オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

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女と侮るなかれ

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「……」
「陛下、どうされましたか?」

 とてつもなく険しい顔をしている国王に、側近が不安そうに問いかける。
 シェリアスルーツ侯爵が王都へと帰還したことは報告が上がっていたが、帰還して早々にこの話をしてくるか、と頭が痛くなってしまった。
 だが、事態を引き起こしたのは王家側であり、シェリアスルーツ家は巻き込まれている側だ。幼い頃のミハエルのひと声で、フローリアが無理矢理王太子妃候補となり、今まで縛り付けられていた。
 本来フローリアは、侯爵家跡取りとして活動を始める予定だったはずなのに、ミハエルのせいで王家に縛られ続けてしまった。その償いは何があっても、とは思っていたのだが。

「こう来たか…」

 ──次代ライラックである当家長女、フローリア・レネ・シェリアスルーツの騎士団入団を許可いただきたい。

 簡潔に力強い文字で書かれた一文。
 慰謝料という金銭でどうにかできるものではない、失った時間は戻らない。

「騎士団、って…、シェリアスルーツ侯爵令嬢、ですよね…?」
「あぁ、そうだ」
「女性ですよ?!」
「だが、女性騎士は既に在籍しておる。女性だからと拒否は出来ぬ」
「ですが、無試験など…」

 既にフローリアがあちこちで結果を出しているが、それはシェリアスルーツ家騎士団がいるからではないか、という風にしか見られていなかった。
 フローリアの功績など、王太子妃候補となってしまった時点であってないような扱いをされてしまっている。
 王太子妃候補ともあろう者が、そんなことをするわけがない、という決めつけが何よりも先にやってくるから、どれだけ功績として成果を上げようとも信用してもらえなかったのだ。

「無試験で入るからには、強さの証明をしてもらう必要がございますよ!」
「そのつもりだ、しかし…」

 フローリアは、幼い頃からアルウィン、更には母であるルアネからも相当な稽古をつけられて育っている。
 だから、強さの証明と言われても『はい分かりました』と笑いながら言って、恐らく王立騎士団の面々を立てないくらいには倒してしまうに違いない。

「……恐らく、シェリアスルーツ侯爵令嬢に勝てる奴は、少ないだろうな」
「陛下、何を仰っているのですか!」
「考えてもみろ、アルウィンの娘で、王太子妃候補になる前にシェリアスルーツ侯爵家の跡取りに内定していた子だぞ」
「ですが、王太子妃候補に選ばれてからは当主教育は止まっていたと聞きます!そのような令嬢が強いなどあるわけもない!」

 そう、教育そのものは止まっていた。
 だがしかし、フローリアが鍛錬を怠っていた、だなんて誰も言っていない。
 なお、現在進行形でフローリアがシェリアスルーツ家騎士団をみっちみちにしごいていることは、この二人は知らない。

「…騎士団の総意を確かめる必要があるだろうな」
「それは、まぁ」

 当たり前だ、と言わんばかりの側近だったが、この後騎士団に話を聞きに行ってから、彼は愕然としてしまった。

「え、フローリア嬢が騎士団に?」
「そうです。皆様、ご意見いただけませんか」
「何をですか?」

 騎士団にはちょうど、副団長であるセルジュが居たのでこれ幸い、と王の側近は問いかけた。
 シェリアスルーツ侯爵令嬢が騎士団への入団を希望しているのだが、皆の意見を聞きたい、と。

「そりゃ賛成ですよ!」
「俺も!俺も賛成!」
「お嬢様入団?!やった、騎士団の評価が爆上がりするじゃないですか!」

 そうしたら出てくる出てくる、フローリアへの超好意的な評価の数々。
 悪い評価なんて出てくるどころか、存在し得ないのでは、というくらいに皆がべた褒めしているのだ。

「お待ちください!」

 国王の側近が、慌てて騎士団のメンバーを制止する。
 はて、何だと首を傾げているメンバーに驚きの顔を向け、どうしてそんなにもフローリアへの評価が高いのか、と側近は慌ててしまった。

「どうしてですか?!非力な令嬢が参加したとて」
「え?」
「お嬢様のどこが非力なんです?」

 側近の言葉を躊躇いもなく遮った団員たちは、揃って不思議そうな顔をしている。

「だって、王太子妃候補だったご令嬢が…」
「シェリアスルーツ家のご令嬢っての、分かってます?」
「こら、言葉遣い」

 セルジュが窘めると、団員からは『えー』と不満そうな声が上がってきた。

「だってあのお嬢様が弱いとかー」
「そうそう、鬼のように強いんだよな!」
「物理でも魔法でも強いから、副団長くらいしか相手できないんじゃないか、ってくらい!」

 騎士団の面々は鬼神のような強さのフローリアを思い出して、のほほんとしているのだが、一部の人は冷や汗をダラダラと流している。
 女だからとフローリアをかつて侮っていた人たちは、一様に顔色が悪い。

「そんな…」

 女だから、とこき下ろしてくれるのでは、と何だかよく分からない期待を抱いていた国王の側近は、へなへなとその場にへたり込んでしまった。
 だが、事実は事実でしかない。

「陛下に…報告だ…」

 よろりと立ち上がって、ふらふらと城へと歩いていく国王の側近を見送っている王立騎士団のメンバーは、困惑したように顔を見合わせる。

「あんなショック受けなくても、なぁ?」
「そうだよなぁ。でも良かったな、お嬢様」
「そうそう、死ぬほど嫌がってたもんな。王太子殿下との婚約」

 うんうん、と頷いた面々は当時のフローリアの様子を思い出して、揃って苦笑いを浮かべた。
 そして当時、アルウィンが気晴らしに、と何故か騎士団の演習の見学にフローリアを連れてきたことがあった。王太子妃候補となったから、忙しくなるフローリアへの気遣いか、とも思いながらも、婚約をしたことはおめでたいこと。
 だが、婚約おめでとう、と言われた瞬間に幼いフローリアがわんわんと泣き出してしまったことは、皆の心の内にしまっておいた方が良いに決まっているのだから。
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