神様の料理番

柊 ハルト

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ショコラの接吻

02 ー 王都へ

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 そのスコッチはシェリー樽で熟成されたもので、シェリー樽特有のフルーティーな甘さがある。けれど独特の潮気もあり、スパイシーでもある。
 余韻を残したアレクセイの口内は、誠が想像した甘さは一切無かった。
 けれど、甘い。
 舌を絡めると、一度は驚いて引っ込もうとしたアレクセイの舌は、いつの間にか誠の口内を蹂躙していた。
 抱きつくような格好だったのに、唇を離すとソファに押し倒されていた。
 アレクセイの手腕に驚けば良いのか、そこまでキスに夢中になっていたのか。後者だと思いたい。背中に腕を回されていた誠は、アレクセイによって起こされてた。

「どうした?」

 聞かれても、明確な答えは無い。ただただ、キスがしたかった。それだけだ。

「いや…何か、キスしたかった…だけ」
「そうか。俺はいつでも歓迎するぞ」

 激しく揺れる銀色の尾は、アレクセイの気持ちを雄弁に伝えている。
 互いの唾液で怪しく艶めいているアレクセイの唇は、また誠を誘っているように見えた。下肢に覚えのある痺れが一瞬だけ走ったが、誠はゆっくりと呼吸をしてから欲望を抑えていた。
 それからは、お互い無言でグラスを傾けた。
 何も話さない。そんな時間を心地良いと思える相手は、そうは居ない。アレクセイは決して無口なタイプではないが、口数は少ない方かもしれない。誠は喋る時は喋るが、静かな時間も好きな方だ。
 お互いの波長が合うのだろう。それもあって、惹かれあったツガイだと誠は思っている。
 体の遺伝子の組み合わせだけが合うのではない。それが遠野が求めるツガイだ。アレクセイも、そうだと良い。誠はアレクセイの肩に、そっと頭を預けた。


 いつも通りの時間に目が覚める。誠の目には、銀色の美丈夫のどアップがいの一番に映った。
 何度見ても、見飽きない。アレクセイが目覚めるまで、誠はアレクセイが呼吸をするさまを、じっと見ていた。
 起きる時間は皆同じく、少し遅めだった。朝食は、昨日多めに作っておいたローストビーフのサンドイッチにした。
 これも大量に作ったので、朝食とは別に小さめのバスケットに詰めて各自に渡した。そのうち、朝食か昼食にでもしてくれると良い。こういう時、マジックバッグは本当に便利だ。

「皆、準備は良いか?」

 朝食後、一旦解散してから地下室に集まった。王都と繋いでいる魔法陣を敷いている部屋だ。地下とあって、窓が一切無い。申し訳程度にランプの魔道具が部屋をぼんやりと浮かび上がらせていた。
 しっかりと騎士団の制服にコートを羽織ったアレクセイ達は自分達の装備を確認してから、魔法陣の上に乗った。誠もアレクセイに肩を抱かれながら、陣に足を踏み入れた。
 アレクセイは呪文を唱えながら、真ん中のマークに手を当てている。ぼんやりとそのマークが光ると、波紋が広がるように、徐々に描かれている模様や文字が明るく浮き上がっていった。どこか幻想的なその光景に見入っていると、一瞬だけ視界がぼやけたあとは部屋の様子が違っていた。
 アレクセイは立ち上がって誠の手を取ると、指先にゆっくりと唇を落とした。

「ようこそ、騎士団塔へ」
「あ…うん」

 その言葉で、転移が成功したことを知った。もうここは、アレクセイ達の本拠地なのだ。
 やはり慣れた土地は安心するのか、アレクセイ達はどこか嬉しそうだった。いつまでかは分からないが、これからこの土地が自分の本拠地になるのだろう。そう思うと、どこか嬉しくなった。
 旅は好きだし、知らない土地はワクワクするが、それは帰る家があるからだ。まだその家は決まっていないけれど、やっと腰を据えて生活ができることに安堵するし、街並みや市場、屋台なんかも見てみたい。
 じわじわと王都に居ることを実感していた誠は、アレクセイに促されるままに部屋を出たのだった。
 騎士団塔の魔法陣がある部屋も地下室だったらしく、階段を上ると一気に自然光が目に入ってきた。レビ達とは、これで暫しのお別れだ。

「暇だったら、いつでも寮の部屋に遊びに来てくれて良いからな」
「あ、俺も俺も。あと、食事会のことが決まったら、絶対連絡してくれよ」

 そんなことを話しながら、エントランス付近で解散した。
 食事会のことを念押ししていたオスカーは、この後、副官であるカーマインに報告があるそうなので、別棟に行くそうだ。アレクセイに渡された分厚い書類を手に、うんざりとした表情を浮かべていた。

「じゃあ、行こうか」

 誠の肩を抱いたままのアレクセイは、そのまま誘導する。
 どこに行くのかと思ったが、アレクセイはアレクセイで部隊長であるフレデリクに報告があるそうだ。それに同行しても良いのかと尋ねたが、どうやら自分にも関係があるらしい。
 地下一階、地上は三階建ての騎士団塔は、この中央の本館の他に、左右に別館が続いている。第一、第二部隊は先にオスカーが向かった左側。第三、第四部隊は右側に分かれており、寮は少し離れた所に建っている。ちなみに、食堂は寮の一階にあるとのことだ。
 時々すれ違う獣人や人間の制服の色が違うのは所属毎の色があるからで、アレクセイ達が纏う紺色は、第一部隊の証だそうだ。けれどすれ違う人物の誰もがアレクセイを見ては驚いた表情を浮かべているのは、なぜなのだろうか。
 こんなに良い男が、騎士団内では嫌われているのではないのか。そう思ってしまったが、その疑問は連れて行かれた部屋ですぐさま解決することになる。

