神様の料理番

柊 ハルト

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レモンの憂愁

09 ー 冬将軍と銀狼

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 目を覚ますと、室内は少し薄暗かった。窓の外は薄い水色になっている。寝過ごしてしまったかと思ったが、時計を確認すると夕方だった。そろそろ空の色もオレンジから紺へと変わるだろう。
 誠はアレクセイを起こさないようにベッドからゆっくり抜け出すと、厨房へ向かうために階段を下りて行った。
 暫く食うには困らない量の魔獣の肉が手元にある。騎士団に納める分を除いても、数年単位はあるかもしれない。けれど彼らの食欲を考えると、一年分保つか保たないかだろうと考え直し、誠はクスリと笑った。
 しかしいくら肉を確保できたと言っても、あの惨状は二度と味わいたくないものだ。いきなり雪で流された魔獣は、手も足も出なかったことだろう。なぜだか故郷の隣国である某大国の戦術を彷彿とさせる状態だった。

「…でもアイツ、魔力が漏れると吹雪になるからな。そのうちあだ名が冬将軍とかになるんじゃねぇか?」

 銀色の毛並みも雪も、キラキラと陽の光を返す。その背中に乗っている時は、自分が特別な存在になったのだと錯覚してしまう程だった。けれどすぐにあの地獄絵図が待っていたので、そんな感動も薄れてしまったのだが。
 雪が降り積もる頃になれば、頼めばまたアレクセイが銀狼になって背中に乗せてくれるだろう。その時にはいつもより弁当は豪華にしよう。何が良いかなと考えながら、夕飯の準備を始めることにした。


 夕飯が済むと、翌日の仕込みとパン作りをすることにした。またカレーが食べたいとレビが零していたからだ。今回はキーマカレーと、カレーパンを作る。
 パン生地は小麦粉百パーセントにするので、ドライイーストを使うことにした。その作業を隣でアレクセイが楽しそうに見ているのは、いつものことだ。

「…パン生地、捏ねてみる?」
「良いのか?」
「もちろん」

 誠がそう言うと、ゆらゆらと揺れていた銀色の尾の揺れが少しだけ早くなった。
 その間にカレーを作ろうと野菜を切っていると、生地を捏ねていたアレクセイが視線を向けてきた。

「…何?」
「ああ。これが終わったら、兄上のところに連れて行ってくれないか?」

 真剣な目をしていたから何だと思ったが、誠にとってはお安い御用だ。「良いけど」と軽く言えば、アレクセイは誠を移動係のように使いたくなかったらしい。

「別に気にしなくても良いのに」
「だが…」
「俺にとっては、息をするのと同じだよ。それにこんな時期なのにオニーチャンに会いたいってことは…直に会って話す必要があるから。違う?」

 わざと上目使いでそう聞くと、アレクセイはしっかりと頷いた。
 勇者の件もあるが、亜種が二頭同時に出現したこと、そして鏡のことも合わせて報告するためだろう。
 秘密にしなければならない内容でも、連絡鏡を使う時に誰も居ないところで行えば良い。だが重要なことなら、顔を見ながら話した方が良いのだ。
 報告内容に優先順位を付けるのならば、どれも一番という番号を振られる内容だ。この世界にはただ料理を作って供えるためだけに来たはずなのに、人生はどうなるか分からないモンだと、誠は生地を捏ねているアレクセイの手を見ながら考えていた。
 出来上がったキーマカレーを小鍋に移し、カレーパンもいくつか紙袋に入れる。米を炊いていた土鍋もバッグにしまうと、アレクセイも片付けを終わらせていた。

「じゃあ、行こっか」
「ああ。頼む」

 誠が手を差し出すと、アレクセイは恭しく取って口元にもっていく。ちゅ、と軽いリップ音を響かせながら指先にキスをされた。
 そういう意味で手を出したんじゃないと怒って見せたが、ただのポーズだ。アレクセイも分かっているらしく、今度は唇にキスをされてしまった。
 頬を染めたまま移動すると、フレデリクは執務室でローゼスの肩を抱きながら紅茶を飲んでいた。
 来るのを感知できるのでフレデリクは驚いていないが、ローゼスは椅子から飛び上がらんばかりに驚き、尾を普段の二倍以上に膨らませている。
 せめて分かりやすく出てきてくれと怒られたが、廊下に出ると誰か他の団員に出くわす可能性があるので無理だと伝えてやった。本当はやり過ごすこともできるのだが、妖怪を満足させるように驚くローゼスを見たいので、そのことは秘密だ。
 機嫌を直すために、賄賂は先に渡しておく。

