神様の料理番

柊 ハルト

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バターの微笑み

02 ー 初めての屋台

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 確かに途中で顔を見にくるとは言っていた。言ってたのだが、なぜこのタイミングなんだろう。
 振り向くのをやめようかと思ってしまったが、来てしまったものは仕方が無い。
 誠は諦めてトマーに断ると席を立った。アレクセイの近くに寄ると、更に騒めきが強くなる。

「マコト。屋台の出店、おめでとう」

 その言葉と共に、アレクセイは小さなブーケを誠に渡した。
 女性ではないので花にはあまり興味は無いが、それでもアレクセイが選んで渡してくれたものだ。しかも白、黄色、オレンジの三色。誠の髪の色に近い色を選んだと言うのだから、大概だ。胸キュンはしないが、嬉しいものは嬉しい。誠は照れながらも受け取ると、クッキーのディスプレイ用の籠に早速ブーケを飾った。

「売れ行きはどうだ?」
「まぁ、ぼちぼちかな。最初だからこれくらい売れれば良いかなーって」
「そうか。マコトの作る物は、全て俺の腹に収めたいんだがな」
「…バカなこと言ってんなよ」

 花に独占欲を滲ませた台詞。お前はどこのイタリア人だと言いたくなったが、我慢だ。これがアレクセイだったと誠は思い直す。

「つーか、仕事中じゃないのか?」
「今は昼休憩だ。近くを見回っていたからな」
「そうなんだ。…じゃあ、ちょっと協力してくんね?」

 誠はアレクセイを見ながら、ニッコリと笑った。
 物を売る場合、マーケティングは重要だ。それと合わせて宣伝も重要になってくる。この世界には当たり前だがネットは無いので、口コミやコネクションに頼る事が多いだろう。けれど、手っ取り早いのは視覚を使った宣伝だ。
 俳優の○○が使っていた。街中の○○の巨大広告が気になる。今はその程度で良い。誠はアレクセイにタープの中に入って折り畳み椅子に座ってもらい、ワイン用の木箱をサイドテーブル代わりに見立てる。その上にクッキーを入れた皿とコーヒーを用意した。

「…俺はただ、君のクッキーを食べるだけで良いのか?」
「もちろん。昼休憩なら誰にも文句言われないし、アレクセイも俺のクッキー食べれるから嬉しいだろ?」
「それはそうだが…こんなんでマコトの手伝いになるのかどうか…。それよりも、俺の母上にクッキーを贈れば貴族達への宣伝になるが」

 アレクセイは足を組んで、誠が用意してくれたマグカップを手に取りながらパサリと尾を振った。

「いやいや。最初は屋台で十分。さ、食べて食べて」
「そうか?ならいただくぞ」

 割り振られた屋台のスペースは狭い。必然的にアレクセイは通りの方を向いて食べるしかない。誠はその様子を斜め後ろから見ながら、少しだけニヤリと笑った。

「…兄ちゃん、悪い顔してんぞ」
「おっと失礼。でも、良い男がコーヒー片手にクッキー食べてるのって、絵になりません?」

 若干引いた顔をしているトマーに、誠は良い笑顔で答えた。
 食べた人の笑顔を見たい。これは商売においての信条だが、商機を逃しては商売人とは言えないのだ。
「café 紺」は確かに町中の隠れ家的喫茶店だが、日々研鑽は欠かさない。人気スイーツや人気パティシエの商品は逐一チェックを入れて、客に飽きられないように定期的にメニューの更新を欠かさない。定番を大事にしつつも、新しい物も取り入れる努力をしている。

「そりゃそうだろうけど…あの騎士殿って、兄ちゃんのツガイか?」
「そうですけど…よく分かりましたね」
「ああ。王都騎士団の銀狼のことは、この領でも噂に乗ってるんだよ。確か、氷の貴公子だったか?子息令嬢には冷たいって聞いたが、兄ちゃんにはデレデレじゃねぇか。狼獣人はツガイに執着するって聞いてるからよ。もしかしたらって思ったんだよ」
「へー。アレクセイって、有名なんですね」
「そりゃ、王都騎士団に憧れる者は多いからな」
「トマーさんも?」
「そうさな。剣も魔法もエリート中のエリートしか入団できねぇって話さ。やっぱ男なら、少しは憧れるってもんよ」

