった。
だな。
在香の言う通りだ。らしくねぇ。
まずは状況把握だ。
というより、羽が落ちすぎている。
なんでだ?
白い羽をみりゃ一目瞭然じゃねぇか。
襲撃してくれってか?
それとも誘い出す罠か。
俺の頭には2区の天使どもの情報がある。
天使どもは呪女の正体をつかんで拉致ったか。
羽以外に証拠はない。
ならば、状況からすれば犯人は2区の天使どもって線が濃厚だ。
行くだけ無駄じゃねぇ。ぶっ潰す理由には十分だ。
……違ってたら?
その時は、俺が全部背負う。
バサバサと、空中から突如羽音がする。反射的に外を見る。
「てめぇーか!」
ニヤリとするヤツの面をみた瞬間踏み込もうとすると。
「目撃した」
ユラが再び舞い降りてきやがった。
「なんだと!」
「今回貸し一個になるけど、聞く?」
「クソがぁ!」
「おっと、また僕を消滅させちゃったら聞けないよ?」
空中に空気椅子なのか形作り、座りながら足を組んでいる。
「それに今消しても、君が一時的にすっきりするだけで、何の解決にもならないのはわかっているよね?」
こいつはわかって言ってやがる。
「わかった貸し一個だ。教えろ」
「いいねぇ。君のその即断即決。好きだな」
「消したくなるから早くしてくれ」
「せっかちだね、このスリルとサスペンスをもう少し、ぐべっ」
俺は力任せにいつの間にゼロ距離まで踏み込み殴っていた。
「しなねぇ程度だ。俺は痛くない安心しろ」
「君の言っていることは、たまにわからなくなるよ。ままいいさ」
「で? どこなんだ?」
「2区。城内尋問室A-3」
「信じるしかねぇってことか」
「そうだね。君は時として鋭いし野生だからね」
「何がいいたい」
「2区は“犯罪者連中”だから、全員消しちゃっていいよ? 僕とは相容れないし、凶悪犯罪組織だからね。遠慮せずにどうぞ」
「こうした以上は、その身をもって償ってもらう」
「いいね。その目。僕はこれで退散するさ。貸し一個だからね」
そういうとすぐに上空へ舞う。
スマポの魔導パネルが点滅。
「是明さま。天使2区は、ここ最近“存在証明抜き取り”の実験場になっております。
拉致は常習。実害も甚大。神族ですら手を出さないほどの危険区です」
在香が心配そうに覗き込む。
「いくの?」
「ああ、だが一旦戻る」
「転移魔法陣ね」
「そうだ。あそこなら正確に飛べる」
俺は存在管理庁の移動用の魔法陣を元々あまり利用してねぇ。
とくに理由はねぇ。なんとなくだ。
部署によっちゃ制限されているが。
特殊捜査官だから、自由だ。
もちろん在香もな。
再びまたいだ馬は転移魔法陣へ急いだ。
◇
ここか。
数十の扉が並び、その先に魔法陣があった。
入り口には行き先が記載されている。
近くの者に声をかける。
「よお、徴税局だ天使2区へ飛びたい」
「それならすぐ目の前の扉だよ。ほらそれ」
「助かる」
「あっ待って、2区には行けるけど調整中で2区の端につくけど大丈夫か?」
「そいつは最高だ」
俺と在香が乗った魔法陣は紫色。
黄色の粒子が舞い下から風が吹き上がる。
「在香、いくぞ」
「ええ、行きましょう」
俺たちはまばゆい光につつまれると一瞬視界を失った。
軽く宙に浮いた後、着地する感触だ。
「ここが2区か。存子、監視魔眼、城内尋問室A-3を探し映せ」
「捜査中。ひさしぶりにヤルのですか?」
「状況次第だ」
待っている間はやけに心音が響きやがる。
呼吸も俺のかと思うほどだ。
「見つかりました。映します」
「――ッ! ポコポコ!」
胸が潰れる音がした。
「何てこと……。ひどいわ」
「在香、俺は行く」
「是明」
顔には青あざがあり、口から血が垂れる。
地面にあおむけに倒れているが
胸は上下しているのを見るとまだ生きている。
姿形も声も種族も違う。
そうしたやつらが相手の大事な物を奪ったらどうなる?
