愛に抗うまで

白樫 猫

文字の大きさ
27 / 58

27話

しおりを挟む
虎太郎は久しぶりに自分のマンションへと帰ってきていた。
帰ってきたと言っても、必要な物を取りに来ただけだが、2週間程帰ってきていないだけなのに、ここに住んでいたのは、もう何か月も前のような懐かしさを感じる。
汰久の話だと、アメリカに行けばここも必要なくなるので、賃貸契約を解約するようになると言っていた。
アメリカに持っていく物だけ持ち帰り、それ以外の捨てれない物は実家に送るつもりだった。
不要な物は汰久の方で処分してくれると言っていた。
虎太郎はベッドに横たわると、目を閉じた。

「‥僕は、何をしているんだ‥」

声に出し呟くと頭の中が冷静になっていく。
何故、汰久の言葉にあっさりと同意したのか、あの時の不安な気持ちが薄れていく。
汰久しかいないあのマンションの狭い空間で、身体を奪われ続け思考さえも衰えていく感覚を思い出し、虎太郎は背筋にゾワリと寒気を感じた。
そして、思い出すのは、あの時の来栖の表情。
こんなにも汚く醜い自分を見て、まるで来栖が傷付けたかのように、自分が加害者のような顔をしていた。

「‥来栖主任‥ごめんなさい‥‥‥‥会いたいです」

思わず漏れる声、名前を呼ぶだけで胸が焼かれるようにジワリと熱くなる。
ただ、虎太郎には分かっていた。
もう二度と来栖には会えないだろうと。





「虎太郎、必要な物は見つかった?」

汰久が抱き寄せながら言った言葉に、虎太郎は頷いた。

「そう、良かった。あと、今日はこれ買ってきたよ。‥はい」

そう言って渡されたのは新しい携帯。
前の携帯は、汰久に取り上げられていた。

「あっ‥ありがとう」

中を開くと、すでに充電されていた。

「嬉しい?」

コクンと頷いた虎太郎の頭にキスを落とすと、汰久も嬉しそうにキッチンへ向かう。

「一杯飲まない?」
「‥うん」

ソファに並んで座り、汰久がワインを開けグラスに注ぐと、ひとつを虎太郎に渡してくる。
ここは汰久の会社の近くのマンションの一室。
何故か、アメリカ行きを了承した次の日に、荷物をまとめてこちらに移動してきたのだ。
虎太郎の荷物は殆どなかったので、困る事は無かったし、急な事なのにマンションが変わっただけで、家具もすべて揃っており、二人で暮らすことに何の支障もなかった。
どんな心境の変化があったのか、虎太郎にも鍵を持たせてくれ、行き先を教えれば出掛ける事も構わないと言ってくれた。
ワインを飲みながら、汰久が持って来たカナッペをちまちまと口に運ぶ。
食事が喉を通っていくようになったのも、最近だった。

「俺の携帯番号は入れてあるけど、あとは自分で必要な番号を移してね」

そう言って、汰久は虎太郎の古い携帯を渡してきた。

「‥えっ?‥いいの?」

携帯を渡され、虎太郎は少し躊躇った。
うんと頷いた汰久はニコッと笑い、虎太郎は懐かしく感じる携帯の電源を入れると、着信の表示に気が付く。
チラリと汰久を横目で見ると、汰久は相変わらず笑顔だった。

「いいよ。見たいんでしょ?」

優しく頷く汰久に、虎太郎はホッとして着信履歴を開く。

「‥‥あっ‥」

思わず声が出てしまうほど、来栖からの着信が並んでいた。
虎太郎の声に反応した汰久が、携帯を覗き込んでくる。

「あ~あ、必死だね。来栖さん」

少しバカにしたような口調で呟く汰久に、虎太郎は返事が出来なかった。
胸の痛みに気が付かない振りをして、虎太郎は連絡先を開いた。
ただ、大島食品の人達の番号は移すことはしなかった。
何故か、汰久に悪いと思ってしまう自分がいたのだ。
その様子を見ていた汰久の微笑みは変わることはなかった。
その時、虎太郎の古い携帯が鳴り、ビクッと反応する虎太郎の横から汰久が表示を覗くと、鶴木聡と出ていた。

「‥聡‥」

汰久を見上げると、大きく溜息を付き、出ていいよと呟いた。
虎太郎は出たくなくて画面を見つめていると、横から汰久の手が伸び、通話ボタンを押しスピーカーにした。

『もしも~し?虎太郎?』

暫く振りの聡の怠そうな声が聞こえてくる。

「ああ、聡?どうしたの?」
『ああ、良かった繋がって‥ごめんな~ちょっと報告があってさ、なんと!あの蓮が結婚するんだって~!!』
「えっ?ホント?」

なんだかよそよそしい雰囲気が一気に懐かしい感じになり、思わず声を大きく出してしまう。
その横で、汰久も目を見開き同じ様に驚いていた。

「で?相手は誰?」
『ふふっ‥相手は、なんと!大学のマドンナ新開美沙希ちゃんだよ~!』

噂のマドンナは、学生時代にモデルもやっていたという噂もあり、明るく皆に好かれるタイプの美少女。

「ほんと?」
『ああ、驚きだろ?まぁ、結婚式はまだ先らしいけど、籍だけ先に入れるんだって。それで来週の連休があるだろ?3連休。あの時に、みんなで集まってお祝いしようって話になってさ、独身最後の集まりは、みんなで祝ってあげたいなって。お前も忙しいだろうけど、蓮の祝い事だし‥どうかな?』

前の誘いの時にぶっきら棒に電話を切ってしまった虎太郎に、少し遠慮しているのか、おずおずと聞いてくる。

「あ~そうだね‥」

チラリと汰久を見ると、汰久は考え込んでいた様子だったが、すぐに虎太郎の顔を見てOKのサインを出してくれた。

「‥うん、行くよ」

前回の蟠りがなくなり、虎太郎の心も少しだけ軽くなっている気がする。
汰久との関係も、自分の中では解決しているように思えたし、何より、またみんなに会えるのが楽しみになり、声が少し弾んだ。

『じゃあ、あの軽井沢の別荘覚えてるか?あそこに集合な。みんな車で来るっていうから、現地集合』
「あっ‥あそこ‥」

一瞬、返事に戸惑ってしまう。
あの場所は‥思い出したくないが、今となれば過去の事になるのだろうか‥。

『でさ、こないだも言ったけど、汰久に連絡が取れないんだよ。やっぱり、お前も連絡先分かんないよな?』

チラリと汰久を見ると、笑顔で頷いている。

「分かった。僕から伝えておくよ」
『おう、やっぱりお前には連絡したんだな。じゃあ、よろしくな!また、近くなったら連絡するから!』
「ああ、分かった」

虎太郎が電話を切ると、汰久がその身体にすり寄ってきて、虎太郎の腰を抱き寄せた。

「蓮が結婚ね~驚きだね‥汰久も行くだろ?」
「‥‥もちろん‥だけど、虎太郎は、嫌じゃない?」

不安そうに虎太郎の顔を覗き見る汰久に、虎太郎は首を横に振り汰久に笑顔を向けた。

「全然。大丈夫だよ」
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

染まらない花

煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。 その中で、四歳年上のあなたに恋をした。 戸籍上では兄だったとしても、 俺の中では赤の他人で、 好きになった人。 かわいくて、綺麗で、優しくて、 その辺にいる女より魅力的に映る。 どんなにライバルがいても、 あなたが他の色に染まることはない。

処理中です...