オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

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噂とか興味無いので耳に入れない

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「閣下ーー!公爵閣下!」
「ええい、アタシとこのレッドちゃんの時間を邪魔してくれてんじゃないわよ馬鹿ラケル!!」

 どたばたと走ってくるそこそこ大きな足音と共に、止まった瞬間あれ、と思う暇もなく、ラケルがバァン!とノックなしでドアを開けば今回の魔物討伐により届けられた魔物の核を手にしてニマニマと笑うシオンだが、今回の核の美しさには見惚れすぎて太陽光あててあれこれ角度チェックという名の堪能タイムを楽しんでいたというのに、また邪魔された!とご立腹。
 追撃でもっと罵ってやろうか、と鼻息荒くしかけたところで、雰囲気が違うことにようやく気付いた。

「ん?…ちょっと、ラケル…」

 恐らく聞かないとまずいだろう、と思ったが、何があった、と問う前にひと足早くラケルが叫んだ。

「王太子殿下が、あの、シェリアスルーツ家ご令嬢との婚約を破棄しやがったんですよ!」
「は?」

 ぎょ、とシオンの目が見開かれた。

「え、よくそれあのババアが許したわね!」
「……閣下」
「何よラケ………あいたたたたたた!!いひゃい!!」

 ふ、とラケルがシオンに手を伸ばしたかと思えば、むに、と頬をつまんで渾身の力でみちみちみち、とつまんだ頬を引っ張った。
 シオンはそこまで頬が柔らかいわけでもなく、引っ張られると大変痛い。それはもうめっちゃ痛い。
 ぎちぎち、と音が聞こえるのでは、というくらいに引っ張られてしまえば、さすがに涙目になってしまう。

「ははっひゃ!はなひひふはら!!(分かった!話聞くから!!)」

 ばっしばしとラケルの腕を叩きながら必死に訴えかければ、ようやく手が離される。
 引っ張られたところに指の痕でもついているのではなかろうか、とシオンがどこからともなく手鏡を出してくるとラケルはぎょっとする。

「その手鏡、どこから出てきました?!」
「え?ここから」

 何もない空間に突然現れた虚空。
 そこにシオンは何でもないように手をずぼ、と入れて手鏡を収納したり、他のものを取り出したり。
 所謂、亜空間への収納魔法、というやつだが、どこに繋がっているとかはシオンは詳しく考えていないらしい。とりあえず今ここではない空間を作り出して、倉庫のように利用している。
 なお、この魔法はほいほい誰でも使えるものでは無い。センスと空間維持のためにとてつもない魔力を消費するから、魔力の最大値も高くなければいけない。
 ほえー、とラケルは感心したように魔法を使っているシオンを見つめる。

「…閣下、魔法の天才児って本当だったんですね」
「アンタ今まで何だと思ってたのよ」
「どうせ整理整頓が上手なだけのホラ吹きだとばかり。失礼しました」
「そのうちぶっ飛ばすわよ」
「ぶっ飛ばされたら俺の後釜候補探して選ぶのに苦労するの、閣下ですからね」
「あー!!何コイツ可愛くない!!」
「俺は可愛くなくていいんです!可愛い必要なんかないんですから!」

 ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。
 廊下を通り過ぎるメイドたちは『今日も閣下はお元気ねー』『ラケル様もよくお声が通っていらっしゃるわぁ』とのほほんと話しているのだが、本人たちは知らない。

「んで…あのボンクラ、何で自分から言い出した婚約を勝手に破棄してんの。馬鹿なの?」
「ボンクラなのか馬鹿なのかどっちです?」
「両方よ」
「まぁそうなりますよね」
「んで、ボンクラ王太子のことが可愛くて大好きママは、どうせ婚約破棄したこともあっさり許したんでしょう?」
「いいえ」
「え」

 間髪入れずにラケルが否定したから、今度こそシオンの目はまん丸へと変わった。
 あの王妃が。
 国王、もとい当時王太子だった兄に死んでほしくないからと、戦場へシオンを追いやるような言動を繰り返し、王太后と手を組んであれこれ根回ししたお陰で不名誉な二つ名までもらってしまった、あの諸悪の根源の一人が。

「許してないですってぇ?!」
「それどころか、王妃様が王太子殿下を叱りつけたとか」
「えー、やだちょっと何ソレー」
「閣下、下町のおばちゃんみたいな口調やめませんか。ちょっとムカつくんですけど」
「……ごほん」

 ついうっかり、とシオンは咳払いをする。しかし楽しくて仕方ない事態になっているとは思いもせず、何がどうなってそうなったのか、あれこれ聞きたくなってしまった。
 魔物の核は盗難されないようにと、いそいそとケースにしまい鍵をかけ、収納魔法の中へと放り込んだ。

