オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

文字の大きさ
1 / 65

婚約破棄劇場、開幕

しおりを挟む
「本日をもって、お前との婚約を解消させてもらうからな!約立たずのナマケモノ風情が!」

 恐らく、婚約破棄を突きつけられれば怯むと思っていたのだろう。
 ついでに、泣いて許しを乞うとも思っていたのだろう。

「はぁ、どうぞ」

 真顔のまま、悔しがりも、泣きも、縋りもせず、ライラック・シェリアスルーツは頷いた。

「へ?」

 心底興味無さそうに、もう一度ライラックは大きく頷く。
 そしてこれまでの王太子妃教育で培ったであろう、とても綺麗なカーテシーをしてから改めて王太子であるミハエルに向けて、はっきりと言った。

「婚約破棄の旨、承りました。手続きの書類は当家宛にお送りくださいませ」

 あれ?え?と婚約破棄を突きつけた張本人のミハエルは、目をぱちくりとさせている。
 どうしてそんな顔をしているのか理解できないライラックは、真顔のまま特に表情を崩すこともなく、すっと姿勢を正して回れ右をした。

「お、おい、ライラック!」
「恐れながら、殿下に申し上げます」

 きゅ、とハイヒールの底を鳴らして回れ右をしたライラックは、再びミハエルに向き直った。

 なお、婚約破棄を告げた場所は、卒業を間近に控えたダンスパーティーの予行演習の会場。
 在校生が一同に揃い、いきなり始まったこの婚約破棄劇場に、何だ何だと興味津々である。

「わたくしとの婚約を破棄されるのであれば、婚約を結んだ際に取り交わした書類に基づきまして、速やかにお手続きをお願いいたします。また、我が父にはわたくしよりご報告いたしますので、ご安心くださいませ」
「へ?!」
「では、失礼いたします。皆様方、お騒がせいたしまして大変申し訳ございませんでした」

 またもや完璧なカーテシーを披露して、ライラックはそのまま会場を後にする。
 さっさかと出ていってしまったライラックに手を伸ばすけれど、伸ばした先にもう既にライラックはいない。

「何の躊躇いもなく婚約破棄を受け入れる令嬢がどこにいる?!」

 いい歳をして地団駄踏みながらそう叫んだミハエルだが、会場にいる全員の心の声は一致した。

「(ここにいたんだよなぁ…)」

 あまりにもあっさりと婚約破棄を受け入れただけではなく、その先の手続きのことまで告げた上で、ライラックはこの場から退出してしまった。
 運悪く、というかタイミングがあまりに悪かったことも災いした。
 この出来事は、一気に全校生徒に広まっただけではなく、その家族にまで全て広まってしまったのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「さて、書類をどこにしまったかしら」

 先生には早退の旨をさっさと告げ、慌てている担任に『殿下自ら婚約破棄をご希望ですし、早々に手続きの必要がございます。即ち、火急の事態ですわ』と、淡々と告げたライラックは早退届を受理してもらって、帰宅した。
 勿論ながらライラックの家では、滅多なことでは早退も何もしてこない娘が帰ってきたことで、小さな騒動になってしまっていた。

「お嬢様!お嬢様、あの、失礼いたします!」
「まあ珍しい、お前がノックを忘れるなんてあるのね」

 のほほんとした口調で、ライラックは本棚の中を何やらがさごそと漁っている。
 シェリアスルーツ家の執事長、ダドリーは慌てて走ってきてしまって、しかもうっかりドアのノックを忘れて突撃をかましてしまった。
 ライラックは特に気にすることもなく、のほほんと返事をしてから、引き続き本棚の捜索をしている、

「お嬢様……一体何を…?」
「えぇとね、婚約したときの書類の控えを探しているの」
「一体、何でまた…」
「婚約破棄するんですって」

 にっこにこのライラックと、ぴしりと動きを止めた執事のダドリー。
 対比的な二人だが、ライラックは手をとめずにがさごそと書類をさがしつづけている。
 ゴーイングマイウェイとはまさにこれか、と思っていたダドリーだが、現実逃避を止めて我に返り、頭痛を堪えつつライラックに問いかけた。

