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22話
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翌日、来栖が会社へ着くと、市原が声を掛けてきた。
「来栖、今日、若奈は体調不良で休みだそうだ。昨日は、自宅まで送って行ったろ?どんな感じだ‥?」
市原が他の者には聞こえないように、小さな声で話す。
「‥あっ‥はい。そうなんですけど‥‥俺、ちょっと‥どうしていいか‥」
昨日の、あの長い一日を思い出し、自分の答えを見つけ出せていなかった。
モゴモゴと話す来栖に、市原の眉がピクリと動く。
「はぁ~、来栖ちょっと来い」
市原は来栖を伴って、オフィスを出ると、いつもの空いている会議室へと入る。
「どうした?何があった?」
心配そうにしている市原の言葉に、来栖は返事が出来なかった。
昨日の虎太郎の姿を、誰にも知られなくなかった。
だが、市原にはあのメールの時に、世話になっている件があり、言ってしまいたい自分と、言いたくない自分が頭の中をかき回している状態だった。
「‥来栖。俺が信用できないか?」
真っ直ぐに来栖を見ている市原の顔は、視線が強く、来栖は目を逸らした。
「‥‥いえ、市原課長には、俺の過ちにも寛大な対応をしていただきました」
「うむ。ここのところ、お前の周辺が騒がしいのは気が付いている。それが何故なのか、誰の仕業なのか分からんが、会社へのメール、若奈の体調不良と、俺には看過できない状況だ。特に、若奈は新入社員。放っておけないだろ?」
市原が諭すように言葉にする。
「‥‥はい」
「何度も言うが、俺はお前と若奈の味方だ。どんな事情でも、お前達の事を助けてやりたいと思っている。‥そんな俺の言葉を信じてくれないか?」
話して欲しいと市原がそう願っているのが、痛いほどわかる。
だが、このまま話をして助けを求める事は、虎太郎は望んでいないのではないかと、また堂々巡りのようにそんな事が頭をよぎり口が重くなる。
「何があったのか知らんが、今の若奈の様子は、俺でもおかしいと分かる。お前は、若奈のこと放っておくのか?」
虎太郎の教育係になった時、来栖は浮かれ、よく市原に言っていた。
『俺は、若奈を一人前にします。なんかあいつ放っておけなくて、責任をもって育てて見せます!』
そう自信を持って言っていた。
自分が出来る事など、限られているのに。
来栖の心を見透かされたような市原の言葉に、あの時の、自分の気持ちを呼び起こされる。
「‥話してみろ‥来栖」
再度の言葉に、来栖は覚悟を決めた。
それから、時間を貰い、来栖は市原にメールの件も昨日の事もすべてを話した。
そして、自分がどうすればいいのか分からなくなってしまっている事も。
すべて話し終えると、暫く市原は考え込んでいた。
「‥すべての狙いは若奈虎太郎だって事か‥その男、どこのどいつか分からないのか?」
「‥はい‥あっ、下の名前は多分『たく』です。漢字は分かりませんが」
「たく‥たくねぇ~ちょっと待ってろ」
市原はそう言うと、会議室を出て行った。
何か考え込んでいるようだったが、来栖は戻ってくるのをただジッと待っていた。
市原が戻ってくると、手には一枚の名刺が握られていた。
「珍しい名前だと思ったんだ‥こいつ」
市原から受け取った名刺には、伊藤食品 企画開発 伊藤汰久と書いてある。
「こいつ、お前が自宅待機している時に、担当の鈴木さんから変更になった男だ。この時期に移動なんておかしいと思ったんだが、村田さんが言葉を濁したから、それ以上は聞いてない。今思えば、顔合わせの会食の時、こいつが来た瞬間から、若奈の様子がおかしくなった‥」
「伊藤‥汰久‥こいつが」
「まぁ、名前が同じってだけかもしれんが、この男は、高身長に結構な男前だ。にこやかに笑顔を振りまくタイプだが、人間の本性なんて分からんものだ」
「‥多分、こいつです」
来栖は、市原の言葉であいつに間違いないと確信した。
「分かった。来栖、俺に少し時間をくれ。俺の方で調べてみる」
そう言うと市原は立ち上がり、来栖の肩に手を置いた。
「来栖、今の状態は、お前にも若奈にも辛い事だと思うが、今は耐えろ。‥若奈がSOSを出さない限り、お前に出来る事はない」
「‥‥はい」
分かっている‥自分に出来る事がないくらい‥。
来栖は握り締めた拳をぶつける事すらできず、苦しんでいた。