 そうは言っても、トマーの仕事は隣から覗き見る限りでも丁寧だし、サイズ展開も多い。これは使う人や用途に合わせているのだろうし、客も金物はトマーだと言って来る人も何人か見受けられた。

「戦う男は恰好良いけど、俺はトマーさんみたいな、仕事にプライド持ってる方が恰好良いと思いますけどね」

 そう言うと、トマーはワハハハと笑い出した。

「兄ちゃん見る目があるな。気に入った!帰りにでも店の物、何か持ってけ」
「いやいや。ちゃんと買いますよ。って言うか、買わせてください。あのボウル、綺麗なカーブだし」

 そんな話をしていると、少し遠巻きにアレクセイを見ていた半円が小さくなってきた。そろそろだろうか。
 誠は一旦トマーとの話を切り上げると、試食用の籠を持ってアレクセイの見学者達の取り込みにかかった。


 あれ程作ったクッキーは、全て売れてしまった。当たり前だが、殆どがアレクセイ効果だ。試食というのも良かったのかもしれない。
「ジャンブルとあんま変わんねぇだろ」と言いながら試食をした青年が「…美味い!」と叫んだことにより、誠が売っているクッキーは「美形狼が食べている謎のお菓子」から「美形狼が食べている新しい美味しいお菓子」へと評価が変わったのだ。
 あっと言う間に誠の露店の前には長蛇の列ができてしまい、途中からはアレクセイにも手伝って貰って何とか列を捌けたのだが、背後で品出しに徹して貰ったために、アレクセイに少しでも近付きたかったであろう若い女性や青年に少し睨まれたのは仕方が無いのだろう。
 背に腹は変えられない。これが商売と言うものだ。
 けれど、ここまで周囲を騒がせてしまったのは考え物だ。誠は両隣に謝ったが、おかげでいつもより売れたと生花のマダムとトマーが言ってくれたので、少しだけ安堵したのだった。
 誠はさっさと片付けると、客としてトマーが並べている商品の前に陣取っていた。

「兄ちゃん。ボウル以外にも何か欲しいもんは無いのか?」
「んー…そうですね。欲しい物はあるんですけど」
「何でい、言ってみな」

 誠は少し悩むと、星形のクッキー型をトマーに見せた。

「こいつは…」
「クッキーの型です。もう少し種類が欲しいんですけど、トマーさん、取り扱ってますか?」

 丸い型ならこの街の雑貨店で見たことがあるが、ジャンブル用だ。しかし、誠が欲しいのは動物の型だ。日本でならすぐに手に入るだろうが、誠が持ってきているのは丸に花、星といった、基本中の基本のような形ばかりなのだ。
 実家にはシリコン製のスタンプタイプの複雑な型もある。それこそ、ハロウィン用にコウモリだとかオバケ、カボチャ。スタンプタイプなので細かい顔の表情が付けられる。
 キャラクターモノだと、ダラダラしているようにしか見えないリラックスした熊だとか、同じラインナップのヒヨコ、小熊などもある。これらは兄の趣味なのだが。
 こちらでは使わないだろうし、店用か兄の私物だ。それらは持って来れるはずがない。

「…なるほど。そう言えば、型は丸しか見たことが無いな」
「あー…。先日、雑貨店で見たら丸しか無くて。トマーさんも丸以外は作ってないんですね」
「そうだなぁ。特に形を気にしたことはなかったな。…うん。兄ちゃん、一日くれないか。好きな形を作ってやるよ」
「え…本当ですか!?」

 なぜ今日会った自分に良くしてくれるのか分からないが、トマーからは嫌な気を感じない。それに注意すべき人物なら、アレクセイも警戒をしただろう。
 誠は少し図々しいかと思いつつも、トマーの言葉に甘えることにした。

「だったら、狼が良いです。精巧なんじゃなくて、可愛い感じの…」
「可愛い…か。図案あんのかい?」
「無いです。ちょっとだけ待ってくれますか?」
「おう」

 誠は雑貨店で購入しておいたノートと万年筆を取り出すと、横向きの座った狼を描く。クッキーの形にするので、簡単な形だ。インクが乾くとページを切って、トマーに渡した。

「どうですか?」
「おう。これなら作れそうだ。明後日には持って来てやるよ」
「ありがとうございます。明後日ならまだこっちに居ると思うんで」

 だめだったら、一人で移動して来れば良い話だ。
 誠はその後、タダで良いと言われたボウルを何とか半額の値段で買い、ほくほくとした気分で別館に戻ったのだった。
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