「お嬢様、あの…ちなみに婚約破棄は、どなたが言い出したことで…?」
「殿下に決まっているでしょう」
「お嬢様から、ではなく」
「わたくし、あの人との婚約だなんて正直なところどうでもいいのだもの。お父様と国王陛下にどうしても、と言われたから…あと、殿下の意味のわからない戯言にお付き合いしたからこその婚約よ?」

 えぇ…と戸惑いの声を上げるダドリーだが、ライラックはどこまでも飄々としている。

「……あらいやだダドリーったら、そんな顔しなくても」
「お嬢様…」
「なぁに?」
「本当に婚約を破棄されてもよろしいのですか?!お嬢様の未来にとんでもない傷がつくのですよ!」
「我が家の役割を考えれば、大した問題ではなくない?むしろ好都合よ」
「そ、それは」

 シェリアスルーツ家の役割は、主として緊急時の魔獣退治を含めた国防をメインとし、王立騎士団の主要メンバーとして、何ならライラックの父は騎士団長として現役バリバリで働いている。
 今は確か国境付近に魔物が出たからと、討伐部隊を率いて我先にと向かったはずだ。
 副団長から『団長が意気揚々と出陣してどうしますか!』と怒られたそうだが、『それが騎士団だろう、あっはっは!』とまぁ、何とも豪快に笑い飛ばしていた。

「それに、その任にはわたくしもそろそろ参加する必要があるわ。何せ、わたくしは次のライラックなのだから」
「お嬢様…」

 ライラック・シェリアスルーツ。
 これは、『この人がシェリアスルーツ家の当主ですよ』という意味での、いわば通り名でしかない。
 シェリアスルーツ家の家紋は、国を守る盾の中央にライラックの花がデザインされている。
 次期当主となるものは、『ライラック』という名前で呼ばれることで、『この人が次のシェリアスルーツ家当主ですよ』と他の貴族たちに認識をさせているのだ。

 なお、シェリアスルーツ家当主をどうやって決めるかは、本家、分家から適齢の男女問わずを集めて、三日間の何でもありな勝ち抜きトーナメントを行う。
 それに加えて日頃の成績も加味され、継承順位が決められるのだが、次代の『ライラック』は先程婚約破棄されたばかりの少女。

 本名を、フローリア・レネ・シェリアスルーツ、という。

 艶やかなストレートの、腰まである黒髪は一つにきっちりとまとめ上げられ、少したれ目がちな翠色の瞳に見えるのは優しさである。
 勝ち抜きトーナメントをぶっちぎりで優勝しているので、勿論筋肉はついているが、フローリア曰く『ムキムキは嫌なので、頑張って筋肉のつき方を調整しました』というくらい、細マッチョ…だが、いい感じに脂肪もあるのでいかにも、な筋肉ムキムキには見えない、令嬢らしい体つき。
 幼少期にいたずらっ子の親戚によりスカートめくりを仕掛けられ、親戚一同の前でパンツを披露させられたフローリアがブチ切れ、親戚の子の脳天に華麗にかかと落としをキメたので、『あいつ多分次のシェリアスルーツ家当主だぞ』と大人たちの間で囁かれていたのは、本人は知らない。

 普段はおっとりしていて、令嬢のお手本とも言われるくらいにお淑やかだが、学園で王太子に絡まれているときは何とも言えないくらいに無表情になっている。
 なるべくおっとりを心がけているらしいが、如何せん王太子が嫌いすぎて、ついうっかり無表情になることの方が多い。
 そのため、『シェリアスルーツ家のご令嬢は家柄に胡座をかき、殿下の好意を無下している』という不名誉な噂もあるが、本人は一切気にしていない。

「…お嬢様、とはいえまずは旦那様にご報告をですね…」
「事後報告では駄目かしら。ほら、書類を整えなければいけないでしょう?」
「駄目です!」
「えぇ……」

 ぷく、と頬をふくらませるフローリアはとても可愛い。可愛いのだが、物には順番がある。
 ダドリーは、シェリアスルーツ家の使用人の中でもフローリアを可愛がっているランキングでトップに君臨しているが、そこは心を鬼にした。

「まずは旦那様にご報告!良いですか、報連相は怠ってはなりませぬ!」

 普段は甘いダドリーだが、こういう時ばかりは駄目か…とフローリアは内心こっそり舌打ちをしたのであった。
しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

処理中です...