「我慢しろよ。うちから犯罪者は出したくないからな」
市原は自嘲気味に笑い、会議室を出て行った。
「来栖、今日、若奈は体調不良で休みだそうだ。昨日は、自宅まで送って行ったろ?どんな感じだ‥?」
市原が他の者には聞こえないように、小さな声で話す。
「‥あっ‥はい。そうなんですけど‥‥俺、ちょっと‥どうしていいか‥」
昨日の、あの長い一日を思い出し、自分の答えを見つけ出せていなかった。
モゴモゴと話す来栖に、市原の眉がピクリと動く。
「はぁ~、来栖ちょっと来い」
市原は来栖を伴って、オフィスを出ると、いつもの空いている会議室へと入る。
「どうした?何があった?」
心配そうにしている市原の言葉に、来栖は返事が出来なかった。
昨日の虎太郎の姿を、誰にも知られなくなかった。
だが、市原にはあのメールの時に、世話になっている件があり、言ってしまいたい自分と、言いたくない自分が頭の中をかき回している状態だった。
「‥来栖。俺が信用できないか?」
真っ直ぐに来栖を見ている市原の顔は、視線が強く、来栖は目を逸らした。
「‥‥いえ、市原課長には、俺の過ちにも寛大な対応をしていただきました」
「うむ。ここのところ、お前の周辺が騒がしいのは気が付いている。それが何故なのか、誰の仕業なのか分からんが、会社へのメール、若奈の体調不良と、俺には看過できない状況だ。特に、若奈は新入社員。放っておけないだろ?」
市原が諭すように言葉にする。
「‥‥はい」
「何度も言うが、俺はお前と若奈の味方だ。どんな事情でも、お前達の事を助けてやりたいと思っている。‥そんな俺の言葉を信じてくれないか?」
話して欲しいと市原がそう願っているのが、痛いほどわかる。
だが、このまま話をして助けを求める事は、虎太郎は望んでいないのではないかと、また堂々巡りのようにそんな事が頭をよぎり口が重くなる。
「何があったのか知らんが、今の若奈の様子は、俺でもおかしいと分かる。お前は、若奈のこと放っておくのか?」
虎太郎の教育係になった時、来栖は浮かれ、よく市原に言っていた。
『俺は、若奈を一人前にします。なんかあいつ放っておけなくて、責任をもって育てて見せます!』
そう自信を持って言っていた。
自分が出来る事など、限られているのに。
来栖の心を見透かされたような市原の言葉に、あの時の、自分の気持ちを呼び起こされる。
「‥話してみろ‥来栖」
再度の言葉に、来栖は覚悟を決めた。
それから、時間を貰い、来栖は市原にメールの件も昨日の事もすべてを話した。
そして、自分がどうすればいいのか分からなくなってしまっている事も。
すべて話し終えると、暫く市原は考え込んでいた。
「‥すべての狙いは若奈虎太郎だって事か‥その男、どこのどいつか分からないのか?」
「‥はい‥あっ、下の名前は多分『たく』です。漢字は分かりませんが」
「たく‥たくねぇ~ちょっと待ってろ」
市原はそう言うと、会議室を出て行った。
何か考え込んでいるようだったが、来栖は戻ってくるのをただジッと待っていた。
市原が戻ってくると、手には一枚の名刺が握られていた。
「珍しい名前だと思ったんだ‥こいつ」
市原から受け取った名刺には、伊藤食品 企画開発 伊藤汰久と書いてある。
「こいつ、お前が自宅待機している時に、担当の鈴木さんから変更になった男だ。この時期に移動なんておかしいと思ったんだが、村田さんが言葉を濁したから、それ以上は聞いてない。今思えば、顔合わせの会食の時、こいつが来た瞬間から、若奈の様子がおかしくなった‥」
「伊藤‥汰久‥こいつが」
「まぁ、名前が同じってだけかもしれんが、この男は、高身長に結構な男前だ。にこやかに笑顔を振りまくタイプだが、人間の本性なんて分からんものだ」
「‥多分、こいつです」
来栖は、市原の言葉であいつに間違いないと確信した。
「分かった。来栖、俺に少し時間をくれ。俺の方で調べてみる」
そう言うと市原は立ち上がり、来栖の肩に手を置いた。
「来栖、今の状態は、お前にも若奈にも辛い事だと思うが、今は耐えろ。‥若奈がSOSを出さない限り、お前に出来る事はない」
「‥‥はい」
分かっている‥自分に出来る事がないくらい‥。
来栖は握り締めた拳をぶつける事すらできず、苦しんでいた。
「我慢しろよ。うちから犯罪者は出したくないからな」
市原は自嘲気味に笑い、会議室を出て行った。
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