愛に抗うまで

白樫 猫

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18話

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翌週から復帰してもいいと、市原から来栖に連絡があったのは、週末の金曜日だった。
市原が言うには、会社には悪戯メールで、写真も偽造したものだと伝え、上はそれを決定事項とした。
ただ、これ以上、問題を起すなととの、お達しもあったようで、大人しく仕事するように‥と、来栖はきつく注意された。
申し開きも出来ず、ありがたく謹慎を解いてもらい、頭を下げるしかなかった来栖は、週明けから普通に出勤し、いつも通りに仕事をこなしているが、気になる事があり、集中できないでいた。

「‥若奈?‥オイッ!」

グイっと肩を掴まれ身体がグニャリと揺れる。
虎太郎は自分の身体を支えきれず、掴まれた方へ倒れこんでしまう。
あっ‥倒れる‥。
そう思った瞬間、ガシッと来栖に抱き寄せられた。

「大丈夫か?」

その声の先へと視線を送ると、来栖が心配そうにのぞき込んでいた。
一瞬、ここがどこか分からなくなり、記憶を探る。

「‥‥あっ、来栖主任」

とぼけた声を出した虎太郎に、来栖は更に心配そうな顔になる。

「‥大丈夫か?顔色が悪い‥」

来栖の顔が近すぎて、自分がその腕の中にいる事に気が付き、慌てて見を起す。

「すっ‥すみません‥大丈夫です」

そう言葉にしても、視界がグニャリと歪んで見え、虎太郎は眉間を押さえ蹲ってしまう。

「おいっ‥ちょっとごめんな」

来栖はそう言うと、虎太郎をあっさりと持ち上げる。

「‥‥ぁ‥だっ‥大丈夫‥で‥‥」

本当に大丈夫なのに、主任は心配症だ‥‥そんな事を考えて言葉にしようとするが、意識が暗転した。

来栖は自分が復帰した日から、どこか虎太郎がおかしいと気が付いていた。
気が付いてはいても、虎太郎に取り付く島もなかったのだ。
ちゃんと食事を取っているのか、だんだんと顔色も悪くなってきて、せめて自分が一緒にいる昼食だけは何とか食べさせようとするが、それさえも数口食べるだけで、もういらないと口にしない。
気分転換に飲みに誘っても、自宅に誘ってもすべて断られる。
なにか自分がしてしまったのか不安にもなったが、それ以外は以前と変わらず、自分に懐いてくれていると感じてはいた。
今日も昼食を食べようと外へと連れ出し、歩いて向かっている途中で、ふらふらしだして慌てて呼び止めた。
倒れ込んだ虎太郎を持ち上げたが、以前、抱き上げた時よりも軽くなっており、来栖は青ざめる。

来栖はそのままタクシーを拾うと、虎太郎を乗せ自分も一緒に乗る。
運転手に行き先を告げると、携帯を取り出し、市原に連絡を入れた。

「‥課長、すみません。若奈の調子が悪くて‥このまま家に帰ります。‥‥はい、よろしくお願いします」

幸い午後には急ぎの仕事はないし、このまま休みを取っても問題なかった。
市原も虎太郎の体調の悪さを気にしており、やっぱり‥と呟いていた。
来栖は虎太郎の顔をチラリと見ると、大きく息を吐き出す。
自分は何も出来ないのだろうか‥。

タクシーが付くと料金を支払い、虎太郎を抱え自宅へと入っていく。
本当は、病院に連れて行こうと考えたが、倒れ込んだ時に痩せた首筋から誰かの歯形がチラリと見えた時、自分の家にしようと決めた。
どうして虎太郎が倒れたのかは分からないが、病院で虎太郎の身体を見られてしまうのは、本能で拒否していた。
部屋に入りベッドに寝かせると、ジャケットを脱がしネクタイを取る。
Yシャツの首元のボタンを取り、緩めてやると、来栖の目が見開く。

「‥‥なっ‥なんだ‥」

少しはだけた首筋から鎖骨には、沢山の赤い痕と、誰かから噛まれた歯形が付いている。
来栖は自分の理性を留めておくことが出来ず、震える指先ですべてのボタンを外し、身体を晒す。

「‥なんて事‥」

見えない場所の腕には、拘束された痕もある。
いくつも付けられた痕は、すでに消えかかっているモノもあり、その上からなぞる様に付けられた痕もある。
散らばるそれは感じやすい、柔らかな部分へ集中しており、胸の突起の部分に付いていた歯形を見た時は、我を忘れそうになり歯を食いしばる。
来栖は見てはいけないと分かってはいたが、それを止める事なく、そのままスラックスも脱がし息をのむ。

「‥‥くっ‥‥っ」

内腿の敏感な部分にまで深く噛まれた痕に、膝上に残る拘束の痕。
おそらく隠されている下着の中にも、無数の痕があるのだろうか‥それは見る事が出来なかった。
噛まれた痕は僅かに血が滲んでいる箇所もあり、こんな事、愛する人との営みに出来る事とは思えない。
おそらく強制的に身体を奪われたに違いないと、来栖は直感的にそう思った。
そして、それが苦痛で食事も取れず、こんな事に‥。
血流が沸き立つように、ドクドクとこめかみで脈打ち、怒りで我を忘れそうになり、来栖は自分の拳を強く握り締めた。
そして目の前で横たわる虎太郎を見て、怒りを抑える様に大きく深呼吸する。
自分が我を忘れてはいけない。
辛いのは自分じゃない。
そう思い、クローゼットから着替えを取り出し、傷だらけの虎太郎に着せていく。
目が覚めた時、自分が着替えている事に気が付くと、この姿を見られたと悲しむだろう‥。
だが、どれだけ責められても、すべて受け止めてあげると来栖は考えていた。
穏やかな呼吸で眠っている虎太郎に布団を掛けると、部屋を出て行く。

自分の視野から外れても、先程の姿が目に焼き付き冷静になれない自分がいた。
冷蔵庫から水を取り出すとゴクゴクと喉を鳴らし飲み干した。
そして自分もスーツからラフな格好に着替えると、虎太郎の為に消化に良いものを作り出した。
手は考えるより先に動いてはいたが、何故こんな状態になっているのか分からず、頭の中で何度も繰り返し押し寄せる苛立ちに身を震わせていた。

食事を作り終えると、来栖は寝室へ向かいベッドで横になっている虎太郎の顔を眺めていた。
可愛らしい顔なのに、目の下に隈が出て唇も荒れている。
見れば見るほど胸が苦しくなってくる。
優しく虎太郎の頬に触れる。

「‥若奈‥どうした?‥俺には言えないのか?」

自分が傷付けられるより、虎太郎が傷付くのが怖い。
代われるものなら代わってあげたい。
そんな事を考えながら、来栖は苦笑した。

――なんだ俺‥まるで恋してるみたいに‥。

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