オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

文字の大きさ
13 / 65

その反応は予想外

しおりを挟む
 ミハエルはその日、学校を休んでいた。
 一日かければ両親は間違いなく説得できて、アリカを王太子妃候補として王宮に招き、真に愛しい相手と共にこの国をおさめていくんだ!という幸せいっぱいの思考回路となっていたのだが、報告に向かった先で見た両親の顔は見たことの無いものだった。

「……あれ?」
「……本当に言いに来たぞ」
「陛下……もう遅いことではありますけれど、誠に申し訳ございません……」

 どうしてジェラールの顔が、とてつもなく引きつっているのか。
 己の絶対の味方であると確信していたジュディスの表情が、苦虫を噛み潰したような何とも言えないものになってしまっているのか。

「あ、あの」
「……どうぞ、続けなさい」

 はぁ、ではなくはあぁぁぁぁ、と大きすぎるほどの溜め息を吐いて、ジュディスがひらりと手を振った。
 はいはいどうぞ、と投げやりな様子も気になるが、これを話せばきっと二人とも良くやった!と言ってくれるはずだ、というよく分からない確信を持って、ミハエルは話し始めた。

「父上、母上。わたしはライラック・シェリアスルーツとの婚約を破棄し、アリカ・シェルワーツ嬢との婚約を改めて結びたいと考えております!」

 いやそのアリカって誰だよ、と国王夫妻の心の声は完全一致してしまう。
 学園では優等生で知られているアリカではあるが、だからといって国王夫妻が彼女を知っているのか、と問われれば答えは『否』である。

「……誰ですか。そのシェルワーツ嬢とやらは」
「え」
「かつて王太子妃候補に上げられた家の中にも、そのような家名はありませんが」
「へ?」

 思いもよらない王妃からの返答に、ミハエルはきょとんとしてしまう。

「えぇ、と」
「ですから、そのシェルワーツ嬢とやらは、最初の時点で王太子妃候補となっていないのだけれど、ミハエルが推薦するということは余程優秀な令嬢であるという判断をしていいのよね?」
「はい!」
「学園での成績が良いだけでは王太子妃は到底務まらないけど、本当に大丈夫ね?」
「……は、い」

 おかしい、とミハエルは本能的に感じたけれど、もうここまで断言したら引けない。
 しかしフローリアだって学園の成績は良いのだから、アリカだって問題なく王太子妃としての役割は果たせるはずだ、と判断した。成績が良いこと、イコール、何でもできるに違いないはずだ、と。
 むしろ、これまでの様々な経験を活かして王太子妃教育がとても捗るかもしれない。何なら、王太子妃教育を修める期間が最短であるという大記録を打ち出すかもしれない!という淡い期待を抱いた。

「……そう」

 どれだけ大丈夫だ、とミハエルが繰り返し伝えても、母であるジュディスの顔色は冴えない。
 そもそもとして、ミハエルは王太子妃教育のあれこれを全く知らない。
 王国の歴史だけではなく、王国そのものの成り立ちから歴代国王たちが、王妃たちが、どのような施策を行ってきたのか。
 己の国だけでなく、他国との関わりについて。貿易相手との様々な取り決めに加え、輸入時と輸出時にかかるがどの程度か。
 座学を完了させればいいものでもなく、王族として振る舞うに相応しい礼儀作法に始まり立ち居振る舞い、美しく見える所作、言葉遣い。
 何もかもが、『普通』の貴族とは異なっていることを、生まれながらの王族たるミハエルがどこまで理解しているのだろうか。

「ならば、まず順を追って処理していきましょうか」
「え、え?え?あの、母上?」
「何?」
「えーっとですね…」

 今までのようにご実家の力も借りて助けてくれるのではないですか?!と、叫ばなくて正解だったと思う。
 もしもミハエルが叫んだりしていたら、ここまでいくら溺愛をしてくれたとはいえ、ジュディスはミハエルを放り捨てていたと思われる。

「な、なんでも、ないです」
「そう。それから」
「え」

 まだ何かあるのか!とまた更に叫びそうになったけれど、これもぐっと堪え、拳を握ることでどうにかこの場での失態を避けた。

「ライラック嬢への慰謝料は、お前の私財から賄いなさい」
「……へ?」

 もうミハエルは、我慢できなかった。

「どうして慰謝料なんていうものを、王族たるこの俺が支払わなければいけないのですか!」

 その叫びに、ジュディスもジェラールも、母と父の顔ではなく国王夫妻の顔となり、無表情、あるいは困り顔から一気に怒りが頂点に到達し、揃ってデスクを思いきり叩いた。

 ──バン!!

