愛に抗うまで

白樫 猫

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34話

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翌朝、汰久は仕事へ向かうため早起きをしていた。
まだ眠っている虎太郎の額に、いってきますのキスをして部屋を出て行く。
汰久が部屋を出て行った瞬間、虎太郎は目を開く。
急いでマンションの鍵を持ち、ドアの少し開け隙間から覗き、汰久がエレベーターに乗り込むのを待つ。
そして、乗り込む様子を確認すると、少し時間をおいて自分も部屋を出るとエレベーターを呼び出し乗り込む。
エントランスに着くと、汰久の姿はなかったが、虎太郎はマンションの入り口を出て、ずっと先の道を歩いている汰久の姿を確認する。
そして、すぐさまマンションの脇道へ入り、ゴミ置き場へと急ぐ。
重い扉を開くと、一番上に放り投げられているゴミ袋を開いて、中を探っていく。
先程、汰久が捨ていったはすだ‥。

「‥ああ、良かった」

安堵の表情を浮かべ呟くと、虎太郎はゴミ袋の中から来栖のアウターを引っ張り出すと、それを握り締めた。
昨夜、ゴミ箱から拾おうと思ったが、それでは汰久に怪しまれてしまう。
来栖にあんな態度を取っておきながら、自分でも未練がましいと思う。
だけど、虎太郎にはどうしてもこれを手放すことが出来なかった。
虎太郎は、それを部屋に持ち帰ると、洗濯機にかける。
洗濯と乾燥が終わると、丁寧にたたみ、汰久に気付かれない場所を考え、クローゼットの中のシーズンが過ぎた夏用の服の一番奥にしまった。
ここなら大丈夫だ。




「そろそろ本格的に、アメリカに行く準備を進めないとね‥」

その日、仕事から帰宅するなり、汰久がそう言いだした。
ソファで本を読みながら汰久の帰宅を待っていた虎太郎は、視線を上げた。

「そっか‥そうだよね」
「まぁ、必要な物はすべて向こうで買えばいいし、虎太郎は身体ひとつで大丈夫だよ。ふふっ‥」

汰久がそう言って、虎太郎の身体を引き寄せた。

「‥うん」

抱き寄せられた虎太郎が、汰久の胸に顔を埋めると、汰久はその埋めた虎太郎の顎を手ですくいあげ、真っ直ぐに見つめてくる。
ゆっくりと瞳を閉じた虎太郎の唇に、優しく自分の唇を重ねる。
チュッと音の出る軽いキスをすると、汰久は身体を離した。

「じゃあ、今日は何食べる?‥食べたいものある?」

腕まくりをしながらキッチンへ向かう汰久の背に、手伝うよと言った虎太郎が続く。
二人でおしゃべりしながら楽しく作り、仲良く食べ始める。
今日は、汰久が得意と言っている、ペスカトーレを作った。

「これ、ちょっと辛すぎた?」

そう言いながら汰久がパスタを口に運ぶ。

「そう?美味しいよ‥」

本当に美味しそうに食べてくれる虎太郎に、汰久は嬉しそうに笑った。

「お前、なんでも旨いっていうじゃん。クスクスッ‥」
「汰久が作ってくれるってだけで、美味しいんだよ‥」

そんな事を言ってくれる虎太郎が愛おしい。
ありがとうと呟きながら、再びパスタを口に入れた瞬間、目の前で虎太郎が手を止め口を押えた。

「‥うっ‥っ‥‥ご‥ごめん‥‥」

虎太郎は、そのまま慌ててトイレへ駆け込むと、その後ろから不安そうな汰久が追いかけてくる。

「お‥おい、大丈夫か?」

トイレに入ると便座を抱え込み、嘔吐し胃の中のモノが全て排出される。
苦しそうな虎太郎の背中を撫で上げると、吐くものが全てなくなったのか、嘔吐が止まった。
汰久はキッチンから水を持ってくると、虎太郎に渡しうがいをさせる。

「‥大丈夫?ちょっと横になった方がいい‥」

汰久はそう言うと、虎太郎の身体をスッと持ち上げ、寝室へと運び、ベッドに横たえると布団を掛けた。
青ざめた顔をしている虎太郎に、不安そうな汰久が聞いてくる。

「‥いつから具合が悪いの?」

その言葉に、虎太郎は目を瞑る。

「‥3日くらい前から‥‥ずっと胃が痛くて‥」
「なんで言わないんだよ!‥言ってくれなきゃ、俺‥分かんないよ」

ベッド脇に跪いて虎太郎の手をしっかりと握る。
3日前と言うと、ちょうど軽井沢から戻ってきたくらいだ。
どうして何も言わずに、一人で耐えているんだよ‥汰久は怒りと悲しみで項垂れていた。

「‥‥ごめん」

言えるわけなかった。
虎太郎は、この痛みもすべて自分の罰だと感じていたから。

「病院に行こう」

そんな汰久の言葉に、虎太郎は首を横に振る。

「大丈夫。寝てれば治るから‥」

そんな言葉を信用できるはずもない。
3日間もそうやって治ってないじゃないか。
そんな言葉が出そうになり、汰久は飲み込んだ。

「じゃあ、明日行こう。明日、俺が連れて行くから」
「‥‥大丈夫。俺、ひとりで行くから‥汰久は仕事に行って‥」

こんな事で、汰久に迷惑を掛ける訳にはいかない。
そんな虎太郎の思いが伝わったのか、汰久がようやく頷いた。

「分かった。だけど絶対に明日行ってね」

そう念押しして、虎太郎の髪に優しく触れる。
コクンと頷いた虎太郎は瞳を閉じた。
痛みを逃しているのか、先程から眉間に皴が寄っている。
そんな様子を見ていた汰久は、外へと飛び出していった。

この時間空いているドラックストアを探し、胃薬を買って帰ってきた。
寝室に入り、虎太郎の顔を覗くと、痛みを我慢している間に、眠ってしまったようだった。
汰久はこの3日間の事を思い出していた。
軽井沢で虎太郎に何かあったんだろうと考えていたから、虎太郎の事をよく見ていなかった。
何度も虎太郎に触れようとしても拒否され続け、無理に身体を繋げ嫌われてしまう事が怖かった。
だから、虎太郎の体調が悪く苦しんでいる事に、気が付かなかった。
汰久は、目の前で苦しんでいる虎太郎の姿を見て、そんな些細な事にも気が付かない、自分の事しか考えれなかった己の小ささに嫌気がさしていた。

ベッド脇に座ると、虎太郎の頬にそっと触れる。

「虎太郎‥ごめんな、気が付かなくて‥」

声が届いたのか、虎太郎がゆくりと目を開けた。

「‥‥た‥汰久?」

目の前にある汰久の顔が、今にも泣きそうな顔をしていたので、虎太郎は小さく微笑んだ。

「‥泣くなよ」

手を伸ばし、汰久の頬に触れると、汰久は自分の手で虎太郎の手の上から包み込む。
冷え切っているその手が、虎太郎の苦しみを表しているようで、汰久はまた泣きそうになる。

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