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第1章

30 大好きな兄(仮)とのデート1

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 土曜日。
 この日は流雨と出かける日だった。
 ドライブしつつ観光地を少し回る予定なので、楽な格好にしたほうがいいだろうと、ロゴ入りTシャツとロングスカート、そして歩きやすいようにスニーカーにした。そしてポシェットを持ち、家を出た。

 ビルの地下へ行き、駐車場への扉を開けると、入口近くで流雨が車の横に立ってスマホを見ていた。休日仕様なのか、流雨が会社へ行く時とは服装が少し違う。何着てもカッコよくなるんだな、と思いつつ、また流雨に会えて嬉しくて自然と笑ってしまう。

「るー君、おはよう!」
「紗彩、おはよう」

 スマホから顔を上げ、流雨は微笑んだ。いつものように流雨に抱き付く。そして顔だけ上げた。

「お迎えありがとう! 待った?」
「着いたばかりだよ。ちょうど着いたって紗彩にチャットしようと思ってたとこ」
「そっか。朝ごはんは?」
「軽く食べてきたよ。紗彩も食べてるでしょう」
「うん」
「じゃあ、途中でコーヒーショップに寄っていこうか。何か飲み物を買おう」

 機嫌のよさそうな流雨は、車の助手席のドアを開けた。

「ありがとう、るー君」
「どういたしまして」

 私が助手席に座ると、流雨も運転席に座った。
 その時、私と流雨の間のドリンクホルダーに車の鍵が置いてあり、手のひらサイズの猫のぬいぐるみが鍵に付いていた。流雨がぬいぐるみを持っていることを不思議に思う。

「猫のぬいぐるみ、可愛いね」
「ああ、それ? そうでしょう、紗彩っぽいでしょ」

 確かにぬいぐるみの色が私の髪色に似ている。

「るー君がぬいぐるみ持ってるなんて、珍しいね」
「ああ、まあ、それは紗彩に……と思ったけど、うん。この話は、また今度ね」
「……? うん、分かった」

 なんだかよく分からないが、今話すことではない、ということだろうか。
 車が動き出す。ビルの地下を出て地上に上ると、車は道路に出た。

 今日は天気が良く、ドライブ日和である。
 私はさっそく運転中の流雨をスマホのカメラで撮影した。運転中の流雨もカッコいいので、ニマニマしてしまう。

「るー君は横顔もカッコいいねぇ」
「そう?」
「それに、ちょっと髪切った?」
「よくわかったね……少ししか切ってないんだけど」
「この前会ったときとは、少し長さが違うもん」
「さすが紗彩。紗彩の髪型も、今日も可愛いよ」

 今日の私の髪型は、髪は下ろしたままだが、右サイドだけ編み込みしているのだ。流雨に可愛いって言ってもらえると嬉しい。

「ありがとう!」
「紗彩はアレンジがいつも上手だよね」
「髪の毛いじるの、好きなの。まーちゃんとか、ユリウスの髪をいじるのも好きだし」
「前みたいに巻き髪にはしないの? あれも可愛かったけど」
「……ストレートにする前の髪型ってこと?」
「そう」
「……あれは巻き髪とは言わないよ」

 実は私のストレートの髪だが、これは東京の美容室でストレートパーマをしているからストレートなのだ。私の本来の髪は天然パーマで、しかも髪の毛の量が多い。昔も長さはあったので、雨の日なんかは特に爆発力があり、歩く髪のような感じだった。いわゆる、『モップ令嬢』を地で行くスタイルだったのだ。現在のモップ令嬢用のウィッグは、私の元の髪を真似して作ったものなのである。

 昔から天然パーマの髪で、さらに日本人らしからぬミルクティー色の髪がとにかくコンプレックスで、十五歳くらいの時にストレートパーマにしてからは、美容室で定期的にストレートパーマにしているのだ。髪はすぐ伸びるので、頻繁に髪の色を染めるのは諦めてしていないが、ストレートパーマは持続力があるので、頻繁にする必要がない。髪がストレートになったことで、少しは髪に対するコンプレックスも解消できている気はしている。

「あれは頑固なパーマっていうか……全然可愛くないから……なんせモップ令嬢だし」

 最後は小さくぼそっと呟いたので、流雨には聞こえなかったらしい。

「そんなことないよ、すごく可愛かった。今でもその頃の紗彩の写真を見返したりするし」
「ええ!? 消去してくれる!?」
「絶対消さないよ。俺の大事なコレクションだし。消えたら困るから、何か所かに紗彩の写真のバックアップも定期的にしてる」

