87 / 150
ショコラの接吻
02 ー 王都へ
しおりを挟むそのスコッチはシェリー樽で熟成されたもので、シェリー樽特有のフルーティーな甘さがある。けれど独特の潮気もあり、スパイシーでもある。
余韻を残したアレクセイの口内は、誠が想像した甘さは一切無かった。
けれど、甘い。
舌を絡めると、一度は驚いて引っ込もうとしたアレクセイの舌は、いつの間にか誠の口内を蹂躙していた。
抱きつくような格好だったのに、唇を離すとソファに押し倒されていた。
アレクセイの手腕に驚けば良いのか、そこまでキスに夢中になっていたのか。後者だと思いたい。背中に腕を回されていた誠は、アレクセイによって起こされてた。
「どうした?」
聞かれても、明確な答えは無い。ただただ、キスがしたかった。それだけだ。
「いや…何か、キスしたかった…だけ」
「そうか。俺はいつでも歓迎するぞ」
激しく揺れる銀色の尾は、アレクセイの気持ちを雄弁に伝えている。
互いの唾液で怪しく艶めいているアレクセイの唇は、また誠を誘っているように見えた。下肢に覚えのある痺れが一瞬だけ走ったが、誠はゆっくりと呼吸をしてから欲望を抑えていた。
それからは、お互い無言でグラスを傾けた。
何も話さない。そんな時間を心地良いと思える相手は、そうは居ない。アレクセイは決して無口なタイプではないが、口数は少ない方かもしれない。誠は喋る時は喋るが、静かな時間も好きな方だ。
お互いの波長が合うのだろう。それもあって、惹かれあったツガイだと誠は思っている。
体の遺伝子の組み合わせだけが合うのではない。それが遠野が求めるツガイだ。アレクセイも、そうだと良い。誠はアレクセイの肩に、そっと頭を預けた。
いつも通りの時間に目が覚める。誠の目には、銀色の美丈夫のどアップがいの一番に映った。
何度見ても、見飽きない。アレクセイが目覚めるまで、誠はアレクセイが呼吸をするさまを、じっと見ていた。
起きる時間は皆同じく、少し遅めだった。朝食は、昨日多めに作っておいたローストビーフのサンドイッチにした。
これも大量に作ったので、朝食とは別に小さめのバスケットに詰めて各自に渡した。そのうち、朝食か昼食にでもしてくれると良い。こういう時、マジックバッグは本当に便利だ。
「皆、準備は良いか?」
朝食後、一旦解散してから地下室に集まった。王都と繋いでいる魔法陣を敷いている部屋だ。地下とあって、窓が一切無い。申し訳程度にランプの魔道具が部屋をぼんやりと浮かび上がらせていた。
しっかりと騎士団の制服にコートを羽織ったアレクセイ達は自分達の装備を確認してから、魔法陣の上に乗った。誠もアレクセイに肩を抱かれながら、陣に足を踏み入れた。
アレクセイは呪文を唱えながら、真ん中のマークに手を当てている。ぼんやりとそのマークが光ると、波紋が広がるように、徐々に描かれている模様や文字が明るく浮き上がっていった。どこか幻想的なその光景に見入っていると、一瞬だけ視界がぼやけたあとは部屋の様子が違っていた。
アレクセイは立ち上がって誠の手を取ると、指先にゆっくりと唇を落とした。
「ようこそ、騎士団塔へ」
「あ…うん」
その言葉で、転移が成功したことを知った。もうここは、アレクセイ達の本拠地なのだ。
やはり慣れた土地は安心するのか、アレクセイ達はどこか嬉しそうだった。いつまでかは分からないが、これからこの土地が自分の本拠地になるのだろう。そう思うと、どこか嬉しくなった。
旅は好きだし、知らない土地はワクワクするが、それは帰る家があるからだ。まだその家は決まっていないけれど、やっと腰を据えて生活ができることに安堵するし、街並みや市場、屋台なんかも見てみたい。
じわじわと王都に居ることを実感していた誠は、アレクセイに促されるままに部屋を出たのだった。
騎士団塔の魔法陣がある部屋も地下室だったらしく、階段を上ると一気に自然光が目に入ってきた。レビ達とは、これで暫しのお別れだ。
