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第一章 小麦姫と熊隊長の青春

2 兄の助言

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 夏休み、アルフレードは約束通り、午前中から騎士団見習いの鍛錬場へ向かった。毎週末一度は通っている鍛錬場は、すでに顔見知りでいっぱいだ。今日はアルフレードの兄べニートが指導当番だと聞いている。

 基礎練習の後、べニートがアルフレードに声をかけた。

「アル、鍛錬は真面目にやってるみたいだな。体もずいぶんとたくましくなったようだ」

 大きなアルフレードより、一回り大きく見えるべニートは、アルフレードの背中を確認しながら声をかけた。アルフレードは、平日も昼休みか放課後に学園の鍛錬場へ行っている。

「うん。まずは騎士団に入団しないとならないからね」

 木剣で素振りをしてみせて、兄べニートに自分の成長を見せる。

「僕たちまで参加させてもらってすみません」

 コルネリオとファブリノが、べニートに丁寧に頭を下げた。

「いや、アルの友達なら大歓迎だよ。こいつの学園での話も聞きたいしね」

「あ、それなら任せてください」

 ファブリノが、べニートに親指を立てて、グッとする。

「ファブリノ!余計なこと言わないでよね!」

 アルフレードは、ファブリノを睨むが、ファブリノにとっては、どこ吹く風である。

「そりゃ楽しみだな。帰りに飯でも食うか。じゃあ、また後でな」

 べニートが手を振って、練習生の前の方へ歩いていった。


「ファブリノ、まさかビアータさんのこと言うつもりなのか?」

 コルネリオは、小さな声でファブリノに聞いた。

「だって、俺達で理解できることじゃないだろう?年上に相談した方がいいって」

「なるほど、それは言えてるかも」

 アルフレードのことであるにも関わらず、コルネリオとファブリノで決めてしまっている。アルフレードは、つい去年まで彼女もいなかったべニートに相談することに本当に意味があるのか、疑問だった。

〰️ 

 練習後、べニートに連れられて3人は市井の屋台の並ぶ市場へと出かけた。肉を中心に大量に買い込み、自由に利用できるテーブルに並べる。3人は無心で食べた。べニートは、それを嬉しそうに見ながらワインを飲んでいる。
 満腹になったころ、可愛らしい女性が現れた。濃いめのブラウンに濃いめの緑の瞳、小さめの女性は、小リスを思わせる。
 べニートが、べニートとアルフレードの間にその女性を座らせた。

「アル、ロマーナだ。来年、お前の姉さんになる。よろしくな」

「アルフレード君ね。ロマーナよ、よろしくね」

 体の小さなロマーナが、アルフレードの大きな手を両手で握った。

「よろしくお願いします。兄は、こう見えて小心なので、助けてあげてください」

 アルフレードは手を握ったまま、ロマーナに頭をさげた。

「アル!お前なぁ、こういう時は、兄を褒めろっ!」

 べニートが、アルフレードの腕にパンチを入れる。

「ふふふ、アル君、私もよく知っているわ。べニートったら、私に声をかけてくれるまで2年もかかったのよ。2年たって、いきなり『副隊長になりましたっ!』って」

「え?ずっと口説いていたって聞いてます」

 アルフレードは、正直に言ってしまった。

「ばっかっ!!アルっ!」
 
 べニートは、両手で額を押さえて、ギュッと目を閉じた。

「まあ!そうなの!ご実家に行ったらちゃんと否定しなくっちゃ!ね?」

 ロマーナがべニートの顔を覗き込むとべニートはヘーゼルの瞳を片方だけ開けてチラリとロマーナの笑顔を見ると、顔を真っ赤にさせた。大人だと思っていたベニートのその姿に、コルネリオとファブリノは、唖然とした。
 二人の視線に気がついたベニートは、顔を赤くしたまま『コホン』と咳の真似をした。

「そ、そんなことより、アルのことだよ。ファブリノ君は何か知っているんだろう?」

 べニートは、無理やりアルフレードへと話題を変えた。

「俺がっていうより、クラスのやつ、みんなが知ってます」

 ファブリノがとても嬉しそうに報告した。

「へぇ!何?何?」

 ロマーナが興味津々に前のめりになる。
 ファブリノとコルネリオが協力しながら説明した。アルフレードは、諦めの小さなため息を吐いた。

「なんだ!俺が学生だったときより、楽しんでるなぁ。早く婚約してしまえ。誰かに取られてからじゃ遅いんだぞ」

 べニートはまたしても、ロマーナを挟んだ向こうにいるアルフレードの腕をパンチした。

「声をかけるのに2年もかかった兄さんに言われたくないよっ。兄さんは、ロマーナさんを誰かに取られてたらどうしたのさっ!」

 アルフレードは、軽くべニートを睨む。

「お前なぁ!まじで兄貴や親父には内緒にしてくれよなぁ!」

 べニートの嘆きに、ロマーナとコルネリオとファブリノは、思わず吹き出した。

「そうねぇ。話を聞く限りでは、何か目的を感じるわ。そんな積極的な子なのに、昼休みや放課後に来ないのも不思議よね。きっと何かやってるのよ。悩むのは、それを知ってからかしら」