「ようこそマコト、騎士団塔へ」

 少し前に、同じような言葉を貰った気がする。さすがは兄弟だと思いつつ、誠は一週間程前に見た顔を前に、軽く頭を下げていた。
 落ち着いた色合いの室内は、彼の趣味なのだろうか。ソファに座るように促され、天使が紅茶を誠の前に置く頃には、この部屋の主もペンを置いて向かい側に座っていた。
 誠の隣に座っているアレクセイが書類の束を黒豹に渡し、それに目を通している間に紅茶を飲む。やはり良い茶葉を使っているらしく、カップを口に近付けるとふわりと茶葉の香りが広がった。
 熱かったので口を湿らせるだけに留めたが、美味しい。どこでこの茶葉を買えるのか聞こうと思っていると、向かい側からキラキラとした視線を感じた。言わずもがな、ローゼスだ。
 真剣に書類を見ているフレデリクの隣でちょこんと座っているが、いろいろ聞きたいことがあるのだろう…いや、もしかしたら茶菓子を要求されているのかもしれない。
 誠はローゼスに皿の場所を聞くと、少しだけ席を離れた。
 ゆっくりとした作りの給湯室を案内されると、誠は少しだけ息を吐き出した。

「…疲れてるのか?」

 ローゼスに体調を気にされたが、誠は即座に否定する。

「うんにゃ。あんな真剣な顔のオニーチャン初めて見たから、ちょっとね。すげー迫力」
「フレデリク様は、仕事の時は真剣だぞ」
「そうなんだ。ちゃんと取り組んでるんだな」

 当たり前だと言いながら、ローゼスは皿を選んでいた。誠はバッグからスイーツを取り出しながら、気になっていたことをローゼスに聞いた。先程のアレクセイのことだ。
 部下には慕われているようだが、他の団員との折り合いは悪いのか。
 面倒臭い一面もあるが、職場での人付き合いは大事だ。何か問題があるのなら、自分はどう立ち回るべきなんだろう。
 そんな心配をしていた誠だったが、ローゼスの言葉によって吹き飛ばされた。

「それは、先輩がマコトをすぐ隣に置いているからだろう。部屋に入ってくる時も肩を抱かれていたが、どうせ移動中もそうだったんじゃないのか?」

 名探偵ローゼスが指摘する。その通りだ。

「そうだけど、それっていつもだし」
「…その"いつも"が珍しいんだ。聞いていると思うが、先輩は他人には冷たいんだ。特に恋人やツガイが居ない子息令嬢には。一族の習性のこともあって、ただ単に珍しがられていたんだと思う」
「そうなの?…まぁ、アレクセイが避けられてるんじゃないんだったら良いんだけど」

 せっかくだし、人数も多いのでケーキスタンドを用意した。ローゼスが出した皿にはカヌレとマドレーヌを。ケーキスタンドの下段にはローストビーフのサンドイッチの残りで、上の段にはビスコッティとクッキーを盛った。
 クッキーはトマーに作ってもらった型を使って作った分だ。寝転んだ猫の型もあったので、二人にはぴったりだろう。差し入れ用にしようと思ったので、クッキーにはアイシングで顔を描いている。

「何これ、可愛い…!」

 誠の手元をじーっと見ていたローゼスは、いち早くそれに反応した。どうせ彼らに渡す物だ、ここで渡してもかまわないだろう。
 誠はバッグの中から蓋付きの籐籠を出して、ローゼスに渡した。

「何だ?」
「クッキー。同じのだけど、いろいろ入ってるよ」
「貰っても良いのか?」
「そのために作ったんだっつーの。あ、でも狼の形は無いけどな」

 先程盛りつけたクッキーには狼が居るが、籐籠の中には居ない。むしろ半分以上が猫だ。いくらローゼスやオニーチャンでも、狼だけは譲れない。これは誠の小さな独占欲だった。
 それが分かったのか、ローゼスはによによと笑っていた。そしてすぐに姿勢を正し、誠に向かって軽く頭を下げる。

「マコト、ありがとう。今回のことだけじゃなく、この前も…」

 ローゼスは大事そうにスクエアポーチに籐籠をしまうと、胸元から細い鎖を引っ張り出した。その先端には、いつぞやの鱗がぶら下がっていた。
 すり潰して煎じると妙薬になるらしいのだが、フレデリクはきちんとローゼスに渡したようだ。

「あー、それか。うん。オニーチャンと取引したからな。まぁ役に立つ時が来るかも」

 先行投資のつもりだったが、どうやらすでに役に立ったらしい。
 部隊長であるフレデリクも、鑑定の魔道具を付けている。けれど近年、組み合わせることによって毒になる物が開発されたそうで、先日招かれた先の料理それぞれに、その薬が混入されていたそうだ。
 単品なら「薬草」、「ハーブ」、「スパイス」等と出るし、普段料理に使われている物なので、摘発が難しい。
 調査班により、やっとその配合と分量が判明したところでの晩餐だ。これを好機ととらえたフレデリクは、鱗の効果を試すのもあってか、料理を完食したらしい。倒れたふりをしながら招いた貴族の証言を取り、捕縛に成功したのだ。
 あとは芋づる式に摘発していったそうだが、誠は何に驚いて良いのか分からなくなったし、確かに鱗の加護はかなりのものだが、ローゼスが心配するだろうから危険なことはしないでほしい。

「…ちゃんとオニーチャンに怒った方が良いと思うぞ」
「あの時は、さすがの僕でもフレデリク様を殴った」

 つんと唇を尖らせているが、きっとローゼスのパンチは猫パンチなんだろう。フレデリクのニヤけた顔が、容易に想像できてしまった。
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