「鍋…?」
「ああ。カレーとご飯。で、こっちがカレーパン。先にカレーパン食べてみるか?口に合うようだったら、ご飯にカレーをかけて食べたら良いよ」

 言いながら紙袋の中身も見せてやると、ローゼスの目が輝いた。しかし残念ながら、もう夕飯は済ませていると言う。ローゼスはしょんぼりしながら全てスクエアポーチにしまっていた。

「それで、今日は何の報告だ」

 足を組み替えたフレデリクが、向かいに座れと示す。すぐにローゼスが二人分の紅茶を用意してくれたので、誠はありがたく飲むことにした。
 息を吹きかけながら紅茶を冷ましている間に、アレクセイが簡単にフレデリクに伝えていた。

「俺からは亜種と、その時に起こった出来事について。マコトは勇者の件についてです」
「ほぉ…また現れたか」
「はい。今度は二頭同時でした」

 アレクセイがそう言うと、フレデリクはぴくりと反応した。一頭だけでも厄介なのに、二頭同時だとは思わなかったのだろう。
 人を喰ったような表情を引っ込めたフレデリクは、弟の無事を確認する。

「怪我は?」
「ありません、大丈夫です。けれど…」

 アレクセイは掻い摘んで鏡のことを話した。見た目は装飾がなされているだけの普通の鏡。だが魔法を跳ね返し、瘴気を纏っている。
 誠の結界は固いし瘴気を打ち消す力もあるので解けることはないが、鏡自体はあの地で剥き出しのままになっている。早々に移動させて人目のつかないところで保管しないと、誰かに持ち去られでもしたら大変なことになるかもしれない。
 瘴気は厄災を呼ぶ。そしてそれに惹かれた人間をも呼ぶ。それは地球でもこの国でも同じなのだろう。フレデリクは早々に教会に通達を出すと言ってデスクに向かうと、サラサラと紙にペンを走らせてローゼスに渡した。

「これをメイズに。クリョーン領の教会に届けてもらってくれ」
「分かりました」

 クリョーン領とは、誠達が今泊まっている邸がある領だ。教会があるのは領主が住んでいる町なので、そこから司祭や神父が回収に向かうのだろう。

「…メイズ?」

 聞き慣れない名前が出てきたのでおうむ返しで聞くと、「私の子飼いの部下の名前だ」とフレデリクが答えてくれた。

「メイズもローゼスと同じ孤児院出身の子でね。後輩に当たる。ローゼス達に憧れて騎士団に入団したそうだよ」
「へぇー…手駒ってやつ?」
「ふん。私の可愛い部下達だよ」

 ニヤリとフレデリクが笑うが、言葉通りに捉えても良いのだろう。アレクセイを見ると頷かれたので、誠の予想は間違っていないはずだ。

「それで?勇者の方はどうなった」

 ゆらりと尾をしならせると、フレデリクは表情を戻した。
 これからは真面目な話だ。誠も姿勢を正すと、向こうで見た三人の話、そして彼らが日本で失踪した高校生と一致したことを告げた。

「…そうか。同郷だったか」
「うん」

 フレデリクは、誠のこの話を聞いた時のアレクセイと同じ反応をしていた。さすが兄弟だ。
 背もたれに背を預けたフレデリクは天井を見上げたまま少し考えると、誠に視線を戻した。

「勇者をそちらに戻す時期はいつになる?」
「ハッキリした時期は分からない。世界間のバランスのことがあるから。でも、もう少しだって言ってたけど…」
「つまりは、私達の問題外のところが問題…ということか」
「…だね」

 三人は同時に溜息を吐いた。

「しかし、魔剣に鏡か。三種の神器みてぇだな」

 諏訪や近しい神々には関係のない話なのですっかり忘れていたが、日本には三種の神器の逸話がある。魔剣、鏡と口に出したので思い出しただけなのだが、それを聞いたフレデリクの表情が変わった。

「マコト…どこでその話を?」

 アレクセイと同じアイスブルーなのに、フレデリクの瞳は底冷えのする冷たい光を放っている。ただならぬ様子のフレデリクを前に、アレクセイは誠を庇うように片腕を誠の前出した。

「兄上…落ち着いてください」
「…すまない」

 フレデリクは片手で顔を覆うと、おもむろに立ち上がった。
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