もう殺し合いしかなくなる。
その最後の一線を超えたのは奴らだ。
荒廃したスラムの景色の中に、妙に豪華な建物が点在する。
犯罪収益で成り上がった一部の者だろう。
だが、もうここには住民反応はゼロ。
残っているのは、凶悪犯の戦闘用に残された天使族だけ。
「存子、誘導しろ」
「承知」
一瞬だけ考えた。
尋問、報告、局への正式介入。
全部できた。
……だが、それで助かるのは“次”だ。
今、あいつはあそこにいる。
なら選択肢は一つしかねぇ。
「これで、俺はもう戻れねぇ」
「目には目を」
「歯には歯を」
「存在には存在を」
……もういい。
「力づくで奪うなら、もう構わねぇ」
「徴税局も特殊捜査官も今ここにはいない」
「俺は是明」
「徴税官だ!」
「ウオオオォオオオオ!」
「是界ッ!」
絶界(ぜっかい)をそのまま使う気はもうねぇ。
あれは戦争用だ。世界ごと巻き込みかねない。
今のこれは、自分で減らして縛り直した“是界”――まだギリ、人間の線に収まる方だ。
両掌を合わせる。
まばゆい光の粒子が舞う。
両腕が一瞬だけ、白く滲んだ。
……感触は、無視した。
リスクは承知の上だ。
はじまった。
もう、引き返せねぇ。
音も景色もすべて置き去りにする。
視界の中の“天使の反応”だけ――
追い続ける。
俺はもう魔導具だ。
町だ。
家々の灯りも、生きる者の声もあるはずの場所。
――静かだ。
建物に突っ込む。
「ギャー」
悲鳴が空気に乗る前――
存在証明を引き抜き粒子化。
背を向けて逃げる気配。
無意識に掌が伸びる。
触れた瞬間、証明書を抜き出す。
瞬く間に、光の粉になって散った。
何も残らない。
あるのは荒れ果てた破壊の後。
――次で、終わらせる。
ふと、崩れた家の壁に目が留まった。
泥と煤で汚れてるのに、そこだけ白く残ってる。
震える線で描かれた、丸い顔。
羽のついた棒人間が、笑ってやがる。
……ここで暮らしてたんだな。
ここにいた奴の“全員が”凶悪犯だったと、本当に言い切れるか?
それでも、もう止まれねぇ。
生まれや育ちは選べねぇ。ただ環境は人を変える。
凶悪な環境なら、凶悪が日常になって“普通”になっちまう。
そいつが一番残酷じゃねぇのか?
――本当はとっくに折れてるのに、『折れてねぇ』フリして立ってるだけだ。
立って歩いて喋ってるだけで、俺の心なんざ、とっくに粉だ。
身内だけ守るって決めねぇと、多分もう一歩も動けねぇ。
クソッ。
何考えてんだ。そこまで背負えねぇよ。
俺が大事なのは身内だけなんだ。
なあ、アイカ。お前も、そうだろう。
俺は視線を切った。
もう、見るな。
俺はしらみつぶしに動く。
すべての建物を破壊。
すべて殲滅。
誰であろうと容赦はしない。
気づけば、さっきまで「区画」だった場所が、ただの空き地みてぇになっていた。
町の存在反応が消え去る頃。
ようやく殲滅隊がやってくる。
後ろで、在香の足音が一度だけ止まった気がした。
俺は、振り返れなかった。
小さく「……是明」と息がこぼれる。
クソッ! 分かっている。分かっているんだ。
お前が言いたい事も、俺がしている事も。
ただな、大事な者を助けるために、誰かの大事な者を消す。
それをしない選択肢はすでに無いって事だ。
あの神無大戦と同じでな。
悲劇が始まるのはいつも心なんだ。
まだ来るのかよ。
もう誰も来なくていい。
奴らは何か言っているが。
そんな言葉を理解する暇もねぇ。
怒りで動いてるなら、もっと派手にやってる。
これは仕事だ。徴税官の。
救出作戦!
