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五章

第36話 元婚約者と再会しました

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「ネリネ、そろそろ出発するぞ」
「はい!」

 いよいよ王都に向かう日がやって来た。
 朝早く、ネリネは身なりを整えて玄関ホールへ向かった。玄関前にはすでに馬車が停まっている。

「忘れ物はないか?」
「ありません」
「そうか。では、行こうか」
「はい!」

 ネリネは笑顔で答え、二人は王都へ向かって出発した。


***


 王都に着いたのは、昼前のことだった。
 王城前まで馬車で行っても良かったのだが、二人は城壁をくぐると馬車から降りて、歩いて向かうことにする。

「ふう……久しぶりに王都へ来た気がします」
「ネリネはずっと王都で暮らしていたのだろう。まだ数ヶ月しか離れていないが、それほど懐かしく感じるものか?」
「はい。アーノルド様のお屋敷での生活が濃密で充実していましたので」
「……そうか」

 ネリネの言葉にアーノルドは嬉しそうに微笑んだ。
 それから二人は早速、王城へ向かって歩き出す。
 建国祭の会場となる広場は人でごったがえしている。
 ネリネは目を輝かせ、辺りを見回していた。

「わぁ……すごい賑わいです」
「建国祭だからな。やはり王都の中心街ともなると活気が違うな」
「そうですね……」
「王都の者は国でもっと裕福な暮らしをしている。平民でも、王都ではそれなりの生活ができる。だから田舎から王都へ移住したがる若者も多い」

 ふと前方を見ると、華やかな衣装に身を包む男女の姿が目に入った。
 若い男女だ。恋人同士だろうか……と思った矢先、女の方が男を引っ叩くと走り去っていった。

(あらら、可哀想……って、ちょっと待って。あれって……!?)

 叩かれた男は女の後ろ姿に罵倒の声を浴びせかける。

「貴様ァッ! 庶民の分際でオニール伯爵家の跡取りローガン様の求愛を拒むというのか!! この恥知らずの身の程知らずめ!! 貴様の家の商売を潰してやるぞ!!」
「ろ、ローガン様!? あなた、何をなさっているのですか!?」
「あん? ……なっ、貴様はネリネか!?」

 なんとネリネの元婚約者のローガンだった。彼はネリネの姿を目にすると、たちまち顔を青ざめる。

「なぜお前がここにいる!? まさか僕に未練があって、わざわざ会いに来たのか!?」
「いいえ、違います。私はただ建国祭を楽しみたいだけです」
「ふふん、そう強がるな。お前が僕を愛していたのは分かっていたさ。追放されても僕を忘れられず会いに来たのだろう?健気じゃないか。……それに王都にいた頃と比べると間違えるほど美しくなったな」
「え?」

 ローガンは舐め回すようにネリネを見る。ネリネの背筋にゾワっと寒気が走った。

「僕に振られたのが悔しくて自分磨きに励んだんだね! ああっ、なんていじらしい! ネリネ、君の思いに免じて婚約解消は取り消しだ! 僕は寛大だからね!」
「……」
「さあ、今すぐ結婚しよう!」
「け、結構です……」
「遠慮することはない! 金ならいくらでもあるからね! 君に不自由はさせないよ!」
「い、いえ、本当に結構です! というか、ミディアはどうしたんですか!?」
「ああ、あの感染症爆発女か。あんな不祥事を引き起こしたクズ女なんてとっくの昔に捨ててやったさ。ていうかアイツ、まだ回復してないみたいで入院中らしいな。いやあ、受けるな~!」
「えっ!? 感染症に入院……!? ミディアは大丈夫なんですか、今どこにいるんですか!?」
「あ? 医療院だよ。聞いてないのか?」
「聞いてません! どういうことか教えてください!!」

 ローガンはネリネの迫力に押されて、これまでの経緯を掻い摘んで話した。
 ミディアが引き起こした感染症拡大。本人も罹患し入院中であること。
 話を聞き終えたネリネは顔色を変える。そして医療院へ向かうことにした。

