神様の料理番

柊 ハルト

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シロップの展望

08 ー カルトーフィリ村

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 この村での滞在は、一週間だった。
 その間、誠が屋台を開いたのは一度だけだったが、冒険者の活動は積極的にこなした。おかげで念願だった冒険者ランクが二つも上がってしまったが。
 調子に乗って、狩りまくっていたのがいけなかったらしい。けれど世間話的にこっそり受付の職員に聞いてみると、時期が時期なので毎年数人は短期間で二ランクも上げる者は居るとのことだった。
 Eランクになると、やっと一人前の冒険者として認められるらしい。これからは少しずつ確実にランクを上げようと、誠は趣味と実益のための薬草採取に出かけることにした。
 相変わらず薬草はよく生えているし、ハーブも季節関係無く採れる。誠はローズマリーのとセージを見つけたので、生育の邪魔にならないように気をつけながら、せっせとむしっていた。
 昨日アレクセイ達が大きなミノタウロスを仕留めたので、今晩は牛肉もどき祭りなのだ。そのためにはこの二つのハーブが必要だ。
 誠は笑いそうになるのを必死に堪えていた。


 早めに邸に戻ると、早速調理開始だ。作るのはローストビーフと、牛マメ(腎臓)ではなくミノタウロスの腎臓のトマト炒め。すね肉で赤ワイン煮込みも作る。そして忘れてはいけない、牛すじならぬミノタウロスすじの煮込みだ。これは半分だけ甘辛く煮付け、丼にするつもりだ。残りの半分は、今後作りたいおでん用だ。
 味が濃い物ばかりなので、付け合わせは生野菜のサラダにした。デザートは、レモンとオレンジのゼリーだ。

「…最後の晩餐」

 テーブルの上にこれだけずらりとミノタウロス肉料理が並ぶと圧巻だ。しかし、レビ達は嬉しそうだが悲しそうだ。その理由は、先程レビが語った通りだった。

「レビ…分かります。分かりますけど、今後の騎士団の食堂に期待しましょう。それに、マコトさんが週一で夕飯に招待してくれると言っていましたから」

 ルイージは分かって歪曲しているのだろう。レビを慰める手つきがわざとらしい。それを見たオスカーとドナルドは、ニヤニヤしながらその小芝居に乗った。

「さすがは班長のツガイ様だよな。俺達、もうお婿に行けない胃袋にされたから」
「そうですね、先輩。僕は班長とマコトさんのお家の養子になる準備はできています」
「こんなに大きな息子は要らんぞ」

 小芝居を締めたのは、一家の大黒柱である銀狼だった。
 迷惑そうに眉をしかめていても、結局は冷徹になりきれないアレクセイだ。以前このような話をした時に明確な答えは出さなかったものの、結局は週一くらいで彼らを家に招くのだろう。
 誠は賑やかになりそうな王都での暮らしを想像して、楽しくなっていた。
 彼らに対して、情が湧いたのもあるが、これだけ一緒に過ごしてきたのだ。王都に着けばすぐにさよならとなるのは、やはり寂しいものがある。

「マコト。迷惑なら言ってくれてかまわんぞ」
「いや、全然。大勢での食事って好きなんだよ。それにアレクセイの部下だし、俺にとっては何か…友達って勝手に思ってるからさ」

 最後の方は照れてしまって声が小さくなったが、彼らにはしっかりと聞こえたようだ。

「マコト…」

 ほんのりと頬を染めたレビ達の視線が、居た堪れない。誠はこの空気を払拭するために、「早く食べよう」とアレクセイを促した。

「祈りを」

 アレクセイの声が、優しく響く。けれど食堂内に広がっている料理の匂いに我慢ができないのか、犬系獣人達の尾は揺れていた。
 祈り終わると、皆が一斉に動き出す。丼を用意しているがワイン煮もあるので、少しだけフランスパンのように細長くしたパンも用意している。
 行儀が悪いのは各々分かっているようだが、スプーンを動かしながらもう片方の手でパンを取り、そのまま食べたりワイン煮に浸したりと、忙しそうだ。
 その様子を目にしているアレクセイは、小さな溜息を吐くだけで注意をしない。晩餐の席だが、貴族同士が集まる場ではないので、目溢しをしているのだろう。
 デキャンタに移しておいたワインをサーブし終えた誠は席に着くと、アレクセイとグラスを合わせた。

「…ん。美味いな」
「だろ?この国に似た文化の国のワインなんだけど、その国のワインは有名なんだ。ちょっと良いやつを餞別に貰ったからさ、今日開けようと思って」

 相模から貰ったのだが、元々は統括の神が貰った物だ。たくさん余っているから持って行けと、統括の神が知らないところでワインセラーから何本も抜き出した相模は、少し悪い顔をしていた。
 このフランス産のフルボディのワインは、酒に明るくない誠でも聞いたことのある銘柄だ。自分では決して買いたくない値段がするので開けるタイミングを失っていたのだが、今日の肉祭りに出すにはぴったりだろう。

