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バターの微笑み
04 − 銀色の狼
しおりを挟む騎士団は別の門から入るということで、誠は城門の隣に小さく作られた門からセーヴルの街に足を踏み入れることとなった。
北の港街ということだが、建物は白い塗装がされていて、オレンジや明るい茶色の屋根が並んでいる。
「何か地中海っぽいな」
「ん?何か言ったか?」
「いや、何でも。北の港街って言うから、もっと暗い色合いかと思ってたんだ」
顔を覗き込んでくるアレクセイに、誠は少し慌てた。
「ああ。スルト辺境伯の領地の一つに、良い土が出る村があるんだ。そこの煉瓦を使っているからだろう」
「辺境伯領って、いくつもの街や村があんの?」
いまいち貴族社会に明るくない誠は、首を傾げる。領地の一つということは、辺境伯は日本で言うと区長や市長ではなく、都知事や県知事なのだろうか。
「そうだな。確か辺境伯は、この港街と…三つの村が領地だったか」
「へー」
なるほどと聞きながらも、誠の目はアレクセイと通りの店を行ったりきたりしている。遊びに来ているのではないのは分かっているが、知らない場所というのは楽しいし、どうしても散策したくなる。
アレクセイはそれに気付いたのか、苦笑いをしながら誠の頬をそっと撫でた。
「時間があれば、一緒に街を回ろうか」
「おう。よろしく」
ソワソワしているのがバレた誠は、開き直ってアレクセイに笑いかけた。
「班長、それって港も行きますか?」
前を歩くレビが振り返る。
「レビ、班長のデートに着いて行くのか?無粋な奴だな」
「ち、違うって!港に行くんなら、どうせマコトは魚介類とか買うだろ。晩飯のメニューが気になってだな…」
オスカーに慌てて言い訳をするレビに、ルイージが冷ややかな目線を送っていた。
「はぁ…本当に、無粋でバカですか。僕達の夕飯は関係無いでしょうが」
「だってさぁ…ルイージも楽しみにしてるじゃねぇかよ」
「だってもクソもありません!マコトさんは善意で僕達のご飯を作ってくれているんです。班長とのデートに僕達の夕飯は関係無いじゃないですか」
「まあまあ…」
ヒートアップしそうな二人の言い合いに、誠が止めに入る。そこまで楽しみにして貰えているのは嬉しいし、港も見てみたいからレビの言う通り、魚介類を買いまくって夕食に出すだろうことを自分でも予想できる。
デートという言葉に擽ったさを感じるが、ルイージやうんうんと頷いているオスカーとドナルドがここまで自分に心を配ってくれていることも嬉しかった。
「しかし、マコト…」
食い下がるルイージの肩を、誠はポンポンと叩く。
「そう言ってくれんのは嬉しいけどさ、俺、いつでもスイーツと料理のこと考えちまうんだよ。それに、皆が美味しそうに食べてくれるのが嬉しいから、気にしないで」
「…そうですか?」
「そうそう」
「マコトの言う通りだ。それに俺は、マコトが楽しそうならそれで良い。お前は気にせず、時間が空いたらレビとデートでもすればどうだ?」
アレクセイの援護射撃に、頬を赤く染めたルイージが撃沈した。普段は毅然とした態度を取りながらも笑みを絶やさない彼にしては、珍しい光景だ。
「まさか班長が、そんなことを言うなんて…」
「僕、初めて聞きましたよ、オスカー先輩…」
コソコソと話すオスカーとドナルドの会話が聞こえてしまい、誠は思わず笑ってしまった。
話している間に、辺境伯の邸の前に着いたようだ。邸を守るようにそびえる外壁は頑丈そうで、ここが街の要だと知らしめているみたいだ。誠は日本の城とは違う造りに、密かに感心していた。
外壁の内側が気になるも誠は中に入れないので、アレクセイ達が辺境伯に会う間は暇になる。
アレクセイは誠を一人にするのは不安だと少々取り乱していたが、自分は子供ではないと誠に言われたので押し黙ってしまった。結局アレクセイの連絡鳥と一緒に行動することで、決着が着いた。
「マコト…」
耳と尾を垂らし、キューンという声が聞こえてきそうなアレクセイが、往生際悪く誠を引き止めようとする。
無関係な自分が辺境伯に会えるはずがないし、会ってどうするんだ。誠は心を鬼にして、アレクセイの額にデコピンをかましてやった。
「痛っ…」
「我儘言うなよ。俺は関係無いんだっつーの」
「しかし…セーヴィルは今までの村とは違い、人が多い。マコトは美人だから、目を付けられるに決まっている」
アレクセイにそう言い切られると、悪い気はしない。しかし、それとこれとは別だ。
「あのさぁ、これでも俺、身持ちは固い方なんだけど」
それでも信じられないのか?と言外にアレクセイを睨み付けると、アレクセイは誠を腕の中に閉じ込めてしまった。
「それは…分かっている。しかし、君に声をかける奴ら全てが憎い…」
「あのー…マコト、あんま班長を怒ってやんなよ。ヴォルク家のヒトって、みーんな班長みたいな感じだ
そうだから」
「え、マジで?」