 ロマーナの意見に、3人はうんうんと頷いていた。さすが、大人の女性だ。とはいえ、ビアータは、夏休みには、実家に帰る話をしていた。アルフレードに何かできるのは、新学期ということになる。

〰️ 〰️ 〰️


「アルフレード君、おはよう!」

 新学期の1日目。教室に入ってきたアルフレードに笑顔で手を振っているビアータは、貴族令嬢にも関わらず、4月の初めてのプロポーズの頃よりさらに小麦色に焼けており、それがまた魅力的に見えた。ご令嬢にしては短めの藍色の髪がとても似合っていた。

 ビアータが座っていたのは、アルフレードがいつも使っていた席の隣の席だ。すでにアルフレードの隣だった男子生徒が後ろの席に移っていた。

「彼が親切に席を譲ってくれたのよ。これからはわざわざ来なくても、アルフレード君に会えるのね。すごく嬉しいわ」

 小麦色のビアータの笑顔はとても眩しくて、アルフレードの心はさらに熱くなった。

 新学期になって、驚いたことにビアータは、Cクラスになっていたのだ。
 この学園は、成績によっては、学年の途中でもクラスが変わることがある。だが、それも稀だ。ビアータはよほど頑張ったのだろう。

『これって、僕のために頑張ったってことだよね?僕と一緒にいたくて頑張った?ほんとに?』

 アルフレードは、ほんのり心が熱くなった。

「アル!顔が赤いぞ!風邪か?具合悪いのか?」

 アルフレードをからかうファブリノの肩ををコルネリオが叩いた。

「ビアータさん、おはよう。僕はコルネリオ・ファーゴ。よろしくね」

「俺はファブリノ・マルデラ。よろしく」

 二人はアルフレードとビアータの前の席であった。

「ビアータ・ガレアッドよ。よろしくね」

 ビアータは、ブルーの瞳を細くして、ニコッと微笑んだ。二人はいつもビアータの後ろ姿か横顔しか見ていなかったので、ビアータの笑顔に『ビクッ』とした。ビアータは、本当にかわいい。


〰️ 

 休み時間になると、3人は待っていましたとばかりに、ビアータに質問する。ロマーナにもビアータを知ることが優先だと言われていたので、絶好のチャンスだ。

「学年の途中でクラスが変わるなんて、すごいね。勉強頑張ったんだね。いつやってるの?」

 コルネリオが先陣をきる。

「私の親友がAクラスなの。寮でその子に教えてもらってるのよ。それでも大変だったわ。このクラスでも真ん中より上にならないと、年度の途中では、クラスを変えることはできないから」

 と、いうことは、今ビアータは、ファブリノより上だ。ファブリノは、少し汗をかいた。

「アルフレード君には、『アプローチを変えるのは夏休みの宿題にする』なんて言ったけど、本当は入学式から、クラス変更を狙っていたの。夏休み中、家にクラス変更合格通知が来たときには、本当に嬉しかったわ」

 ビアータは、アルフレードに爽やかな笑顔を向けた。アルフレードは、また熱くなる自分をどうしようもできなかった。~

「アルフレード君は、私からの宿題、やってくれた?」

 アルフレードは頬を染めて、小さく頷くことしかできなかった。とはいえ、やったことは、ロマーナに相談したことだけなのだが。

〰️ 

 次の休み時間には、ファブリノが違う角度から攻める。

「ビアータさん、キレイな小麦色だね。普通令嬢は、白いんじゃないの?」

「夏休みは、農作業が忙しいから、毎年こうなるのよ。『私の家』にいた頃は、一年中黒かったわよ」

 さすがにこれにはびっくりして、アルフレードの声が少しだけ大きくなった。

「ビアータさん、農作業?してるの?」

「ええ、小さい頃からやってるわよ。みんなはやらないの?」

 ビアータにとって当たり前すぎて、質問の意図がわからないという顔をしている。

「いや、領地では、やってたけど………。ビアータさん、女性だし」

「農作業に男も女もないと思うんだけど」

 ビアータは、本当に不思議そうだ。そして、はっきりとそう言えるビアータが、アルフレードには眩しく見えた。
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