「なあマコト君。これ全部、ミノタウロスの肉なのか?」

 ワイン煮が気に入ったのだろう。オスカーの皿は真っ先にワイン煮が消えていた。

「そうだよ。昨日貰ったやつ。ワイン煮に使ったのはスネ肉で、丼のはスジ肉。トマト炒めは腎臓」
「えー。マジか。スネ肉って、こんな美味いんだな」
「ですよね。噛むごとに肉の旨みが溢れてきて…マコトさん、おかわりよそっても良いですか?」
「おう。好きに食べなよ」
「やった!」

 ドナルドも気に入ってくれたのだろう。満遍なく食べているようだが、ワイン煮が入っていた皿は空になっていた。これだけは大量に作ってあるので、隣のテーブルに鍋ごと置いているし、ローストビーフの追加はワゴンに乗せてある。
 いつも皆が食べる量を考えると少し多いかと思っていたが、この調子だと全部無くなるかもしれない。

「ちょっ!ドナルド、お前全部食うなよな」
「オスカー先輩、まだたくさんあるから大丈夫ですよ…多分」

 慌ててドナルドの後ろに並んだオスカーだが、その背後にはいつの間にかルイージが潜んでいた。レビは呑気に牛すじ丼をかき込んでいて、我関せずだ。

「いやはや…いつ見ても、すげー食いっぷりだな」
「それだけマコトのご飯が美味いからな」
「良かった。今日のメニューで気に入ったのある?」

 こちらも満遍なく量が減っているアレクセイの皿を見た誠は、口元をニヨニヨとさせた。
 気に入った物を聞いてみたが、どれを食べる時でも銀色の尾は元気に揺れていたので結果は分かっているのだが、やはりアレクセイの口から直接聞きたくなるというものだ。
 アレクセイは少し迷っていたが、どれも甲乙つけがたかったようで、少しだけ耳と尾の元気を無くしていた。

「…すまないマコト。決められない」
「あははは!」

 その様子が可愛くて、笑ってしまう。

「しかし、このすじ肉は何とも不思議な食感だな。噛むと溶ける肉もあるし、少し弾力のある部分もある」
「ああ、アキレス腱とかスネの部分だから。下処理に時間がかかるから、こっちでは食べないの?」
「そうだな。さすがに俺らでもアキレス腱は固いし臭いから食べないが、こうも変わるんだな」

 残念ながら五等分して丼に乗せると丁度だったので、丼のおかわりは無い。誠は自分のスジ肉を半分、アレクセイの丼に乗せてあげた。

「…良いのか?」
「これだけは、おかわり無いから。それに、俺には量が多いし」

 肉祭りは嬉しいし楽しいが、それはもう少し若い頃だ。誠の体はとっくに成長を止めて老化も止まる頃らしいので、ここまで肉を食べなくても良い。
 それに、やはり自分のツガイには甘くなってしまう。

「ありがとう。今度すじ肉を調理する時は、俺が下処理を担当しよう」

 それは、またスジ肉料理を作って欲しいという催促だろう。

「じゃあ、頼むね。牛すじカレーとかも美味しいから、それ作ろうかな」
「はいはい!俺も手伝うから、そのカレーとやらが食べたい!」

 誠とアレクセイの会話に割って入ったのは、ワイン煮をよそっていたレビだった。真っ直ぐに手を上げているあたり、本気だろう。

「レビ!…すみません、マコトさん。けれど僕も気になるので、食べたいです」

 レビを咎めたルイージに続き、オスカーは肩をひそめながら誠にウインクをよこす。

「甘い雰囲気の中、悪いんだけどさぁ。俺達の前で美味しそうな話をするのが悪いよ。ってことで、俺も手伝うから、カレー?食べたい」
「あの…僕も…」

 控えめに手を上げたドナルドが続いたことで、新居での食事会のメニューはカレーに決まりそうだ。牛すじ肉の下処理もカレーもかなりの匂いが出るが、換気には気をつけなければ…と、誠は密かに決意していた。

「アレクセイ、良い?」

 自分の中ではそう決定していたが、家を買うのか借りるのかはアレクセイだ。大黒柱を伺うと、アレクセイはしっかりと頷いてくれたあとで、ニヤリと笑った。

「マコトが良いなら。コイツらには、しっかりと手伝わせると良い」
「じゃあ、決まりな。カレーもたくさん種類があるから、牛すじカレー以外にも作るよ」

 誠がそう言うと、食堂内は一気に沸いた。

「やったー!…で、そのカレー?ってのは、どんな料理なんだ?」

 アレクセイよりも尾をぶんぶんと振っているレビの問いに、誠は笑いながら答えた。

「カレーってのは、スパイスの塊…かな」

 その言葉により、食堂内は一気に沈黙に包まれてしまった。
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