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ショコラの接吻
03 ー 勃発、嫁姑問題…ではなく
しおりを挟むフレデリクを厨房から追い出したとは言え、それでもまだ自分を含めてここには男四人がひしめき合っている。
邪魔なので料理人を何とか隅へ追いやると、誠は大きな鍋を棚から取り出してコンロに置いた。
「…アレクセイは」
言いかけて止めた。危ないからと何度も言われているので少し距離を取っているが、アレクセイは誠の近くを陣取っている。何かあれば、すぐに対処するつもりだろう。
正直、ちょっと邪魔だと思わないこともないが、近くに立っている方が悪い。それに期待するような目を向けているので、誠は小さく溜息を吐くと、アレクセイに灰汁取り用のお玉を渡した。
「お願いできる?」
「ああ、もちろんだ」
やはり正解だったようだ。アレクセイはゆるりと尾を振ると、誠の隣に立った。背後から「アレクセイ様を使うなんて」「これだから人間は」と雑音が聞こえてきたが、無視だ。
アレクセイもその声が聞こえているだろうが、誠が何も言わないのだ。何かあると思っているに違いないだろう。
誠は鍋に水と、キャンプ期間中に集めていた野菜の皮を数種類、麻袋から取り出して入れた。
「何してるんだ?」
「まさか、公爵夫人にゴミを食わせる気か?」
「公爵夫人なら食べる前に気付くだろう。流石は人間だな。料理のことがまるで分かっていない」
またもや雑音が聞こえる。
アレクセイが牙を剥きそうになっていたので、誠はアレクセイの腕にそっと体をぶつけてこちらに注意を向けさせた。
「もう少ししたら出番が来るから、ちょっと待ってて」
「…ああ」
思い切り不機嫌な声が返ってきた。
誠としては背後からの声は雑音として処理しているので、どうでもいい。それよりも、アレクセイが心配だった。
これだけ自分を大事にしてくれているのに、実家の使用人達が自分を貶しているのだ。彼にとって良い気はしないだろうし、誠が公爵家の使用人は質が悪いと思っていると、考えているだろう。アレクセイの面子は完全に潰れたと言っても過言ではない。
面子やプライドが全てでは無いが、貴族は体裁を保つのも仕事のうちのはずだ。それにアレクセイには、銀狼の姿と同じくいつも堂々としていてもらいたい。それは誠のエゴなのだが、似合うから仕方が無い。
誠としても、「どうだ、俺のツガイはチョー恰好良いだろう」と自慢したい気持ちがある。そのためには、アレクセイの悩みを一つ二つ潰してやりたい。アレクセイの恰好良さは、外見もそうだが内面もそうだ。
銀狼は輝いているが、それは被毛の色だけではなく内側からも輝いているので、それを曇らせる輩は誠にしてみれば敵となる。
「マコト。これは…スープを作っているのか?」
菜箸を握る手に力が篭ったのを見たのか、アレクセイは誠の手を握ってきた。
いけない。ついついイラッとしてしまったようだ。
「そうだよ。いつもはコンソメ…いや、あの茶色い顆粒を使ってるけど、これはまた違う方法なんだ」
誠が鍋に投入したのは、決して生ゴミではない。
スカーレットが誠の料理を食べてみたいと言った時に、真っ先に考えたのはシンプルな料理だった。騎士団の寮の食堂で行いたい改革を、まずはスカーレットに知ってほしかったからだ。
上手くいけば口添えをしてくれるかもしれないという下心もあったが、アレクセイが美味しいと言ってくれたものをスカーレットにも食べてほしかったのだ。
だから普段はあまりしない、ブイヨンを一から作るという工程を入れた。
顆粒のコンソメを使うことが多いが、今使うと「あれはスパイスだ」などと言われるのが鬱陶しい上に、この世界に無い物なので、見せたくない。
野菜の切れ端や皮なら調理中に出てしまう物だし、マジックバッグで保存していれば腐る心配もない。
ゴミをバッグに入れておくと遠野家のゴミ箱に直行されるはずだが、麻袋に入れておけば必要な食材と認識されるようなので、誠はこれまでも必要に応じて保存していた。
他の材料も鍋に入れると、強火にして沸騰させる。灰汁が出てきたらアレクセイの出番だ。
いつもならすぐにアレクセイに任せるが、彼のイライラを少しでも治めるために、まだ隣に居ることにした。それに、背後に自分達の関係を見せつけてやりたい気持ちもあった。
「…あの顆粒を入れていないから、鍋の中がよく見えるな」
「だろ?」
アレクセイは、鍋の中で泳いている野菜の皮の様子が面白いようだ。
段々と色づき始め、そして灰汁が浮いてきたので、誠は場所をアレクセイに譲った。
ここからは彼の出番だ。誠は作業台に向かった。必然的に料理人の二人が視界に入るが、見えないふりをした。
丁寧に洗って水分をしっかり拭き取ったニンジンを千切りにしていく。風の力を使うと楽だし一瞬で終わる作業なのだが、わざわざ自分の力を披露する必要も無い。それに自前の包丁は良く切れるし、単純作業はイライラ解消にもなる。
作るのは、キャロット・ラペ。つまりはニンジンのみのサラダだ。ドレッシングとなる調味料は酢、オリーブオイルなどの基本の五種なので、簡単だが美味しい。ボウルで混ぜ合わせると、冷蔵庫に寝かせた。