「ひぃっ!」
「貴様…今、何を言ったのか理解しておろうな」
「え…」
「そもそもこうなったのは、わたくしが甘やかして調子に乗らせてしまったからこそ。ですが、それでも王族としてきちんと責任を取ってくれる子になったと思っておりましたが…それすらも出来ぬ愚か者であったとは」
「は、母上?」

 これまでならば、『まぁ、ミハエルったら。そんなに落ち込まなくて良いのよ。お母様にお任せなさい』と優しく微笑んでくれて、大体何でもどうにかしてくれた。

 だが、それはあくまで対象が物であったりした場合にのみ、ということはミハエルは理解出来ていなかった。
 ジュディスも無意識ながらに対人関係に関しては、ベタ甘にしすぎることはなかった。

 フローリアとの婚約を無理矢理締結したあのとき、アルウィンはじめ国中の貴族からとんでもない反発をくらい、子供の言うことばかり叶えまくっていたらとんでもない暴君になってしまうことは理解しているのか!とあちこちからクレームの嵐になったのだ。
 それだけ、ミハエルの無理矢理な婚約締結は、幼い子だからどうとかいうものではなく、『王族として権力を振りかざして貴族が逆らえない状況を作った上で、従わせる』という最悪な事態としてあちこちに広まった。
 権力をもってフローリアを無理やり婚約者にしたのは本当のことだし、婚約者にした後からミハエルが調子に乗ってしまってあれこれやりたい放題だったのも、また事実。

 更にその後も、『物』限定とはいえ甘やかしまくって、ここまで増長させてしまったジュディスにも責任はあるし、止めきれなかったジェラールにも責任はある。
 だが、事の発端はたった一度のあのミハエルの我儘からだということを、張本人は理解していないのだ。

「何で今回は助けてくれないんですか!父上も母上も、俺だけが悪いというのですか?!」
「今回の婚約破棄で、ライラック嬢は何も悪いことをしておらんだろう!勝手に他に惚れ込んだからと自分の我儘で一人の令嬢の人生を狂わせた自覚は無いのか?!」
「だって、ライラックは思ったより笑ってくれないし、それが可愛くない!あと、俺をきちんとサポートしない!」
「どうしてお前の尻拭いまでしなければならぬのですか!」
「それが婚約者でしょう?!」

 とんでもない暴論に、ジュディスは目眩がした。
 婚約者だから自分を助けてくれるに違いない、サポートしてくれるはずだ。

 婚約者だから。婚約者だから。婚約者だから。

 そんなもの、お人形ではないか。

「……ライラック嬢に……とんでもないことを、わたくしは……」

 こんな思考回路をもった化け物に育っているなんて、到底思っていなかった。
 どのように償いをすればいいのか、とジュディスは必死に考えていたが、まずは何よりフローリアへ。いいや、シェリアスルーツ家へのお詫びが先となる。
 一人の令嬢の何もかもを狂わせかねないことを、王家がやらかしてしまったのだから、まずは謝罪から行う必要がある。
 しかし今のミハエルは謝らせる価値すらないように思えてしまうほど、愚か者だった。

「……出ていけ」
「父上!」
「出ていけ!シェリアスルーツ家への謝罪は我らがどうにかする!貴様は事態が落ち着くまで公務への一切の参加を禁ずる!いいな!」
「は?!」
「ミハエルを連れ出せ」

 ジェラールが手を上げ、命じればばたばたと従者が駆け付けて、ミハエルの両脇をがっちりとかためてそのまま部屋から引きずり出した。
 父上、母上、と叫ぼうと、閉ざされた執務室の扉は、開くことは無かった。
しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

処理中です...