愛に抗うまで

白樫 猫

文字の大きさ
25 / 58

25話

しおりを挟む
ここに来てからどれくらい経ったのだろうか‥ただ、分かるのは汰久が朝になると家を出て行き、夕方に戻ってくる。
その感覚はあるが、何日経ったのかはもう数えていなかった。
あんな姿を来栖に見られてから、自分は会社へ行くことを躊躇った。
そして虎太郎は自分の意志で、ここにずっといる。
いや、脅されているから‥なのか?‥本当は、自分も汰久の傍に居る事を望んでいるのではないか。
そんな気持ちが段々と込み上げてくる。
会社には暫く休みたいと連絡を入れたが、これから自分は元のように来栖と並んで働けるのだろうか。
そんな現実味のない事を考え、答えの出ない事に虎太郎は苦しんでいた。

「ただいま~」

玄関から汰久の声がして、虎太郎はソファからそちらを伺う。

「おかえり‥」

緊張状態の感情も長く続くはずもなく、いつしか汰久と普通に会話するようになっていた。
汰久が虎太郎の傍に寄ると、ソファ越しに後ろから抱き寄せ、虎太郎の頬にキスをする。

「‥今日は何してたの?」

汰久の言わんとしている事は分かっていた。
監視されているかは分からないが、汰久は虎太郎が外に出る事を嫌がっていた。

「‥なにも‥この前、お前が買ってきてくれた本を読んでた」

退屈しないように、汰久は虎太郎の為に本やゲームなど、望まなくても買い込んできた。

「そっか、じゃあ、俺が美味しい飯でも作ってやろう」

ジャケットを脱ぎながらキッチンへ向かう汰久の背を見て、虎太郎は立ち上がると後ろから汰久の背を抱き締めた。
汰久の身体がビクッと反応するが、すぐに振り向き虎太郎の身体を包み込む。

「どうしたの?‥寂しかった?」

自分の腕の中でコクンと頷いた虎太郎が愛おしくてたまらず、汰久は顔を寄せ唇を重ねる。

「‥っ‥‥汰久‥しよ‥」

うっとりとした瞳が汰久を誘っている。

「ふふっ‥いいよ」

僅かに開き赤く潤った虎太郎の唇を奪うように、今度は深く奥の方まで吸い尽くし激しく貪る。
身体が熱を放つのも待てないと、互いの服を脱がせ合い、何も考えてなくてすむように、快楽の闇へと深く沈み込んでいった。



気を失った虎太郎の身体を寝室へと運び、濡れたタオルで身体を清める。
最近は、自分との行為を強請ってくる虎太郎が愛おしくて堪らない。
何者にも代えがたい人。
自分のやっている事は、犯罪の一歩手前‥いや犯罪か。
理解はしていたが、人としての大切なモノを踏みつぶしてでも、この人だけは手放したくなかった。
汰久は、虎太郎の身体に布団を掛けると、リビングへ行きソファにドサッと座る。
ふと、携帯が光っているような気がして、手に取ると、父親の伊藤智久からの着信が残っており、その名を見てため息を付いた、
折り返したくはないが、最近、自分の我儘を聞いて貰っていたから、仕方がない。
素直に折り返すことにした。

「‥汰久です」
『‥ああ、まったくお前という奴は‥どこまで手が掛かるんだ!』

いきなり怒鳴り付けられた。

「なっ‥なんだよ。オヤジ。俺‥なんかした?」
『おかしいと思ったんだ。急に企画開発に移動したいと言った時から、お前、大島食品に何をした』
「あっ、いや‥大学の友人がそこに居たってだけだけど」

何故、虎太郎の会社の名前が出てくるのか分からず、慎重に言葉を選ぶ。

『嘘を付くな!すべて分かっている。これ以上、向こうを刺激するな!』
「どういう意味だよ」
『そう言う意味だ!お前が一番分かっているだろ?脅迫まがいの事までしおって!』

その言葉に、理解が追い付いてきた。
あの来栖が反撃してきたって事か?
自分の素性も調べ、会社に連絡してきたって事か?

「何の事かさっぱりわからないけど?」

とぼける汰久に伊藤智久が声を荒げた。

『とぼけるんじゃない!向こうは親会社の大島商事から俺に直接連絡があったんだぞ!すべての証拠と共にな!言い逃れは出来んぞ!」

父親の言葉に、汰久の思考が急加速する。

「大島商事‥?なんで‥そんなとこから。‥分かったよ、認めるから、迷惑かけて悪かった」

自分がどう動けばいいのか、虎太郎の為なら、誰だって利用してやるつもりだ。

『まぁ、相手はこれ以上何もしなければ、今までの事は水に流すと言ってくれている。だから、お前は大人しくしてるんだ。いいな!』

水に流す?おかしい、それだけならば、わざわざ父親を通さなくても、虎太郎はもう自分の手の中にあるというのに‥。どういうことだ。

「ほかには?何も言われてないの?」

汰久の言葉に、伊藤智久はグッと言葉を詰まらせる。

『‥お前は金輪際、大島食品と関わるなって事だ。だが、それだけで済んだ事をありがたく思え。お前のせいで大島商事に一つ借りが出来た』
「‥ふ~ん、分かった。オヤジ‥悪かった‥もうしないよ」

汰久の言葉に安心したのか、伊藤智久はもう一度念押ししてから電話を切った。

おかしい‥若奈虎太郎という新入社員一人の為に、親会社の大島商事が動いた?
しかも、大島食品の担当からは外れたが、ほぼお咎めなし。
どういう事だ?何を企んでいる?
不審に思いながら汰久は携帯を閉じようとしたとき、違和感を覚えた。
その違和感を拭えず、ジッと携帯を見ていると気が付いた。
いつもあるアプリのアイコンの場所が変わっている。
まるで誰かに携帯を弄られたような‥汰久は嫌な予感がして、写真のアイコンを開く。
中を確認して愕然とする。
そこにあったすべての写真と動画が、きれいさっぱりと消えていた。

「‥なっ‥なんで‥‥」

頭の中が追い付かないが、携帯の設定や他のアプリなどを調べても、影も形も残っていなかった。
汰久にとって大切なあの軽井沢の映像も、すべて消えていた。
慌てて汰久は持っているPCの電源を入れ起動する。
保存してあるデータを開くと、再びの衝撃を受ける。
バックアップしていたモノが、すべて消去されていた。

「‥クソッ!!」

やられた。
どうやったか分からないが、おそらくあいつの仕業だ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

染まらない花

煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。 その中で、四歳年上のあなたに恋をした。 戸籍上では兄だったとしても、 俺の中では赤の他人で、 好きになった人。 かわいくて、綺麗で、優しくて、 その辺にいる女より魅力的に映る。 どんなにライバルがいても、 あなたが他の色に染まることはない。

処理中です...