愛に抗うまで

白樫 猫

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42話

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車での移動は1時間程掛かった。
少し遠いが安全な場所だと、聡がそう言っていたが、大きく綺麗な総合病院だった。
到着後はすぐに病室へ移動し、ベッドに寝かされた。
疲れただろうから明日から検査をする旨の話を医者とすると、そこに母親が現れた。
あまりにもやつれた虎太郎の顔を見て、涙ぐむ母親の姿に、虎太郎は申し訳なさを感じ謝る事しか出来なかった。
ひとしきり話をすると、入院の手続きがあるからと看護師に呼ばれて母親が出て行き、聡が顔を出す。

「一応、情報は漏れないようになってはいるけど、お前も気を付けろよ。これ以上、お母さんにも心配掛けたくないだろ?」

コクンと頷いた虎太郎に、聡は新しい携帯を握らせた。

「連絡を取っていいのは、お母さんと俺のみ。後はしばらく禁止。どこから漏れるか分からないから。いい?」

聡から渡された携帯には、母親と聡の番号しか入っていなかった。

「‥分かった」
「‥何かあれば、すぐに俺に連絡を入れる事。些細な事でもいいからね。」

まるで子供に言い聞かせる母親のように、聡の声は優しかった。

「‥うん、ありがとう」
「じゃあ、ちょっと寝ろ。疲れただろ?」

虎太郎の顔色が少し悪くなってきているのに気が付き、聡は少し眠る様に促した。
聡の言葉に目を瞑る虎太郎の顔が、脆く壊れてしまいそうに見えた。
虎太郎が目を閉じたのを確認すると、聡は静かに病室を出て行った。

目を閉じても全く眠気が来ない。
むしろ頭の中で、先程、聡から聞いた話が何度も繰り返され、どんどん頭が冴えてくる。
大学生活であった記憶の中の些細な違和感が、すべて聡の話と合致した。
ある日、突然傷だらけになっていた汰久と慎之介。
何でもないと言っていたが、あの喧嘩は自分が原因だった。
自分の鈍感さがここまでとは、思ってもいなかった。
あんな事が行われていた事に気が付かず、呑気に学生生活を送っていた自分が恥ずかしい。
自分を庇って、汰久と喧嘩までして守ろうとしてくれた慎之介に、申し訳ない。
そして、あの卒業旅行――。
みんな気が付いていた‥こんな自分の為に‥自分はなんて弱いんだ‥悔しくて、自分の弱さが憎くて涙が止まらない。
抑えきれない嗚咽が、しばらく病室に響いていた。

病室の扉の外に立っていた聡は、なかなか止まない虎太郎の嗚咽を聞いていた。
すべて話したことに後悔はないけど、なんとも言えないやるせなさが、聡を苦しめる。
グッと握った自分の拳と胸の痛みが、消える事はなかった。





汰久は虎太郎の着替えを準備し、13時に病院に着いた。
この病院は、受付で面会の申請をするみたいで、汰久は受付に寄り面会の希望を出した。

「えっと‥若奈虎太郎さまですね?」
「はい、306号室に入院してると思います」
「ああ、306号室の若奈様は、今朝方、退院しましたよ」

受付の女性に笑顔でそう言われ、汰久の顔が一気に強張る。

「えっ?今日、検査があるって聞いて‥昨日から入院してるんですけど‥退院ですか?」
「ええ‥あ~別の病院に転院されてますね」
「どういう事ですか?どこの病院ですか?」
「申し訳ありませんが、それはお伝えする事は出来ません。ご本人に連絡を取られてはどうですか?」

しつこく食い下がる汰久に、受付の女性は冷静にそう答えると、怪訝な顔をした。

「そ‥そうですか‥分かりました」

汰久はそう言うと、すぐに携帯を取り出し、虎太郎を呼び出す。
だが、それも意味がなく電源が入っていないとのアナウンスが流れるのみ。
何度も繰り返し掛け直すが、同じだった。

