神様の料理番

柊 ハルト

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ミルクの優しさ

05 ー スイール村

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「誠が作る料理にしては、質素に見えるな」
「…そうだな」
「けれど、どれも暖かそうに見える」
「まぁ、家庭料理だからな」

 料亭のコース料理でない限り、和食の家庭料理のみが並ぶと確かに華やかさは無いだろう。しかも自分が食べるだけだからと、盛りつけは適当だし、凝った切り方をしていない。
 アレクセイに見られるのなら、せめてニンジンを花形に型抜きすれば良かったと思うが、後の祭りだ。
 誠は皿を取り出し、それぞれ少量ずつ盛ってアレクセイに渡してやった。

「試食」
「ありがとう。…しかし、その棒は何だ?随分器用なんだな」
「これは箸って言って、俺の故郷で使われてる…フォークみたいな物だよ」
「ハシか。本当にこの国とは文化が違うんだな」
「だな」

 そう言えば、皆の前で箸や菜箸を使ったことは無かったと誠は思い出した。少し失敗してしまったが、今更だ。アレクセイには慣れてもらうしかない。
 フォークを渡す。その間に、どうだろうと思いつつ味噌汁をマグカップによそった。炊き立ての米も味噌も、独特の匂いがする。自分をツガイだと言うなら、慣れてもらうしかない。
 そこまで開き直った誠だが、一瞬でもアレクセイとの一つ屋根の下での生活を思い描いてしまったことに気付き、その想像を急いで脳内から追い払った。

「…うん、どれも美味いな。塩と砂糖以外は何を使っているのサッパリ分からないが、どれも優しい味がする」
「良かった。米も大丈夫そう?」

 小皿に少し取り分けた米を渡すと、アレクセイは戸惑いもなく口にした。

「ああ、大丈夫だ。少し甘みがあるし、食感も良い。これが前に言っていた、マコトの故郷の主食か」
「よく覚えてたな」
「ああ。君のことなら、何でも覚えていたいからな」

 隙あらば、こうして爆弾を落とさないでほしい。
 朝から直接の接触が無く油断していた誠は、そんなアレクセイの発言のせいで動きがぎこちなくなってしまった。

 かなりの品数を作ってしまった昼食は、その大半がアレクセイの腹に収まる結果となった。
 作り置きの分もあったのだが、嬉しそうに食べる姿を見られたので結果オーライというやつだ。それに、和食に必要な調味料は大量に持ってきている。悲観することでもない。
 そんな昼食が終わると、アレクセイは執務室に引っ込んでしまった。中間管理職は大変だと思いながら、誠はまた館を出た。
 向かった先は冒険者ギルドだ。食費を渡されているとは言え、誠個人が欲しい食材は別だ。統括の神から渡された小遣いは、ミョート村で物価を調べた結果、ありえない金額だった。とは言え、その金はもしものために取っておきたい。どこの世界に居ても、先立つ物はやはり金だ。

「うわー…やっぱスッカスカだな」

 意気込んでギルドの掲示板を見たが、誠が受けられる依頼は無いに等しかった。
 酪農が中心の村は、それだけ魔獣の被害が少ないし数も多くないのだろう。それに今は、騎士団が見回りを行っている時期だ。余計にギルドに回ってくる魔獣討伐関係の依頼が少なくなるのも、仕方の無いことだ。

「ランクアップも目指したかったんだけど」

 ランクが上がれば、必然的に受けられる依頼も幅が広がる。それと同時に、見入りの良い依頼も受けられる。どうやらこの村でのランクアップは、諦めるしかなさそうだ。
 ギルドを出た誠は、どうしようかとしばらくウロついていた。ミョート村よりものどかな風景が広がるスイール村は、その風景とは逆に商人達がひっきりなしに出入りしている。その様子を見ていた誠は、屋台の準備のことを思い出した。

「…そうだよなー。そろそろ研究でも再開するか」

 屋台を出すのは、そこそこ大きな街でと決めてある。この村でも良いのだが、今のところ大々的に活動するつもりはない。誠が目指しているのは、街の隅にある小さなお菓子屋さん的ポジションだ。
 屋台が集まっているポイントに移動すると、そこそこ賑わっていた。
 この村はミョート村と違い、屋台はいたるところに点在してある。しかし多く出店されているのは広場で、やはり場所が広いのとテーブルセットやベンチがあることは大きいのだろうか。
 誠は並んでいる人達の隙間から、品物を見て回っていた。売っている食べ物は、ミョート村とそう変わらない。強いて言えば、ミョート村なら蜂蜜を、この村ならチーズやヨーグルトを使っている食品が多いくらいだろうか。
 試しにいろいろと買って、少しずつ摘む。土地柄なのかヨーグルトの入ったスープや肉にはチーズがかけられたりしていて、スパイスはミョート村と比べると控えめだった。