ヤル――
それだけだ。
振り下ろした瞬間、手応えも悲鳴も、すべて光に呑まれて消える。
数を数えるのをやめた。
数えた瞬間、戻れなくなる気がした。
全方位から飛び掛かる。
横一線に振り抜く。
光の線が走り、その輪郭ごとすうっと消えた。
始まってしまった。
次は城へ行く。
「是ッ! 贋ッ!」
是零掌を放ち撃ち抜く。
建物の外壁が消えた。
襲い掛かる天使たちの胸元に次々と掌を叩き込む。
神無大戦のゴーレムの山に、かつて突っ込んだ俺の幻影が重なった。
「……終わらせろ。早く」
一体、光の刃が頭上をかすめた。
瞬間、その姿は輪郭ごと崩れ落ちる。
もう一体、胸元に掌をあてた。
瞬間、きしむような感触とともに光の粉になった。
そこから先は、覚えていない。
目に入った天使の“存在反応”を消し続けただけだ。
叫びも祈りも、粒子になる光と一緒に遠ざかっていった。
どこからどこまでを自分が壊したのか、正直もう覚えてねぇ。
ただ、止まれなかった。
皮膚の縁が、砂みたいにほどけた。指先が冷えた。
恐怖でひきつる天使たち。
その最後の表情ごと、是零掌でかき消す。
「安心しろ。泥まみれでも粒子になりゃきれいになる」
そんな言葉が、勝手に口をついて出た。
意味なんて考えていなかった。
「ギャー」
瞬く間に粒子化していく。
ようやく目的の扉の前にきた。
「A-3ここか」
扉を蹴り上げると、そこにポコポコが倒れていた。
音が消えた。
世界が止まった。
心音も。
言葉は無い。
ポコポコを抱きかかえる。
◇
口に何かが入ってくる。
眼をうっすら開けると是明の顔がある。
眼を閉じている。
また、キスしているの。あたし。
口からのどを伝うポーション。
心が温かくなる。
さっきまで冷たい床と鎖の感触しかなかった手足が、
いまは是明の体温でじんじんしてる。
夢だったらいやだ。目が覚めたらあの部屋に戻されるなんて、もう――考えたくない。
是明がいる! それだけも温かいのに。
キスしているの。
嬉しいけど悲しい。
きてくれた。
もう理由がない。
安心がある。
あたしは言葉を忘れた。
発せない。
心が是明の温かさで満ちているの。
もう何もいらない。
嬉しいなんて言葉がでない。
なみだが今の私の言葉。
あふれて止まらない。
だめだと思ってた。
もう会えないと思っていた。
でも来てくれた。
心ですら叫べない。
ただあたしは必死に彼にしがみついた。
今度は決して離さない。
ギュッてしたの。
ずっとギュってしたいの。
もし、言葉にしていいのなら
ずっと好きでいてもいいかな。
好きでい続けてもいいかな。
あたしの是明。
大好き。
◇
ポーションを口移しで辛うじて飲み干した。
体がみるみるうちに回復していく。
これなら大丈夫だ。
俺は殺しまくったのに。
心があったけぇ。
こいつが笑ってりゃ、それで十分だ。
……ま、向こうの世界にはいずれ痛ぇしっぺ返しすりゃいい。
後ろから、一定の距離を保って在香がついてくる。
今は誰もいなくなったこの場所で帰路につく。
◇
天使ユラとして命ずる。
是明の行動を映し出せ。
丘の上で、監視魔眼を通して是明の戦いを見ていた。
「なんだい、あれは……っ」
喉の奥から、乾いた笑いがにじんだ。
自分でも、笑っているのか震えているのか、よくわからない。
あそこまでいくと災厄だ。
いや、災禍と言っていい。
何かの冗談かい?
いや、もう笑う以外にないよ。
口元を手で押さえるが、笑いはまったく止まらない。
あんなのを相手にしようとするヤツがバカだね。
だめだ。
立ち向かっちゃいけない相手だ。
生きとし生ける者は、天災を制御しようなどと考えるのは愚かだ。
だからアレは災禍だ。
まぎれもなく災禍だ。
笑うしかなかった。笑わなければ、正気を保てる気がしない。
それでも、笑うのをやめられなかった。
だめだ。
貸しがあるのに笑いが止まらなくて判断にぶりそうだよ。
フレイム、君ならどうする?
僕はどうしようか。
◇
俺は、ポコポコをおぶっていた。
すっかり安堵したのか、完全に寝ている。
終わった、とは思えなかった。
片づけただけだ。
在香は何も言わなかった。
それが一番、重かった。
はぁ、しゃーねーな。
「なあ、ポコポコがどうこうって話だけじゃねぇ」
「そうなの?」
「聞いただろ? あいつらを生かしときゃ、次は別の誰かが地獄を見る。
……だから全部片づけた。それだけだ」
「ねえ、是明。これからどうするの?」
「いつもどおりだな」
「え? このまま何事もなかったかのようにするつもり?」
「いや違う」
「どういうこと?」
「こうだ」
「2区、殲滅完了」
「未納者なし」
在香は口を手で覆いあっけにとられていた。
そう、それでいい。
ポコポコの体温だけが、俺をギリギリ『人』側に引き戻してる気がした。
この時――
「是明! あなたそれ――」
「……影が、薄い。地面を踏んでないみたい」
「ああ、遂にきちまったか……代償が今なんて冴えねぇよな」
頼むまだ、ポコポコを支えさせてくれ。
足の感覚がなかった。
地面を踏んでいるのに、重さが伝わらない。
「グハッ」
大量の血だまりを足もとに作る。
あの力は使い続ければ体がボロボロになる。
そんなことは、アイカの時にわかっていた。
でもな。
俺は見捨てる選択肢はねぇんだよ。
「在香……もしもの時はポコポコを頼む」
「何言ってんの! あなたらしくないしっかりして!」
今の声、響くな空の体に。
お前だけは良心でいてくれ。
俺たちは再び魔法陣にのりまばゆい光が包み込んだ。
その最後。
天使ユラが俺の目の前にいた。
ニヤつく。
「お前!」
「貸し1個、ちゃんと返してよね?」
光に包まれて、ヤツをつかみ損ねた。
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