「暇だったら、いつでも寮の部屋に遊びに来てくれて良いからな」
「あ、俺も俺も。あと、食事会のことが決まったら、絶対連絡してくれよ」
そんなことを話しながら、エントランス付近で解散した。
食事会のことを念押ししていたオスカーは、この後、副官であるカーマインに報告があるそうなので、別棟に行くそうだ。アレクセイに渡された分厚い書類を手に、うんざりとした表情を浮かべていた。
「じゃあ、行こうか」
誠の肩を抱いたままのアレクセイは、そのまま誘導する。
どこに行くのかと思ったが、アレクセイはアレクセイで部隊長であるフレデリクに報告があるそうだ。それに同行しても良いのかと尋ねたが、どうやら自分にも関係があるらしい。
地下一階、地上は三階建ての騎士団塔は、この中央の本館の他に、左右に別館が続いている。第一、第二部隊は先にオスカーが向かった左側。第三、第四部隊は右側に分かれており、寮は少し離れた所に建っている。ちなみに、食堂は寮の一階にあるとのことだ。
時々すれ違う獣人や人間の制服の色が違うのは所属毎の色があるからで、アレクセイ達が纏う紺色は、第一部隊の証だそうだ。けれどすれ違う人物の誰もがアレクセイを見ては驚いた表情を浮かべているのは、なぜなのだろうか。
こんなに良い男が、騎士団内では嫌われているのではないのか。そう思ってしまったが、その疑問は連れて行かれた部屋ですぐさま解決することになる。
「ようこそマコト、騎士団塔へ」
少し前に、同じような言葉を貰った気がする。さすがは兄弟だと思いつつ、誠は一週間程前に見た顔を前に、軽く頭を下げていた。
落ち着いた色合いの室内は、彼の趣味なのだろうか。ソファに座るように促され、天使が紅茶を誠の前に置く頃には、この部屋の主もペンを置いて向かい側に座っていた。
誠の隣に座っているアレクセイが書類の束を黒豹に渡し、それに目を通している間に紅茶を飲む。やはり良い茶葉を使っているらしく、カップを口に近付けるとふわりと茶葉の香りが広がった。
熱かったので口を湿らせるだけに留めたが、美味しい。どこでこの茶葉を買えるのか聞こうと思っていると、向かい側からキラキラとした視線を感じた。言わずもがな、ローゼスだ。
真剣に書類を見ているフレデリクの隣でちょこんと座っているが、いろいろ聞きたいことがあるのだろう…いや、もしかしたら茶菓子を要求されているのかもしれない。
誠はローゼスに皿の場所を聞くと、少しだけ席を離れた。
ゆっくりとした作りの給湯室を案内されると、誠は少しだけ息を吐き出した。
「…疲れてるのか?」
ローゼスに体調を気にされたが、誠は即座に否定する。
「うんにゃ。あんな真剣な顔のオニーチャン初めて見たから、ちょっとね。すげー迫力」
「フレデリク様は、仕事の時は真剣だぞ」
「そうなんだ。ちゃんと取り組んでるんだな」
当たり前だと言いながら、ローゼスは皿を選んでいた。誠はバッグからスイーツを取り出しながら、気になっていたことをローゼスに聞いた。先程のアレクセイのことだ。
部下には慕われているようだが、他の団員との折り合いは悪いのか。
面倒臭い一面もあるが、職場での人付き合いは大事だ。何か問題があるのなら、自分はどう立ち回るべきなんだろう。
そんな心配をしていた誠だったが、ローゼスの言葉によって吹き飛ばされた。
「それは、先輩がマコトをすぐ隣に置いているからだろう。部屋に入ってくる時も肩を抱かれていたが、どうせ移動中もそうだったんじゃないのか?」
名探偵ローゼスが指摘する。その通りだ。
「そうだけど、それっていつもだし」
「…その"いつも"が珍しいんだ。聞いていると思うが、先輩は他人には冷たいんだ。特に恋人やツガイが居ない子息令嬢には。一族の習性のこともあって、ただ単に珍しがられていたんだと思う」
「そうなの?…まぁ、アレクセイが避けられてるんじゃないんだったら良いんだけど」