 流雨は昔から、しれっと私の写真を撮っているのは知っている。しかしバックアップが複数あるのはやりすぎではなかろうか。

「るー君、もしかして、初めて会った時からの写真もあるの?」
「あるよ」
「えぇ……あの頃、私って愛想よくなかったでしょ。絶対可愛くないのばかり写ってるよ……」
「ははっ、紗彩がプンプンしているやつだよね。俺を警戒している頃の。あれはあれで可愛いんだよなぁ」

 流雨と出会ったばかりの頃は、なぜか麻彩を盗られると勘違いしていて、いつも警戒していたので、私は怒った顔ばかりしていたように思う。

「怒った顔が可愛いなんて、るー君変……」
「俺は紗彩がどんな表情でも可愛く見えるから。最近は紗彩は泣かないけど、昔はよく泣いてたでしょ。あれも可愛かったよ」
「……泣き顔なんて可愛くないもん」

 なんだかべた褒めされ、恥ずかしくなってきた。

「ははっ、本当のことしか言ってないけど。紗彩照れてる?」
「……照れてないもん」

 照れてないなど、嘘だとバレているだろうが、顔を流雨ではない方へ向いて顔を隠す。流雨が隣でくすくす笑っている。

 その後、途中でコーヒーショップで飲み物を買い、またドライブを続ける。

「そういえば、麻彩は今日は来なかったんだね。もともと俺と紗彩の二人の予定だったけど、麻彩は『やっぱり一緒に行く!』って言うかと思ってたのに」
「あ、うん。私も昨日一緒に行く? ってもう一度聞いたんだけど、るー君と約束したから行かないって言ってた。今日は友達と出かけるんですって」
「約束って、あれか。俺が麻彩を買収したやつ」

 流雨は私と会う時間を得るために、映画のチケットで麻彩を買収したのである。流雨と麻彩の間では、よくある話である。ただ、私と流雨が出かける当日になると、麻彩は私と二人っきりがいいから流雨と三人で出かけるのは嫌がるが、麻彩だけが外されるのも嫌のようで、だいたい付いてくるのが常である。

「明日は『歌ってみた』を撮影する予定なんだけどね、その準備もまだ残っているみたいだから、今日足りないものを買い物してくるって言ってた」
「へぇ。……今回は、紗彩は歌うの?」
「歌わないよぉ。知ってるでしょ、私が音痴なの」
「でも、何度か紗彩も『歌ってみた』出てるでしょ」
「あれは、まーちゃんが私もやってみようって言うから。顔バレしないよう化粧で作り込めばいいかぁって、音痴でも私が誰か分からないからって、やっただけだったのに……」

 なぜか再生回数が伸びているのである。音痴が癖になる、というコメント付きで。おかしい。

「紗彩の歌、味があっていいよ」
「フォローをありがとう……」
「フォローってわけじゃなくて、俺が好きなだけ。次回作が待ち遠しいから、歌う時は教えてね。次は三曲目かな」
「るー君、詳しいね……」
「いつも新しいのアップされてないか確認しているから。目覚ましで紗彩の声が聞けると、良い目覚めが……」
「ちょっと待って!? 目覚まし!?」
「うん、アラーム代わりに」
「止めてくれる!? 恥ずかしいから!!」
「えー、じゃあ、紗彩が俺のためだけに歌ってくれたら、それを録音しようかな」
「意味が分からないんですけど!?」
「『歌ってみた』にアップされているのを目覚ましにするのを止める代わりに、紗彩に個別で歌ってもらおうと……」
「何も代わりになってないと思うんだけど!?」

 まさか私の音痴な歌声をアラーム代わりにしているとは知らなかった。恥ずかしさで死ねそうだ。なのに、流雨は笑っていて、私はからかわれているのだろうか。

「もう、絶対私の『歌ってみた』消す!」
「消せないでしょう。消そうとしても、結局、麻彩に消さないでってお願いされて、麻彩に弱い紗彩は削除できないよ」
「うぐっ……」

 それはそうかもしれない。

「せめて、私の音痴の歌じゃなくて、まーちゃんの歌う歌がいいと思うの。私のじゃ、良い目覚めになる気がしない」
「それが、スッキリ起きられるんだな。だから紗彩、諦めて」

 駄目だ、流雨はたぶん目覚ましを私の歌から変えないだろう。諦めるしかなさそうだ。恥ずかしさが無くならず、顔が熱くて顔を仰ぐのだった。
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