神様の料理番

柊 ハルト

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ミルクの優しさ

10 ー スイール村

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 無事な団員に食堂の片付けを任せたアレクセイに腕を引かれ、誠は執務室に連れられていた。
 ソファに座るよう勧められたが、隣に座ったアレクセイは無言のままだ。
 きっと、怒らせたのかもしれない。
 誠は素直に、アレクセイに怒られようと思っていた。それもそうだ。いくら食べ物は大事にしなければならないとは言え、あのやり方は実家のカフェや遠野のやり方だ。
 郷に入っては郷に従えという言葉がある通り、この世界や騎士団には騎士団のルールがある。外者の誠が、遠野を押しつけてはいけない。
 それに、彼らの上官はアレクセイだ。誠のしたことは、出しゃばってアレクセイの立場を潰したに過ぎない。

「あの…」
「すまなかった、マコト」

 誠は謝ろうとしたが、アレクセイが先に謝罪をしてきたために、遮られてしまった。
 何でだと思い、アレクセイを見つめる。

「君が謝ることはない。あの場を収めるのは俺の役目だったし、君を止めない判断をしたのも俺だ」
「でもさぁ…」
「それに、君が言ったことは正しいと思ったよ。一番偉いのは、食べ物に関わっている人達…か。俺はそれを聞いた時、確かにそうだと思い知らされた。普段俺達は、感謝をしていても何気無く物を食べている。そこには沢山の人達の苦労があるのに。俺達騎士団が守っているものは、そんな人達なんだよな。その苦労を、俺達が踏み躙ってはいけない…」

 アレクセイは、誠の手を両手で包み込んだ。
 少し節くれだっている誠の指を優しく揉んでいるのは、生産者の苦労をその指に重ねているのかもしれない。

「あー…うん…それでも、ごめんな。出しゃばって。でも、やっぱ許せなかったからさ」
「そうだろうな。せっかく君が料理してくれたんだ。オスカーが皿を守っていなければ、無駄にするところだった」
「うん。…俺がさあ、食べる前には祈らずに『いただきます』って言うじゃん」
「ああ」
「それって、食材への感謝と、食卓に上る前までに関わっている人全てへの感謝の言葉なんだよね」
「そういう意味があったのか。…素敵な言葉だな」
「だよね。それに、実家では裏庭で野菜とか育ててさ。少しだけ農家の苦労も分かるんだ。収穫できれば嬉しいし、その野菜を店にも出したりするから、お客さんの喜んだ顔も見れるし。だから、食材とか食事を台無しにする行為は許せなかったんだ」
「マコトが食事を残すなと言っているのは、それが根底にあったからなのか」

 アレクセイは感心したように言った。
 そして何かを考え込んでいるのか、誠の掌をムニムニと揉みながら、また無言になっている。

「アレクセイ?」
「ん?ああ、すまない。…その考えは、騎士団内に根付かせられないかと思ってな」

 自分や遠野、そして日本での考えを押し付けてしまったかと思っていた誠だったが、アレクセイの発言に驚く。

「え?」
「食堂で年に何度か、レビとオスカーのように喧嘩を始める奴が現れるんだ。マコトの考えを広めれば、食材や農家、食堂の調理人達への感謝で、暴れる奴も居なくなるだろう?」
「まあ…多分。でも、そんな奴居んの?」

 誠が思い描く騎士団の筆頭はアレクセイなので、食堂で暴れるという行動がどうも結びつかない。しかし、実際にレビとライトは喧嘩をしていたが、それは恋人が絡むことだ。仕方が無いと言えば、仕方が無いのかもしれない。
 だが、エリートだと言われている王都騎士団の団員は、案外血の気が多いのだろうか。

「ああ。身内の恥を晒すようで何だが、結構筋肉バカも居るし、エリートという意味を履き違えている奴も居る。俺が所属している一班は、副官が厳しいんでな。バカは矯正されるんだが…」
「副官って、カーマインさんって人?」
「そうだ。よく覚えていたな」
「うん。強烈な二つ名だったし…」

 誠はカーマインの「氷の女帝」という二つ名を思い出した。あんな強烈な名は、忘れようと思っても忘れられるものではない。
 ついでに、自分に対して冷たいところを見たことがないアレクセイの二つ名も思い出す。

「氷の貴公子」
「……」

 思わず口にすると、アレクセイの動きが止まった。そして耳と尾がヘニャリと垂れてしまう。
 本人としては、不本意な二つ名なんだろう。けれど誠は、凛とした佇まいのアレクセイにはピッタリだと思っている。