「おっと待てよ! あんな女、放っておけばいい! それより僕と再会を喜び合おうじゃないか! な? ネリネ、僕のところに戻っておいで」
「嫌です」
「つれないことを言うなよ。……ああ、それともなんだ? もしかして君は僕が嫌いなのか?」
「はい。以前はそうでもありませんでしたが、今は嫌いです」
「ガーン……。嘘だよね? だって君は僕と結婚するつもりだったじゃないか!!」
「きゃっ!!」

 ローガンがネリネの腕を掴む。強く掴まれて思わず悲鳴をあげる。
 すると二人の間にアーノルドが入ってきた。アーノルドはローガンの腕を掴んで捻りあげる。

「痛でぇッ!! な、な、何をするんだ貴様は!!? うわっ、イケメン……」
「ネリネに触るな」
「なっ、なんだと!? 僕に命令するな! この僕を誰だと思ってるんだ、ローガン・オニール伯爵令息だぞ!?」
「知っている。それがどうした」
「き、き、貴様、何者だ!? 名を名乗れ無礼者っ!! オニール家の力で貴様の人生を潰してやるぞ!!」
「ほう、面白い。やれるものならやってみろ」

 アーノルドは冷笑を浮かべると、ローガンの手から強引に腕を引き抜いた。

「ネリネ、大丈夫か」
「はい。ありがとうございます……」

 ネリネは少し涙ぐんでいる。怖かったが、それ以上にアーノルドが助けてくれたことが嬉しかった。そんなネリネの様子を見て、ローガンは怒り狂う。

「おいネリネ! その無礼者は誰だ!! 何者だ!?」
「あ……こちらはプロヴィネンス地方の領主にして総督、リウム王国の英雄と名高いアーノルド・ウォレス侯爵様です」
「ほうそうか、アーノルド・ウォレスというのか。じゃあ処遇は――って、アーノルド・ウォレス!?」
「聞くところによると『怪物侯爵』とも呼ばれているそうだな」
「か、か、か、怪物侯爵……!? この野郎、いや、このお方があの英雄で有名な怪物侯爵……!?」
「ああ、そうだ」
「はわわわわ……!!」

 ローガンは顔面蒼白になる。先ほどまでの威勢の良さはどこへやら……完全に怯えてしまっている。
 アーノルドは彼を冷ややかな眼差しで見下ろすと、言った。

「先程お前はウォレス侯爵家を潰すと言ったな。あれはオニール伯爵家からウォレス侯爵家への宣戦布告と受け取って良いのか?」
「めめっ、めめめめめ、滅相もございませんっ!!あれはつい勢いで言ってしまったことですぅッ!!!」
「ならば二度と口にしないことだな。俺が気に食わないのであれば決闘を申し込めばいい。受けて立つぞ」
「ひぃッ!!」

 ローガンは情けない声をあげる。助けを求めるようにネリネを見上げるが、ネリネは首を振る。

「私は今、アーノルド様のお屋敷でお世話になっているんです。アーノルド様はとても良くしてくださいます。だから今さら貴方との関係を元に戻すつもりはありません」
「そ、そんな……ネリネ……!」
「貴方に付きまとわれると迷惑です。もう二度と私に声をかけないでください」
「ね、ネリネ、待って……っ」
「では行きましょう、アーノルド様」
「ああ」

 ネリネはアーノルドと手を繋いで歩き出す。ローガンはしばらく呆然としていたが、やがてその場に力なく崩れ落ちる。

「くそぅ……どうして、なんでこんなことに……!」

 少し手を加えればあれほど美人になるなら、婚約解消なんでするんじゃなかった。
 ローガンは激しく後悔するが、今さらどうすることも出来ない。
 ただ惨めさに震えながら悔やむことしか出来なかった。
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