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捨てたのはそちらが先なのに
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どうして、どうして、どうして。
頭の中にあるのはその単語ばかり。
どうして私は王太子妃候補にまだ内定しないの。
どうして、私はどこまでいってもライラックに足を引っ張られなければいけないの。
どうして――!
「(…っ、もう…!)」
ドン、と力任せに机をたたいても答えは出てこないし、クラスメイトからはどうしたんだ、と視線を集めてしまった。
アリカはまずい、と思いながらもどうにかしてにこりと微笑みかける。
「ごめんなさい、何でもないの」
フローリアを悪者に仕立て上げているものの、うまくいっているとは言えない状況だ。フローリアに過失がないことを彼女の友人たちが一斉に先生に証言しに行ってしまったことで、ミハエルの立場が一気に危ういものになりかけている。
加えて、ミハエルを溺愛しているはずの王妃までもがシェリアスルーツ家の味方に回りつつあると聞いてしまった、というかご丁寧にミハエル自身が教えてくれたものだから、勝手にこちらの立場がどんどん悪くなっている。
残るは王妃以上にミハエルを溺愛していると噂の王太后に頼るしか方法はないのかもしれないが、アリカがそう簡単に謁見などできるわけもない。
今王太后は、離れた場所で静養していると聞く。
「(殿下を信じるしかない…!)」
そうだ、顔が気に入ったからという理由だけだとしても、王太子妃教育でフローリアとの格の違いを見せつけてやれば良いだけの話なのだから。
かつて王太子妃候補になっていなくても、今はミハエルによって直々に王太子妃候補へと指名されたのだから、絶対にこの絶好の機会を逃すわけにはいかない。
幼い頃から憧れていた、国の女性の頂点たる存在になってみせるのだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ねぇ、分かるでしょう?」
ニタリと意地の悪い笑顔で、王太后はシオンへと提案した。
冗談ではないと痛む頭を押さえ、シオンは睨みつけるようにしてかつての母たる存在をじっと見る。
「……俺は、王位になんて興味がないと申し上げたはずですが」
「でもねぇ、王位継承権を放棄したとてあなたがクーデターを起こせば簡単に奪えてしまうじゃないのぉ」
「……」
「大人しくしていたと思えば、魔水晶や魔物の核に手を出してしまって…。それを使って何をしようとしているのかしら」
「別に、何も」
はぁ、と大きな溜息を吐いてシオンは母であるヴィルヘルミーナへとめんどくさそうに答えを返した。
「本当に?シェリアスルーツ侯爵家に採取を依頼しているそうではないの」
「…疑うならシェリアスルーツ侯爵に聞いてみたらどうですか」
「まぁまぁ、怖い顔だこと」
おほほ、と笑う母が一体何をしに来たのかシオンには想像もできなかった。
王都で噂になっている、ミハエルの婚約破棄宣言に何か関係しているのか、というくらいしか想像できない。
「……で、結局のところ何の用ですかね」
「まぁ冷たい、母に向かって」
「ジェラール兄上に王位を継がせたいが為に、俺を戦場に送りまくったアンタに冷たいとか言われたくありませんよ、クソ鬼ババア」
「…なんですって」
ババア、という単語が気に障ったのかヴィルヘルミーナがひくりと頬を引きつらせる。
「そういうところが可愛くなかったから、アンタなんかに王位を継がせたくなかったのよ!可愛いミハエルが捨てた中古品の令嬢との婚約を手土産に来てやったのに!」
「は?」
「(一体何を言ってやがるのよ、このクソババア!?)」
ぎょっとしたシオンを見て、ヴィルヘルミーナはにまりと機嫌良さそうに微笑んだ。微笑みというよりはにやけ顔に近いそれだったが、見ていて気持ちのいいものではない。
まして、それは母親が息子に見せるようなものではないものだった。
「何を…」
「シェリアスルーツ侯爵家の娘と、お前、婚約なさいな。ただでさえお前は独り身で、我が王家の恥となっているのですからね」