せっかくだし、人数も多いのでケーキスタンドを用意した。ローゼスが出した皿にはカヌレとマドレーヌを。ケーキスタンドの下段にはローストビーフのサンドイッチの残りで、上の段にはビスコッティとクッキーを盛った。
クッキーはトマーに作ってもらった型を使って作った分だ。寝転んだ猫の型もあったので、二人にはぴったりだろう。差し入れ用にしようと思ったので、クッキーにはアイシングで顔を描いている。
「何これ、可愛い…!」
誠の手元をじーっと見ていたローゼスは、いち早くそれに反応した。どうせ彼らに渡す物だ、ここで渡してもかまわないだろう。
誠はバッグの中から蓋付きの籐籠を出して、ローゼスに渡した。
「何だ?」
「クッキー。同じのだけど、いろいろ入ってるよ」
「貰っても良いのか?」
「そのために作ったんだっつーの。あ、でも狼の形は無いけどな」
先程盛りつけたクッキーには狼が居るが、籐籠の中には居ない。むしろ半分以上が猫だ。いくらローゼスやオニーチャンでも、狼だけは譲れない。これは誠の小さな独占欲だった。
それが分かったのか、ローゼスはによによと笑っていた。そしてすぐに姿勢を正し、誠に向かって軽く頭を下げる。
「マコト、ありがとう。今回のことだけじゃなく、この前も…」
ローゼスは大事そうにスクエアポーチに籐籠をしまうと、胸元から細い鎖を引っ張り出した。その先端には、いつぞやの鱗がぶら下がっていた。
すり潰して煎じると妙薬になるらしいのだが、フレデリクはきちんとローゼスに渡したようだ。
「あー、それか。うん。オニーチャンと取引したからな。まぁ役に立つ時が来るかも」
先行投資のつもりだったが、どうやらすでに役に立ったらしい。
部隊長であるフレデリクも、鑑定の魔道具を付けている。けれど近年、組み合わせることによって毒になる物が開発されたそうで、先日招かれた先の料理それぞれに、その薬が混入されていたそうだ。
単品なら「薬草」、「ハーブ」、「スパイス」等と出るし、普段料理に使われている物なので、摘発が難しい。
調査班により、やっとその配合と分量が判明したところでの晩餐だ。これを好機ととらえたフレデリクは、鱗の効果を試すのもあってか、料理を完食したらしい。倒れたふりをしながら招いた貴族の証言を取り、捕縛に成功したのだ。
あとは芋づる式に摘発していったそうだが、誠は何に驚いて良いのか分からなくなったし、確かに鱗の加護はかなりのものだが、ローゼスが心配するだろうから危険なことはしないでほしい。
「…ちゃんとオニーチャンに怒った方が良いと思うぞ」
「あの時は、さすがの僕でもフレデリク様を殴った」
つんと唇を尖らせているが、きっとローゼスのパンチは猫パンチなんだろう。フレデリクのニヤけた顔が、容易に想像できてしまった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
ブラッドフォード卿のお気に召すままに
ゆうきぼし/優輝星
BL
第二章スタート!:イブキと婚約をして溺愛の日々を送ろうとしていたブラッドフォード。だが、国の情勢は彼の平穏を許さず、王の花嫁選びが始まる。候補者が集まる中、偽の花嫁(♂)が紛れ込む。花嫁の狙いはイブキの聖獣使いの力で。眠りについた竜を復活させようとしていた。先の戦においての密約に陰謀。どうやらイブキの瞳の色にも謎があるようで……。旅路にて、彼の頭脳と策略が繰り広げられる。
第一章:異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。
*マークはR回。(後半になります)
・ご都合主義のなーろっぱです。
・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。
腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手)
・イラストは青城硝子先生です。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる