オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

文字の大きさ
20 / 65

慰謝料の件につきまして、承認いただけますよね?

しおりを挟む
 騎士団にも、休息日はもちろんながらある。
 人によっては自主練をしているが、基本的に週に二日は休みをきちんと取りながらリフレッシュしつつ、勤務している。
 ちょうど今日はその日。
 フローリアが学園で婚約破棄宣言を突きつけられてから、かれこれ二週間経過していた。

「今日は…あら」

 スケジュールを確認していたフローリアの顔が、ぱっと明るくなった。

「お友達とのお茶会の日だわ」

 フローリアが親しくしている人はさほど多くないが、その分付き合いをとても大切している。

「どのドレスにしましょうか…」

 うきうきと、フローリアにしては珍しく上機嫌でドレス選びを開始した。
 お茶会は午後からで今はまだ午前中だが、友人に久しぶりに会えるのが何より嬉しい。それに、フローリアのことをきちんと理解してくれている友人だからこそ、お喋りをしていて楽しいのだ。

「そうだ、今日はこれにしましょう」

 フローリアが選んだのは、彼女にしては珍しい淡い水色のドレス。
 合わせるアクセサリーとして選んだのはパールの一粒イヤリングと、それに合わせたパールのチョーカー。中央にぶら下がる石はダイヤモンド。
 手首までのレースの手袋、ヘアアクセサリーはドレスに合わせたアクアマリンをあしらったヘアピンでまとめられるようにと準備をした。

「……全部アクアマリンで統一した方がいいかしら……」

 うーん、と悩んでいるフローリアだが、表情はとても明るい。
 友人に会うなら、目一杯オシャレをしたい。頬が疲れるくらいに笑い合いたいし、お喋りしすぎて喉がカラカラになってしまいたい。

「…楽しみ…」

 うっとりと頬を染め呟くフローリアと、ノックをして入室してきたフローリア専属侍女があぁでもない、こうでもないとドレスについてあれこれ話し始めるまで、もう数分もない。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 一方その頃、王宮にて。

 王の執務室でテーブルをはさんで対峙するのは、シェリアスルーツ侯爵であるアルウィンとその妻ルアネ、そして国王であるジェラール。

「…令嬢は」
「おや、フローリアが必要でしたか?今日あの子は、仲良しなお友達と一緒にお茶会をする、とはしゃいでいたので置いてきました」
「わざわざ娘を晒し者にさせるわけにはまいりませんので」

 にこやかだが目の奥が笑っていないアルウィン。
 そもそも笑っておらず真顔のルアネ。
 冷や汗ダラダラのジェラール。

 三者三様であるものの、ジェラールだけが顔色がとてつもなく悪い。

「さ、晒し者に、など、なるわけ」
「フローリアが登城すれば、面白がられることなど目に見えておりますわ、陛下」
「……っ、それは…」

 そんなことない、と言いたかったが、ミハエルが学園でやらかしてれたことが、貴族のみならず一部富裕層の平民にまで知れ渡っている。
 諸々知っているルアネには冷ややかな声で言いきられ、更にジェラールの顔色は悪くなってしまった。
 ルアネはジェラールを知らないわけではないし、何ならとんでもなくよく知っている。ルアネが護衛していた第三王女からあれこれ聞いているし、即位の時のいざこざや王弟であるシオンと何があったのか、まで詳細に知っているからこそ、ジェラールは余計なことを言いたくないはずだ。
 今ついうっかり、獅子の尾を踏みつけたばかりだが。

「それで、だな」
「フローリアと殿下の婚約を、早急に、無かったことにしていただけますわよね?」
「それからフローリアが望んだとおりにの支払いをお願いいたしますね」

 鋭い目のルアネと対比的に柔和な顔のアルウィンだが、双方から発せられている殺気はとんでもない。
 先程国王の側近の文官が一人倒れ、医療室へと運ばれていったが、ルアネもアルウィンも殺気をしまうことはしなかった。

「その、慰謝料についてだが」
「おや、認めて下さらないと?」

 食い気味にアルウィンが問いかければ、ジェラールはぶんぶんと首を横に振った。

「そうではない!だが、城の中で反発は間違いなく出てしまう!」
「握り潰せばいいではありませんか。フローリアを無理矢理王太子妃候補にした、あの時のように」

 ねぇ?、なぁ?、と夫妻はにこやかに話しているが、内容は穏やかであるわけがない。
 あはは、うふふ、と笑い合うシェリアスルーツ侯爵負債の目の奥は一切笑っていないどころか、剣呑すぎる光しか宿っていないし、ルアネが手にしている扇からはミシミシと嫌な音が聞こえている。

「……」

 たら、と汗が流れ落ちていく感覚が、とても気持ち悪いが、ジェラールは下手に言葉を発することが出来ない。
 ミハエルのやらかしは、この夫妻にとって娘を守れなかったこととして、ずっと心の奥底に突き刺さっていた。
 だから、今守らずしていつ娘を守るというのか。何をもってしても婚約は破棄させるし、慰謝料もきちんと支払ってもらわなければいけないのだ。

「分かっ、た」
「何が、でございましょうか?」

 ジェラールに問いかけるルアネの声が、ジェラール自身にはやけに大きく聞こえたような気がした。

「フローリア嬢への、慰謝料に関して…全て王家の責任において、きちんと支払うことを約束する」

 最初から早々にそれを言っておけばいいものを、とシェリアスルーツ侯爵夫妻は心の中で揃って呟いた。
 その直後あたりだろうか、バタバタとやけにうるさい足音が聞こえてきて、ドアをノックすることもなく蹴破らんばかりで開いた先に居たのは、王妃であるジュディス。
 はぁはぁと息切れしているから、余程急いで走ってきたことが分かったのだが、もう既にシェリアスルーツ侯爵夫妻は帰ろうという気分だったのに、とげんなりしてしまった。

「…あら、王妃殿下…ごきげんよう」
「っ、お、お待ちください、ませ…」
「待たずとも、もう陛下と話は済ませておりますが…」
「わ、わたくしの、非を」

 は、は、と息を整えながら話す王妃を、溜息混じりにシェリアスルーツ侯爵夫妻は眺めるだけだ。

「…あぁ、そういえばフローリアから聞いたことありますわね。王妃殿下のお茶会に呼ばれれば、ひたすら王太子殿下のお話をされてしまって、とても苦痛だ、と…」

 王妃には心当たりしか無かった。
 親心ながらに、ミハエルをしっかり知ってもらいたいがため、ひたすら持ち上げ続けた気がする。いいや、持ち上げ続けて、自分でも嫌になってしまうくらいには語り続けてしまった。

「…申し訳ございませんでした…っ」

 謝って済むことではないが、腰をおり、深く頭を下げるジュディスを見て、侯爵夫妻はぎょっとしてしまう。
 あれほど息子馬鹿だったというのに、己の非を認めて謝罪をしてきた。謝られたところで、遅すぎるくらいだ。

「今更、ですわね。王太子殿下を、フローリアに近付けないように願いますわ、王妃殿下」
「…勿論」

 言葉で追い詰めることは出来る。
 だが、そんなことをしている暇があるなら、王太子教育を済ませているはずのミハエルの頭の悪すぎる諸々の行動を、どうにかしてほしいと言外に告げる。
 そして、迷うことなく王妃は頷いた。

 一触即発の事態はどうにか回避され、こうしてミハエルの逃げ道はぱたりと閉ざされてしまったのだが、己が蒔いた種だ。その程度、自分で刈り取ってもらわねば困るのだから。
しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

処理中です...