「虎太郎‥どこに行った‥‥」

フラフラと病院を出ると、外にあるベンチに倒れ込み両手で顔を覆う。
そして何時間もそのベンチで何かを待ち続けていた‥。



来栖は営業1課の同じ主任の北島奈々子と望月奏と一緒に昼食を食べていた。
昨日、虎太郎に会ってから、自分がやるべきことがようやく分かったかのように、心がスッキリとしていた。
そうすると必然的に食欲も湧いてきて、仕事も朝からしっかりこなしていた。
朝、市原に報告した時は、あまりにもスッキリとした顔に、思いっきり笑われた。

「なんだか、今日は調子が良いみたいね」

北島にそう言われ笑顔を向けられると、恐縮してしまう。

「北島主任まで‥昨日までの俺はそんなに酷かったですか?」

来栖は、見透かされているようで、少し恥ずかしくなる。

「ええ、そりゃもう‥ねぇ、望月さん」

北島が奏に話を振る。

「は‥はい。酷かったです」

遠慮というものが無いのが最近の新入社員の傾向なのかと、ジロリと横目で見る来栖に、ケラケラと北島と奏が笑い出す。

「‥それで?若奈君はどうなの?‥体調は戻ってきてるのかしら?」

心配そうに北島が話すと、横から奏が口を挟む。

「ホントそれを知りたいんです。私達、同期が連絡しても、まったく携帯も繋がらないんですから、番号も変えてしまったのか‥来栖主任は何か知ってますよね?」

二人がすごく虎太郎を心配している事は分かっていたが、今の状況を話す訳にはいかなかった。
これから虎太郎自身が、どう結論を出すのか、来栖は戻ってきて欲しいと願っているが、どうするか決めるのは、虎太郎自身だから。

「ああ‥でも俺から言える事はないんだよ‥けど大丈夫。もうすぐ戻ってくるはずだ。俺はあいつを信じてるから‥」

来栖からそんな臭いセリフが出てくるとは思わず、北島がププッと吹き出してしまった。

「なっ‥なんですか!」
「いえ、なんだか‥求愛しているみたいで‥クスクスッ‥上手くいくと良いですね‥」

ホントこいつは心の中を見通すのか‥来栖は目の前で美しく笑っている北島を見て、自分もいつしか笑顔になっていた。
食事を終え店を出たところで、来栖の携帯が鳴ったので二人とは別れ電話に出ると、それは全く予想していなかった、鶴木聡からだった。
あの時、軽井沢でお世話になって以来だ。

「もしもし?」
『来栖さん?鶴木聡です』
「ええ、鶴木さん‥先日は大変お世話になり、ありがとうございました。連絡をするべきなのはこちらなのに、お礼も言わず‥」

こんな話をしている来栖を遮るように、聡の声が聞こえてきた。

『いえ、大丈夫です。今、ちょっとあまり話せなくて‥要点だけ言いますね』

慌てているのか早口で話す聡に返事しか出来ない。

「‥はい」
『虎太郎が入院しているのは知ってますよね?」
「ええ」
『こいつは、このまま俺が連れて行きます‥いや違うか‥転院させます』
「えっ?転院ですか?」
『はい、新しい病院は言えません。ここでバレる訳にはいかないので、来栖さん。少し時間を下さい。必ず、虎太郎から連絡を入れさせますから、おそらく‥そんなに長くは掛からないかと思います。だから、時間が欲しいです。それだけです‥では』

言いっぱなしで切られそうになり、来栖は慌てた。

「ちょっ‥ちょっと待って下さい。若奈は‥大丈夫なんですか?体調は‥」
『はい、思いのほか元気ですから‥安心してください‥では』

そうあっけなく言われ、ブチっと電話を切られた。

「‥なんだ?」

せっかく虎太郎を見つけ、今日も夕方に面会に行こうと思っていたのに、転院‥?どうして?会えない?

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