神様の料理番

柊 ハルト

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蜂蜜の吐息

01.5 ー はじまりの森

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 森の中には、ぽっかりと拓けた場所が多数点在している。
 そこは何十年、何百年経っても草が生えるのがやっとで、その昔空から星が落ちてきた、偉大な魔術師が魔法の実験をした場所だ、等の逸話があるものの、未だになぜこんな場所があるのかは分かっていない。
 銀狼は宙に浮いたヘラジカの角を咥えたまま、湖に一番近いその場所へと向かっていた。
 浮いたままのヘラジカは全く重さを感じず、自身に負担がかかることもない。どこか浮かれたような足取りで進む。
 目的地に着くと、すでに他の面子は揃っていた。
 人数分のテントが張られており、その近くで紺色の軍服を着た四人の獣人は火を起こし、遅い昼食の準備を始めている。こちらに気付いたコヨーテ獣人の青年は軽く手を上げかけたが、銀狼の口元を見て固まった。
 不審に思った他の獣人も次々に集まってきたが、銀狼を見た瞬間、コヨーテ獣人と同様に固まってしまった。
 銀狼は彼らの前で止まり、ヘラジカもどきから口を離す。すると、ヘラジカもどきは重さを取り戻したかのようにドサリと音を立て、その場に落ちた。
 その音で我に返った獣人達は、ヘラジカもどきと銀狼を交互に見たあと、近くの仲間達と視線を交わした。
 誰も声が出ない中、銀狼はぐっと体を伸ばしてから変身を遂げる。
 キラキラとした小さな粒子が舞ったあとで現れたのは、銀色の髪に同じ色の耳と尾を持った狼獣人だった。二重の切れ長なアイスブルーの瞳は、彼をより一層冷徹そうに見せている。
 どこか影のある雰囲気の美丈夫が、そこに存在していた。
 狼獣人は、銀の縁飾りがついている襟を少し緩めた。

「班長、もしかして一人で仕留めたんですか?」

 最初に狼獣人に気付いたコヨーテ獣人が、獲物を指差しながら聞く。

「魔獣が…あれは神獣かもしれない。彼がくれた」
「は?」

 コヨーテ獣人はまだポカンとした表情を浮かべている。

「レビ、この始まりの森でもどこでもいい、九本の尾を持つ狐の魔獣を見聞きしたことはあるか?」
「尾が九本…!?いや、初めて聞く話です」

 なあ?と、レビと呼ばれたコヨーテ獣人は、まだ意識が半分飛んでいる他の仲間にも話を振った。やっと意識が戻った犬獣人とジャッカル獣人、熊獣人、鷹獣人は、揃って班長と呼ばれた狼獣人を見ながら必死に頷く。

「そうか…俺も聞いたことはない。けれど…」

 先程のことを思い出しているのか、ヘラジカもどきを見ながら狼獣人は口の端を上げる。

「え…班長、笑ってる?」
「嘘だろ…マジか!」
「ちょっ…俺まだ死にたくない…」

 他の獣人は狼獣人を盗み見ながらコソコソと話しているが、その声は丸聞こえだ。狼獣人は近くに居たレビの頭を軽く叩く。

「いてっ!何で俺…班長、俺はまだ何も言ってません!」

 頭を抱え大袈裟に痛がるレビだが、誰も同情はしない。いつものことだからだ。

「この件に関しては、部隊長に報告をしてくる。お前らはサンダーエルクの解体と昼食作りをしてくれ」
「分かりました」

 狼獣人はヘラジカもどき…サンダーエルクの解体を他の者に任せ、設置されているテントの一つに入る。そして連絡用の魔道具を取り出すと、先程会った狐を思い出しながら大きな溜息を吐いた。
 あれは本来の自分ではない。
 狼獣人は、自分のとった行動を深く反省していた。神獣だと思われる見ず知らずの魔獣に使ったのは、自分の家に伝わるマーキングの魔法だった。あれを魔獣に使うものではないことは、自分自身が良く分かっている。
 あの時は酒に酔った以上に気分が高揚していた。心が満たされていた。あんな気分は、初めてだった。
 しかし、自分は部下を預かる身だ。しかも自分は王立騎士団という、何よりも規律と騎士道精神を大事にしなければならない騎士だ。それが、あのような…。
 狼獣人は、穴があったら更に掘り進んで埋まりたい気分になっていた。
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