アレクセイは灰汁を取ったあと、ちゃんと弱火にしてくれていた。それを確認すると、次は肉だ。美味しそうな牛肉を買ったので、それを使ってフライパンでローストビーフを作る予定だ。
ここに来るまでに、アレクセイに買ってもらったマジックバッグで常温に戻しているので、それをチョークバッグから取り出した。
フライパンで焼いた後は、精肉店で売っていた梱包用の竹皮を使って包み、室温で放置だ。本来はアルミホイルを使うのだが、この場では仕方が無い。
ローストビーフを作っている間に、アレクセイには鍋の指示を出していた。ザルに漉すまでを終えていたので、これでブイヨン・ド・レギュームの出来上がりだ。これはブイヨンの一種で、野菜の出汁という意味である。
誠はアレクセイに礼を言うと、調理器具の片付けを始めた。
「おい、あんなに大口を叩いていたのに、もう終わりか?」
大口を叩いたつもりは無いが、彼らには何を言ってもそう聞こえるのだろう。難儀な耳だ。
誠は厨房の片隅に目を向けた。
「終わりですが、何か?」
「ハッ。これだから人間は」
「たった三品で終わりとはな。しかも、どれも貧相だ」
「…そうですか。アレクセイ、片付け終わったら一緒にお茶しない?俺、疲れちゃった」
いつもよりも甘えるように、アレクセイの腕に抱き付いた。
嬉しさを隠しきれなかったのかアレクセイは大きく尾を揺らしたが、すぐに気付いてくれたようだ。甘く微笑むと、誠の提案に乗ってくれた。
「そうだな。茶葉は俺が選ぼう。…おい、俺達はもう行くが、お前達はどうするんだ?まさかここに残って、マコトが作った料理に何かするつもりじゃないだろうな」
冷たい目を向けたアレクセイがそう言うと、料理人達は何かモゴモゴ言いつつも分が悪いと思ったのか、厨房からようやく出て行ってくれた。
塩を巻きたい気分なのだが、ここは人様のお宅だ。代わりにアレクセイに洗浄魔法を何度かかけてもらい、誠はトレーにティーカップを三つ乗せた。
念には念を入れて、強請った通りにダイニングでお茶を飲むことにした。窓に面した小さなテーブルでは、フレデリクが書類を捲りながら何やら書き込んでいた。こちらに気付くと散らかっていた書類を隅に纏め、口角を片方だけ上げた。
誠達は向かい側に座った。
「あの二人は、本館に戻ったようだぞ」
「…そうっすか」
足を組んでティーカップに手を伸ばした黒豹に、誠はおざなりに返した。
相変わらず、アレクセイが淹れてくれた紅茶は美味しい。ほぅ、と息を吐くと、隣に座ったアレクセイは「それで」と話を切り出してきた。
「マコトのことだ。これだけではないのだろう?」
「…やっぱ分かってくれてたよね。言ったじゃん。見られてもいいもの作るって」
「そうだったか?俺には、いいものを作るとだけしか聞こえなかったのだが」
「私にも、そう聞こえたな」
フレデリクも片眉を上げながらアレクセイに追随する。誠は二人に対して、わざとらしく言った。
「えー、マジで?俺、言い間違えたのかな」
あんなもの、誤差の範囲だ。
フレデリクは、音を立てずにカップをソーサーに戻した。
「まあ、良い。君のことだ、何か考えがあるんだろう?」
「兄上と、残念だが同意見だ。レビ達も呼ぶんだ、あの量だけというわけではないのだろう?」
この状況を面白がっている美形兄弟の圧が凄い。誠は素直に手の内をバラした。
「アレクセイの言う通り、これからが本番…かな。邪魔者は消えたし、もっと品数を作るよ」
邪魔者とハッキリと言う誠に、アレクセイが吹き出してしまった。フレデリクも口元を押さえて、笑いを堪えている。
「…そうか。私は厨房から追い出されてしまったから分からないのだが、マコトは何を作っていたんだね」
追い出されたことを根に持っているのだろうか。けれど誠はそれを流し、フレデリクに対して簡単に説明してやった。
「俺が作ったのは、ニンジンのサラダとローストビーフ…の、肉を焼いたままの状態。それで、アレクセイに手伝ってもらったのは、スープの出汁」
「出汁?」
「えーと…スープのベースって言った方が良いのかな」
「それは、君の故郷の技術なののか?」
「材料は違うけど、手法は同じかな。ちなみに俺がさっき作ってたのは、野菜から出汁を取ったブイヨン・ド・レギュームってやつ。材料は、野菜の皮とか切れ端。これは他の国で、立派に調理法として確立されているんだけど、アイツらには生ゴミを使ってるって思わせたくて」
「生ゴミ…」
フレデリクはそう呟くと、また口元に手を当てて肩を震わせた。
「ちなみに、アレクセイ達に出したスープも、何回かあの出汁を使ってんだけどね」
「そうだったのか。いつも美味かったから、分からなかった。だが、あの出汁の状態のままでも、美味そうな匂いはしていた」
「ほぉ…そうなのか。それは是非とも、食してみたいものだな」
フレデリクは書類をいそいそとスクエアポーチにしまった。これは厨房の中に入ることを示しているのだろうか。
しかしその前に、誠は気になっていたことを聞いた。
「見学したいなら別に良いんだけど…オニーチャン」
「何だ?」
「何でここに居るの?」
そもそもの疑問だった。
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