今、オスカーが恐ろしいことを言った気がする。
誠は何とか動く首を、オスカーの方に向けた。
「そうですね。僕達犬系獣人は、ツガイが何よりも大事ですが、ヴォルク家は、その…」
「何、ルイージ。途中で止められると、余計に怖いんだけど」
「ああ、すみません。その、ヴォルク家は…ツガイ至上主義と言いますか、ツガイこそ我が命と言いますか。ツガイが居れば百人力、ツガイに手を出すと食い殺されると言う伝説が、まことしやかに囁かれていると言いますか…」
「マコトだけに…」
言葉を濁そうとして失敗したルイージをフォローしたかったのか、レビの言葉に一瞬だけ空気が凍った。
全員がジト目でレビを見る中、誠は頭を抱えたくなった。
アレクセイの…いや、ヴォルク家の症状は、どこかで聞いたことのある話だ。「ここまで執着されるのは、慣れるしかないな」と遠い目をしながら九本の尾を揺らしていた始祖を思い出しながら、誠はアレクセイの背をポンポンと叩く。
「仕事しろ」
キッパリと言い捨てて、するりとアレクセイの腕から逃れた誠はアレクセイをオスカーに任せ、さっさと人混みの中へ消えて行った。
こういう時は、突き放すに限る。身内を見て学んだ方法だった。
大きな街は、店の数も種類も多い。日本とは違う、ヨーロッパ風の色合いや商品の陳列の仕方、雑貨の模様を見ながら、誠は店を冷やかしながら通りを歩いていた。
「なあ、屋台が集まってるとこって分かるか?」
誠の居場所は、アレクセイに借りっぱなしになっているブレスレッドで分かるようになっている。少し遅れて自分の元にやって来た連絡鳥に、誠は聞いてみた。
「チュン?…チュン!」
「お、分かるのか。どっち?」
ある程度の言葉が分かるのか、肩に止まった連絡鳥は、少し考えてあっちだと言うように羽で示す。誠は鳥に礼を言うと、その指示に従って進んだ。
屋台は複数の場所にあるらしく、十字路に差し掛かると鳥は三法を示した。見れる所は見てみたかったので、誠は一番近い所から制覇することにした。
港街なので魚料理が多いかと思っていた屋台だが、意外と肉料理も多い。そこらから魚や肉の焼ける良い匂いが上り、さっきから誠の胃を刺激している。
「そろそろ昼飯の時間だもんなー」
「チュン」
合意するように鳥が鳴く。誠は指で優しく鳥の胸元を撫でながら、屋台を見て回った。気になった物はどんどん買ってはマジックバッグに入れる。それを繰り返しながら三箇所の屋台群を攻略した頃には、誠はヘトヘトになっていた。
「そろそろどっかで、ご飯にするか」
「チュン!」
食べ歩きをしても良かったのだが、一応研究も兼ねていたのだ。食べることに集中してしまっては、元も子もない。誠は今居る広場のベンチに座り、バッグから肉の串焼きを取り出した。
連絡鳥には、自家製のライ麦パンを一切れ用意する。皿に乗せてベンチに置いてやると、鳥は誠の頬に嘴をちょんと付け、ゆったりとベンチに下りた。
「礼のつもりかな?」
足で器用にパンを押さえながら啄むのを見ながら笑っていると、誠の上に影が落ちてきた。
何か用だろうか。アレクセイの予感が的中かと顔を上げたが、どうやら要らぬ心配だったらしい。
「よう、兄ちゃん。また会ったな」
目の前には、ミョート村に入る時に会った、犬系獣人のおっちゃんが居た。
覚えていたのは職業柄というのもあるが、おっちゃんの立派でフサフサした尾も理由だ。アレクセイ程ではないが、オッサンにしては手入れが行き届いていたからだ。
「おっちゃん…どうも。おっちゃんもこの街に?」
「おう。さっき着いたばかりだ。すぐに寄らないといけない所があるんだが、先に腹拵えよ」
そう言いながら笑うおっちゃんの手には、屋台で買ったであろう紙袋が山盛りになっている。誠が隣を勧めると、おっちゃんは「あんがとよ」と言いながら座った。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺はレイナルドだ」
「俺はマコトと言います」
「マコトか。ここらじゃ聞かない名前だな。確か、マコトは東の方の出だったか?」
「よく覚えてましたね」
「そりゃあ、こんだけ美人なんだ。覚えもするさ」
ニカっと笑うレイナルドに、嫌味もいやらしさも無い。 誠は徐々にレイナルドに対して警戒心を解いていった。
「こっちの方って、そうやって褒めるのが主流なんですか?」
「いーや。兄ちゃんみたいに美人さんにしか、褒めねぇよ。何だ、誰かに言われたのか?」
「ええ、まあ」
さすがに、初対面の狼に跪かれて指にキスされたとは言えない。
誠が言葉を濁して答えると、レイナルドは笑みを濃くした。
「そうか…相手は銀色の狼ってとこ、かな」
「…え?」
いつの間にか、レイナルドの笑みは誠を探るようなものに変わっている。これは一体、どうしたものか。誠はレイナルドの出方を探るしかなかった。
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