神様の料理番

柊 ハルト

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ミルクの優しさ

04 ー スイール村

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 風呂に入った後、客室で統括の神に料理を供えた誠は、ベッドにだらしなく寝転がっていた。

「明日は何作ろうかな」

 バッグからルーズリーフバインダーを取り出し、レシピを漁る。
 実家では食事を作るのは当番制だったため、楽なものだった。それに自分が食べたい物を優先的に作れたし、スーパーでは季節に関係無く野菜は手に入る。アレクセイ達は疑問に思ってなかったのかもしれないが、この季節だとトマトなどの夏野菜は村の市場には置いていない。それらは誠のバッグから出した物だった。
 かなりの量の野菜も入っているとはいえ、このままだと少し心許ない。買える時に買い込まなければならないのが、面倒と言えば面倒だった。

「うーむ…悩む。作りたい物と食べたい物が一致しない」

 誠はいくら昼に和食をかき込んでいると言っても、やはり夜も白飯を茶碗で食べたい。そして味噌汁に焼き魚もしくは豚の生姜焼き。箸休め兼白飯のお供に、沢庵と野菜の浅漬けも良い。そしてきゅうりと蛸の酢の物とかも食べたい。

「ああぁぁぁ…明日こっそり作ろうかな」

 幸いにして、飯盒で米は炊ける。野菜もある。そして餞別の明石の蛸も、バッグの中で出番を待っている。
 誠は生唾を飲んだ。明日の昼は、一人和食祭りに決定だ。
 そうと決まれば、これは呑むしかない。せっかくチーズを各種買っているのだ。これをつまみに、一杯やるのが大人の嗜みというものだ。
 起き上がった誠は、いそいそとテーブルにチーズを用意したのだった。
 備え付けの食器棚にロックグラスがあったので、グラスはそれを借りる。誠は球体の氷を作り出すとロックグラスに入れ、バッグからお気に入りのスコッチを取り出した。



 アレクセイは一番遅い夜番だったようで、誠が朝食の用意をしている時に戻って来た。

「おはよう、マコト。良い匂いだな」

 一番遅い夜番は厨房を覗く決まりになっているんだろうか。例に漏れず、アレクセイも厨房とホールを仕切るカウンターから誠の顔を見に来た。アレクセイはただ単に、誠の顔を見たいというのもあるのだろうが。

「おはよ。朝ご飯はまだだぞ」
「残念だが、分かっているよ。何か手伝おうか」
「どうしようかな…」

 誠は迷った。あとは卵を焼いて、盛りつけるだけだったからだ。任せる程、工程が残っていない。
 断ろうとしたが、アレクセイが妙に期待に満ちた目を向けていたので、手伝ってもらうことにした。
 全身に洗浄魔法をかけてもらい、厨房内に招き入れる。誠は早速アレクセイに、パンの切り分けを頼んだ。

「この包丁を使って」
「変な形だな。切れるのか?」
「うん。それはパン専用のなんだ」
「ほう…」

 渡したのは細長く刃が波型になっている、パン切り包丁だ。やはり珍しいのか、アレクセイは刃を良く観察していた。

「…切れるんだな」
「だろ?ここに置いてあるパン、全部切って」
「了解した」

 全部と言っても、昨晩と同じかそれ以上に用意してある。その間に誠はオムレツを作り始めた。作るのはプレーンではなく、デンバーオムレツだ。これはアメリカの朝食メニューとして有名な物で、炒めたハムや玉ねぎなどの野菜やチーズを混ぜ込んだり挟み込んだ、大型のオムレツだ。
 あのフワフワのプレーンオムレツを食べてもらいたいのだが、何しろ食べる量が量だし、彼らは体力勝負だ。ハムの代わりに昨日のオーク肉の残りを味付けして、ほうれん草の残りも混ぜることにする。
 具材を炒めたら、ここからが勝負だ。誠はアレクセイに、焼き上がるまでは声をかけないでくれと頼んだ。

「なぜだ?」
「これは、卵と俺の勝負なんだよ」

 誠は一人分の具材を残し、残りを皿に移す。そして、フライパンにバターを少しだけ足した。「café 紺」で出すデンバーオムレツは、限りなくプレーンオムレツに近い物を出している。そこまでトロフワにはならないが、カフェにはカフェのプライドがある。硬い卵なら、家でも作れるのだ。
 一気に溶いた卵を流し込む。
 アレクセイは隣で微動だにせず、誠の手元を見ていた。
 卵と具材をゴムベラで混ぜながらフライパンを揺する。そして段々と固まって来たら、フライパンの端に寄せて形を整えながら、少しずつひっくり返した。この工程が、一番難しい。シワを作らず、いかに半熟にするかが腕の見せ所なのだ。
 少し緩いかなと思うくらいで、オムレツを皿に移した。あとは予熱で卵が固まってくれるのを待つだけだ。
 これで一人分が完成した。誠が隣のアレクセイを見ると、また目をパチクリとさせている。見ていて気付いたのだが、これはアレクセイが興味がある、もしくは感心している時の癖だ。
 誠はこっそりと笑ってしまった。