「いいじゃん。恰好良いと思うけど?俺なんか、『遠野の最終兵器』とか『遠野の癇癪玉』とかだぜ。チョー恰好悪ぃの」

 拗ねたように誠が言うと、アレクセイはクスクスと笑いはじめた。

「フフッ…マコトは随分と、やんちゃだったんだな」
「やんちゃって言うか…まあ、黒歴史かな」

 黒歴史時代にクソダサい二つ名を付けたのは、兄と遠野の方のいとこ達だ。

「君にも黒歴史というものがあったのか。君は冷静に周りを見ているから、そんなものは無いのかと思っていたよ」
「まさか。俺から見たら、アレクセイこそ黒歴史なんか無かったように見えるけど」
「…どうだろうな。しいて言えば、君と一番最初に出会った時の行動が、黒歴史かもしれない。今考えると、もっと自然な誘い方があるんじゃないかと思ってしまう」
「え…?ああ、そうか。ビックリした。俺と出会ったのが黒歴史とか言うから…」

 一瞬、息ができなくなってしまった。
 この歳になれば、他人の言葉でそこまで傷付くことは殆ど無いと思っていた。けれど、アレクセイは別だ。特別だ。
 アレクセイは誠の中に、しっかりと根を下ろしていた。

「すまない、俺の言葉選びが悪かったな。マコトと出会えたことは、俺にとっては人生で一番の幸せだ」

 アレクセイはしっかりと誠を抱き締める。
 その力が強過ぎて、誠はまた息ができなくなりそうだったが、じんわりと広がるアレクセイの体温が気持ち良くて、自分からもアレクセイの背中に腕を回した。
 しばらく抱き合って軽いキスをしていると、アレクセイは誠の額に自分の額をくっ付けた。

「もう落ち着いたか?」
「うん、大丈夫」
「そうか。それなら、食堂に戻れそうか?」
「ん。…あ、厨房の片付け」
「それもあるが、アイツらが飯を食わないんだったら、俺らで貰おうと思ってな」

 あまりにも真剣に言うアレクセイが面白くて、誠は思わず笑ってしまった。

「ふはっ。そうだな。オーブンにカボチャも入れっぱだし。…あーあ。絶対もうチーズ固まってるよ。温め直さねぇと」

 そうして、誠はアレクセイにエスコートされながら食堂に戻って行った。


 アレクセイはこういう事態に慣れているのだろう。
 テーブルと椅子が元通りに並べられた食堂の天候は、雷のち雪になった。
 団員達を一列に並ばせたアレクセイは彼らと対面するように立ち、冷たい目を向ける。

「お前ら、少しは反省したか?」

 そこには「氷の貴公子」と言うに相応しい表情をした狼が、静かに怒っていた。姿勢を正したレビが、頭を下げる。

「班長、すみませんでした。マコトも、ゴメン。俺、せっかく作ってくれた飯を、台無しにするところだった」
「いや…俺も叩いちゃったし。それに、皆もゴメンな?」

 何が悪いかしっかりと反省したレビに、誠も謝る。しかしそれを止めたのは、アレクセイだった。

「マコト、さっきも言った通り、謝る必要は無い。悪いのは食堂にもかかわらず、暴れたコイツらだ」

 でも、と言いかけた誠を遮ったのは、ライトだった。

「そうそう。マコトちゃんは悪くないよー」
「ライト、貴様は反省しているのか?それに、マコトのことをマコトちゃんと言うのは止めろ」

 耳を後ろに倒して怒りを表しているアレクセイから漏れる魔力のせいで、雪は吹雪へと変わった。室内はあっと言う間に雪化粧され、一面真っ白だ。
 誠の周りにだけは雪が降らないのは、アレクセイがまだ理性的な証拠だろうか。

「貴様は仕事できるが、いつまで経ってもその軽いところは治らないな」
「いやいや、俺も反省してますってー。その証拠に、ほら」

 そう言いながら、ライトは誠の近くに寄って来た。

「俺ら、もう仲良しですからー」

 ライトはヘラヘラしながら、誠の肩を抱こうと手を伸ばしてくる。
 誠には、苦手なタイプの性格がいくつかある。仕事中はそれを悟られないようにしているが、プライベートは別である。
 チャラ男はまだマシだが、ナンパ野郎だけはどうしても我慢ができないのだ。
 誠は触れられる寸前、ライトの手を取って外に返した。その途端、ドンという音と共に、ライトはその場に跪く。
 その様子に団員達は驚いていたが、最も驚いているのは、何が起こったのか分かっていないライト本人だろう。誠は必要以上に触りたくないと、さっとライトの手を離した。
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