愛に抗うまで

白樫 猫

文字の大きさ
42 / 58

42話

しおりを挟む
車での移動は1時間程掛かった。
少し遠いが安全な場所だと、聡がそう言っていたが、大きく綺麗な総合病院だった。
到着後はすぐに病室へ移動し、ベッドに寝かされた。
疲れただろうから明日から検査をする旨の話を医者とすると、そこに母親が現れた。
あまりにもやつれた虎太郎の顔を見て、涙ぐむ母親の姿に、虎太郎は申し訳なさを感じ謝る事しか出来なかった。
ひとしきり話をすると、入院の手続きがあるからと看護師に呼ばれて母親が出て行き、聡が顔を出す。

「一応、情報は漏れないようになってはいるけど、お前も気を付けろよ。これ以上、お母さんにも心配掛けたくないだろ?」

コクンと頷いた虎太郎に、聡は新しい携帯を握らせた。

「連絡を取っていいのは、お母さんと俺のみ。後はしばらく禁止。どこから漏れるか分からないから。いい?」

聡から渡された携帯には、母親と聡の番号しか入っていなかった。

「‥分かった」
「‥何かあれば、すぐに俺に連絡を入れる事。些細な事でもいいからね。」

まるで子供に言い聞かせる母親のように、聡の声は優しかった。

「‥うん、ありがとう」
「じゃあ、ちょっと寝ろ。疲れただろ?」

虎太郎の顔色が少し悪くなってきているのに気が付き、聡は少し眠る様に促した。
聡の言葉に目を瞑る虎太郎の顔が、脆く壊れてしまいそうに見えた。
虎太郎が目を閉じたのを確認すると、聡は静かに病室を出て行った。

目を閉じても全く眠気が来ない。
むしろ頭の中で、先程、聡から聞いた話が何度も繰り返され、どんどん頭が冴えてくる。
大学生活であった記憶の中の些細な違和感が、すべて聡の話と合致した。
ある日、突然傷だらけになっていた汰久と慎之介。
何でもないと言っていたが、あの喧嘩は自分が原因だった。
自分の鈍感さがここまでとは、思ってもいなかった。
あんな事が行われていた事に気が付かず、呑気に学生生活を送っていた自分が恥ずかしい。
自分を庇って、汰久と喧嘩までして守ろうとしてくれた慎之介に、申し訳ない。
そして、あの卒業旅行――。
みんな気が付いていた‥こんな自分の為に‥自分はなんて弱いんだ‥悔しくて、自分の弱さが憎くて涙が止まらない。
抑えきれない嗚咽が、しばらく病室に響いていた。

病室の扉の外に立っていた聡は、なかなか止まない虎太郎の嗚咽を聞いていた。
すべて話したことに後悔はないけど、なんとも言えないやるせなさが、聡を苦しめる。
グッと握った自分の拳と胸の痛みが、消える事はなかった。





汰久は虎太郎の着替えを準備し、13時に病院に着いた。
この病院は、受付で面会の申請をするみたいで、汰久は受付に寄り面会の希望を出した。

「えっと‥若奈虎太郎さまですね?」
「はい、306号室に入院してると思います」
「ああ、306号室の若奈様は、今朝方、退院しましたよ」

受付の女性に笑顔でそう言われ、汰久の顔が一気に強張る。

「えっ?今日、検査があるって聞いて‥昨日から入院してるんですけど‥退院ですか?」
「ええ‥あ~別の病院に転院されてますね」
「どういう事ですか?どこの病院ですか?」
「申し訳ありませんが、それはお伝えする事は出来ません。ご本人に連絡を取られてはどうですか?」

しつこく食い下がる汰久に、受付の女性は冷静にそう答えると、怪訝な顔をした。

「そ‥そうですか‥分かりました」

汰久はそう言うと、すぐに携帯を取り出し、虎太郎を呼び出す。
だが、それも意味がなく電源が入っていないとのアナウンスが流れるのみ。
何度も繰り返し掛け直すが、同じだった。