「え、それ中で荷物同士ってぶつかったりしません?壊れません?」
「壊れないわよ失礼ね!」
「へー…ほんとすごいですね、その魔法」
「で?!」
「はい?」
「事の詳細を教えなさい、つってんの!」
「えーと…まぁ、普通ならここまであまり噂って広がらないと思うんですけどね」

 言われてみれば、とシオンは考え込んだ。
 婚約破棄くらいなら別に、とは思うが王族の婚約破棄に関わることだから噂が届いたのだろうか。はたまた、他に理由があるのだろうか。

「何せ婚約破棄を言い渡したのが、卒業パーティーの予行練習の場だったそうで」
「ヤダ、馬鹿」
「しかもよりによって参加者が、卒業パーティーのフルメンバーに近い状況だったそうでして」
「えー…」
「ちなみにシェリアスルーツ侯爵令嬢は、そんなにダメージ負ってないどころか、心なし喜んでいたように見えたらしいです」
「何ソレ強っ」

 アルウィンの娘か、とシオンはぼんやり考える。
 だが、如何せん会ったのが相当前な上に最近はシオンが割と引きこもっていることもあり、成長したフローリアに会っていない。
 そんなことよりも、確かあの婚約は、と必死に思い出そうとする。
 そして思い出し、シオンは苦虫を噛み潰したような顔になる。

「……ねぇ」
「はい」
「確かさぁ、ボンクラとシェリアスルーツ侯爵令嬢の婚約って…ボンクラから無理やりじゃなかった?」
「そうですね。っていうか、王太子殿下をボンクラって連呼するのやめましょうよ」
「ボンクラはボンクラでしょ。ライラックを手放すなんて、馬鹿なことしたもんね」
「あれ?あの、閣下」
「何、どうしたのよ?」

 はい、先生。と言わんばかりに挙手したラケルに、シオンは問い返す。

「アルウィン様もライラックですよね」
「そうよ?」

 ラケルから質問が飛んできた内容に、今更何を聞いているんだ、と言わんばかりの表情になるシオン。

「シェリアスルーツ侯爵令嬢も…ライラック…?」
「…あらヤダ、知らない人いるのね」
「え?え?ちょっと、何ですか」

 あらまぁ、とシオンはのんびり呟くが、『ライラック』が通り名だとはあまり知られていないことを、ここでシオンはようやく理解した。
 シオンは勿論理由も知っているし、フルネームも把握している。
 あくまで『ライラック』は、次代シェリアスルーツ侯爵となる者に対して使われる呼び名であるが、知らない人が聞くと混乱しか招かない。
 しかし、知っている者だとしても正式なフルネームで紹介したところで、ライラックはライラックだろう、と返されてしまうことの方が多いくらいには浸透している。決して、本名を軽んじているわけではないが、代々続いた通り名があまりに浸透しすぎた結果、こうなってしまった。
 アルウィンは一番最初に『此度、ライラックとしてシェリアスルーツ侯爵家当主となりました、アルウィンでございます!』とあちこちで伝えたから、大体の人は知っているけれど、それでも本名で呼ばれるのは半分くらいの割合だ。

 フローリアに関しては幼い頃に『ライラック』となってしまったがために、あまりにも『ライラック』が浸透しすぎた。しかし本人が『お友達に名前を呼んでもらえないなんて嫌よ!』と言って、努力をしたからこそ仲のいい人たちには『フローリア』と呼ばれている。
 しかし学園では、ほぼ100%『ライラック』呼び。だからこそフローリアは本名をきちんと呼んでくれている友人たちを、周囲の人を大切にする。
 とはいえ、シオンはそこまで知らない。それよりも王弟たる己の従者が思ったより事情を理解していないのはよろしくないのでは、と思った。

「うーん…」
「え、あの閣下。怖いんですけど!」
「そうねぇ…巻き込まれることはないだろうけど、シェリアスルーツ侯爵家とは今後もお付き合いがあるだろうから、その辺みっちり教えこんであげるわ」
「はい?」
「なぁんかイマイチ理解できてないっぽいし。書類片付けてめんどい謁見済ませたら叩き込んであげるから覚悟なさい」
「こわっ」

「(巻き込まれるのだけは、ゴメンだけど)」

 シオンは心の中で呟いて、デスクに整頓されて置かれていた書類を処理するべく一旦背を伸ばす。量としては多くない方だから、さほど時間もかからないだろう、と判断して気持ちを一旦切り替えてから目を通し始めた。
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