「おお、こんなに違うんだ。やっぱ面白いな」

 ヨーグルトが入っているスープは、トルコ料理にもあったはずだ。それを思い出しながら、誠はこれから行く村や街はどんな違いがあるのか楽しみになっていた。


 館に戻ると、早速夕飯の準備に取り掛かる。今日はサッパリと食べられる物を作る予定だ。
 誠が調理をしているといつの間にか傍に居たりするアレクセイはまだ部屋に居るのか、階下に下りて来る様子は無い。少し寂しい気もするが、誠はその分、アレクセイ達をまた驚かせてやろうと、調理を進めた。
 本日のデザートは、チーズクッキーだ。甘さ控え目でチーズの味が引き立つクッキーは、屋台で売るクッキーのラインナップに加えたいと思っていた物だ。
 厨房中にチーズクッキーの焼ける匂いが広がった頃、狙っていたかのようにアレクセイが現れた。

「来たな」

 誠は思わず笑ってしまった。

「俺はタイミングが良かったのか?」
「うーん…どうだろう。焼き上がるの、もう少しかかるけどね」

 オーブンを覗いた誠がそう言うと、アレクセイは苦笑いを浮かべていた。そのまま厨房に入るかと思ったが、誠に何か話があるのか少し元気が無い。誠はアレクセイを食堂のテーブルに座るように言うと、お茶の用意を始めた。
 用意と言っても、一瞬だ。自前のガラスのティーポットにポイと渋い緑の塊を入れ、茶漉しとティーカップを二人分トレーに乗せる、これで終わりだ。誠は何か考えているアレクセイの前に、空のカップを置いた。
 そのカタリという音で我に返ったのか、アレクセイは誠の目を見て礼を言った。

「しかし…ガラスのティーカップとは珍しいな」
「あ、そうなんだ」

 誠はまたしても失敗してしまったと思ったが、それ以上何も言わないアレクセイに安堵した。
 ティーポットをアレクセイの方に寄せると、誠は適量の水球を浮かべて沸騰させる。アレクセイの注意を引けたところで、それをティーポットの中に静かに注いだ。
 先にティーポットに入れていた塊は、お湯の中で徐々に形を変える。そしてティーポットの中には、薄紅色の大輪の花が開いていた。
 自分一人なら工芸茶は茶葉のみのを使うところだが、相手はアレクセイだ。目をぱちくりとさせているところを見ると、驚かせることに成功したらしい。この表情が見たかった誠は、店から持って来て良かったとホッとしていた。

「…美しい」

 ジャスミンの香りが広がった頃、アレクセイがポツリと呟いた。

「だよね。これは実家のカフェで出してる、ちょっと高いやつだから、余計に手が込んでいるお茶なんだよ」
「それを俺に淹れてくれたのか」
「まあね。何か元気無いっぽいし。お疲れか?」

 茶漉しで茶葉が入らないように、ティーカップに注ぐ。リラックス効果があると言われるジャスミンの香りが、更に広がった。
どうぞと進めると、アレクセイは一口飲んでから小さく溜息を吐いた。

「疲れは…無いのだが、少々困った事態になってな」
「それは俺が聞いても良いこと?」

 アレクセイが自分のツガイだろうと思っても、誠は仕事ことまで介入しない。自分もいろいろ秘密にしている仕事があるし、仮にアレクセイが全て受け入れてくれたとしても、お互いに良い歳をした大人だ。仕事の大切さは分かるし、それを何と比べられるものでないことも分かっている。
 仕事と私どっちが大事なのと嘆かれたと、製菓学校時代からの友人である寺田に愚痴られたことがある誠としては、そんな相手とは別れてしまえと当時思った記憶があった。

「ああ。もしかしたら、マコトにも少し関係してくるかもしれない。実は、各地で魔獣の亜種が確認されているそうだ」
「それって、はじまりの森で出た、オーガみたいな?」
「その通りだ。オーガだけではなく、他の亜種もだな。確認されているポイントは、はじまりの森付近の村のみだ。我々は王都に向かっているが、いつどこで亜種にまた遭遇するかもしれん」

 アレクセイは誠の手を包んだ。

「マコト…君が強いのは分かっている。しかし…心配だ」
「俺は強いよ」

 周囲を気にしなければ、あの亜種のオーガくらいならすぐに倒せる。しかし、アレクセイが言いたいのは、そういうことではないのだろう。
 アレクセイは眉を寄せた。

「そうだな。けれど、君が怪我をするかと思うとな。…今よりは巡回を強化するが、絶対は無いだろう?」

 アレクセイは、決して誠の実力を侮っているのではない。純粋に心配してくれているのだと分かり、誠の胸の中は、じんわりと熱を持った。
 指と指が絡む。少しでも安心したいのか、アレクセイは誠を見つめていた。

「いざとなったら、影の中に潜るから安心しろって」
「だが…」
「大丈夫だよ。俺は"約束"は破らないから」

 破れないとも言うが、それはアレクセイには伝えなかった。
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