「虎太郎‥どこに行った‥‥」

フラフラと病院を出ると、外にあるベンチに倒れ込み両手で顔を覆う。
そして何時間もそのベンチで何かを待ち続けていた‥。



来栖は営業1課の同じ主任の北島奈々子と望月奏と一緒に昼食を食べていた。
昨日、虎太郎に会ってから、自分がやるべきことがようやく分かったかのように、心がスッキリとしていた。
そうすると必然的に食欲も湧いてきて、仕事も朝からしっかりこなしていた。
朝、市原に報告した時は、あまりにもスッキリとした顔に、思いっきり笑われた。

「なんだか、今日は調子が良いみたいね」

北島にそう言われ笑顔を向けられると、恐縮してしまう。

「北島主任まで‥昨日までの俺はそんなに酷かったですか?」

来栖は、見透かされているようで、少し恥ずかしくなる。

「ええ、そりゃもう‥ねぇ、望月さん」

北島が奏に話を振る。

「は‥はい。酷かったです」

遠慮というものが無いのが最近の新入社員の傾向なのかと、ジロリと横目で見る来栖に、ケラケラと北島と奏が笑い出す。

「‥それで?若奈君はどうなの?‥体調は戻ってきてるのかしら?」

心配そうに北島が話すと、横から奏が口を挟む。

「ホントそれを知りたいんです。私達、同期が連絡しても、まったく携帯も繋がらないんですから、番号も変えてしまったのか‥来栖主任は何か知ってますよね?」

二人がすごく虎太郎を心配している事は分かっていたが、今の状況を話す訳にはいかなかった。
これから虎太郎自身が、どう結論を出すのか、来栖は戻ってきて欲しいと願っているが、どうするか決めるのは、虎太郎自身だから。

「ああ‥でも俺から言える事はないんだよ‥けど大丈夫。もうすぐ戻ってくるはずだ。俺はあいつを信じてるから‥」

来栖からそんな臭いセリフが出てくるとは思わず、北島がププッと吹き出してしまった。

「なっ‥なんですか!」
「いえ、なんだか‥求愛しているみたいで‥クスクスッ‥上手くいくと良いですね‥」

ホントこいつは心の中を見通すのか‥来栖は目の前で美しく笑っている北島を見て、自分もいつしか笑顔になっていた。
食事を終え店を出たところで、来栖の携帯が鳴ったので二人とは別れ電話に出ると、それは全く予想していなかった、鶴木聡からだった。
あの時、軽井沢でお世話になって以来だ。

「もしもし?」
『来栖さん?鶴木聡です』
「ええ、鶴木さん‥先日は大変お世話になり、ありがとうございました。連絡をするべきなのはこちらなのに、お礼も言わず‥」

こんな話をしている来栖を遮るように、聡の声が聞こえてきた。

『いえ、大丈夫です。今、ちょっとあまり話せなくて‥要点だけ言いますね』

慌てているのか早口で話す聡に返事しか出来ない。

「‥はい」
『虎太郎が入院しているのは知ってますよね?」
「ええ」
『こいつは、このまま俺が連れて行きます‥いや違うか‥転院させます』
「えっ?転院ですか?」
『はい、新しい病院は言えません。ここでバレる訳にはいかないので、来栖さん。少し時間を下さい。必ず、虎太郎から連絡を入れさせますから、おそらく‥そんなに長くは掛からないかと思います。だから、時間が欲しいです。それだけです‥では』

言いっぱなしで切られそうになり、来栖は慌てた。

「ちょっ‥ちょっと待って下さい。若奈は‥大丈夫なんですか?体調は‥」
『はい、思いのほか元気ですから‥安心してください‥では』

そうあっけなく言われ、ブチっと電話を切られた。

「‥なんだ?」

せっかく虎太郎を見つけ、今日も夕方に面会に行こうと思っていたのに、転院‥?どうして?会えない?

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

刺されて始まる恋もある

神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

染まらない花

煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。 その中で、四歳年上のあなたに恋をした。 戸籍上では兄だったとしても、 俺の中では赤の他人で、 好きになった人。 かわいくて、綺麗で、優しくて、 その辺にいる女より魅力的に映る。 どんなにライバルがいても、 あなたが他の色に染まることはない。

処理中です...