「見事な手つきだな」
「まあね。キッチンが忙しい時は、俺も手伝うし」

 実家のカフェは母と兄がメイン料理を作っているが、デザート系が暇な時は誠が手伝う時もある。そのため、カフェメニューを一通り修行させられたのだ。
 時計を見ると、そろそろ皆が下りてくる時間が迫っている。誠は急いで残りのオムレツを焼いた。



「今日はチーズ料理以外にしよう」

 チーズの名産地だからといって、毎日チーズ料理ばかり作ることはない。誠は皆を見送り、米を浸水させてから市場に向かった。
 肉屋でしこたま肉を買い込み、青果店に行くと、カボチャと栗を見つけた。

「お客さん、運が良いね。さっき今朝入荷したばかりだよ」

 誠がカボチャを見つめていたからか、店員のおっちゃんが話しかけて来た。

「昨日来た時には、ありませんでしたよね」
「兄ちゃんは旅人か冒険者か?」
「両方です」
「そうか、他所からわざわざ来てくれたのか。すまんな、この村は商人が良く来るんだよ。だから朝イチで大量に買って行ったりするから、昼過ぎには無くなっている野菜があるんだ。チーズだけは村の特産だから、どの酪農家も切らさないように作ってくれてるんだが、野菜だけはな」
「なるほど」

 どうりで昨日、カボチャも栗も見かけなかったわけだ。
 誠は両方買うことに決め、他にも野菜を買い込んだ。
 館に戻ると、早速調理を始める。そう、和食を作るのだ。

「出でよ、明石のタコ…!」

 誠は取り出したタコを、高く掲げた。テンションが上がり過ぎているせいだ。
 下処理はしてくれているので、軽く塩茹でにする。

「タコ見てると、たこ焼き食べたくなってくるな。お好み焼きも食べたいな」

 誠は生まれも育ちも東京なのだが、遠野の大半は関西に居る。そのせいで幼少期に関西文化を刷り込まれており、食べ物とプロ野球の応援チームに関しては、関西文化寄りになってしまっているのだ。

「明石焼きも良いよな。出汁は…どっか書いてたと思うんだけど」

 タコの湯で加減を見つつ、誠はルーズリーフバインダーを取り出した。しかしタコが湯で上がる方が早かったので、仕方無く諦める。

「せっかくカボチャ買ったんだから、煮付けでも作ろうかな」

 誰も居ないので、この世界では禁断であろう醤油は使いたい放題だ。
 誠はとにかく思い付く和食を作っていった。そして厨房には、醤油や砂糖、米が炊けた匂いが充満していった。

「何だ?この匂いは」

 そういう時に限って現れるのは、腹ペコ狼だ。
 間が良いのか悪いのか分からないアレクセイが、突如戻って来てしまった。誠は出汁巻卵を巻き終えてから、声の主の顔を見た。

「お帰り。早いな」
「ああ。部隊長に報告せねばならないから、俺だけ先に戻って来たんだ。それよりもマコト、何を作っているんだ?」
「あー…極東の島国の伝統の味…?」

 苦しい言い訳だが、何かバレた時はこれで貫き通すしかない。アレクセイも最近はおかしいと思い始めているようだが、あえて黙認してくれている。「そうか…」と言いながら、厨房のカウンターに近付いて来た。

「知らない匂いだが、美味そうだな」
「…多分美味いと思うけど、どうだろう。人によっては合う合わないがあるから」
「もし多めに作っているのなら、少し分けてもらえないだろうか」
「それは良いけど…他に何か作ろうか?」

 和食は世界的にも人気食になりつつあるが、ジャポニカ米が苦手だと言う人は一定層居る。アレクセイはどうだろうか。
 誠は今すぐ作れるメニューを算段しつつ提案したが、アレクセイはその申し出を断った。

「いや、大丈夫だ。マコトの故郷の味を、食べてみたいからな」
「それはそれは…。じゃあ、食べれそうなの選んで」

 洗浄魔法をかけてもらったアレクセイを厨房に招き、誠は作業台いっぱいに広げた皿を見てもらうことにした。
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