フローリアとシオン。
シオンがいくら国王の弟といっても、歳の差は十歳以上ある。まして、ヴィルヘルミーナがシェリアスルーツ家にこの話を通してからきているとは到底思えない唐突さ。
巻き込まれるのはごめんだと思っていたが、彼女をこちら側の都合に巻き込むことだってごめんだ。
「帰ってください、母上。どうやら貴女はとてもお疲れのようだ」
「あらぁ、心配してくれているのぉ?でも大丈夫、きっとお前はあの忌々しいライラックと婚約することになるわ!私の可愛い可愛いミハエルちゃんに捨てられた無様で、ミハエルちゃんの目を最初に奪って惹きつけた女狐!」
「……っ、帰れ!」
「うっふふ…良い返事を待っているわよ。拒否権なんてそもそもお前にないけれどね」
それではね、と帰っていくヴィルヘルミーナを嫌々ながら見送り、シオンは急ぎ足で自室に戻り、己の母親の突拍子もない思考回路と発言と、更に孫のミハエルに対しての溺愛を通り越した執着のような感情も、何もかも気持ち悪かった。
「……何なのよあのクソババア……!頭おかしいんじゃないの…!?」
少し前に所用があって騎士団に顔を出した時、ちらりと聞こえてきた『フローリアがミハエルとの婚約破棄を喜んでいる』とか、『フローリア様が殿下から解放されて良かった』などの声を多数聞いた、
会ったことがあるかもしれないけれど、シオンの記憶にはない。
だが、あの曲者ぞろいの騎士団員たちからあれほどまで評判の良い令嬢も、そうそう聞いたことはない。しかも、女性ながらにして侯爵家跡取りとして、これから本格的に活動を始めるのであれば、きっと自分なんかではなくもっと条件の良い婚約相手がすぐに見つかるだろう。
だから、王太后の目論見などすぐに潰えるだろうと思うが、相手はあの王太后だから油断してはならない。
「……どうしてアタシとの婚約なの……将来有望な子の未来を潰すことなんて、出来っこないわよ……」
思ったよりも王太后と会って会話をしたことの精神的ダメージが大きい。
「…ストレス発散…は……」
いつもならば魔石や魔水晶を見たり、核を見たりしていると自然と笑顔にもなるというのに、そんな気分にすらなれないのだから、かなりのメンタルダメージだ。
「……ラケル、ちょっといいかしら」
「あ、殿下!……うわ、顔色すごいですよ。お茶でも飲みますか?」
「水で良いわ…」
「…重症ですね。王太后様に何か言われたんです?」
「シェリアスルーツ家のご令嬢と婚約しろ、ですって」
「……は?」
色々な出来事に巻き込まれてきた自覚のあるラケルだが、さすがに突拍子が無さ過ぎてぎょっとしてしまう。
年齢差もそうだが、どうしていきなりフローリアとシオンを婚約させる、だなんて話になるのか意味が分からないだけではなく、王太后がこんなところまで絡んでくること自体が信じられない。
あれだけシオンを疎んで王家から遠ざけ続け、いっそのこと縁まで切る勢いでシオンが郊外に屋敷を構えたというのに、まだ絡んでくるのか、と言ってやりたかった。
「殿下、どうぞ」
氷を入れ、水の入ったグラスをシオンに手渡せば、受け取ってそのままシオンは水を一気に飲み干した。
「…おかわり」
「はい、どうぞ」
言われるがまま、ラケルはシオンに新しい水を注ぐ。
相当疲弊しているのか、普段ならばストレス発散にお気に入りの魔石など諸々を並べて楽しむというのに、それすらしないほどにメンタルをやられてしまったらしいのは、ラケルにも分かるほどだった。
「殿下、少しお休みになったら馬に乗って湖に行かれては?嫌な記憶は湖にでも捨ててきてください」
「何よソレ…」
ふは、と気の抜けた笑いをようやく返せたシオンは、ぐったりとソファーにもたれかかり、ぼんやりと天井を眺める。
「(まさかあのクソババア、シェリアスルーツ家にまで乗り込んだりしてないでしょうね…)」
少しだけ、と目を閉じたシオンは大きく深呼吸をした。
湖に行くのも良いが、迷惑をかけていないかどうか、シェリアスルーツ家に出向いて確認しても良いかもしれない、と思い、ラケルに便箋と封筒を準備させるように頼み、ちびちびと水を飲んでいた。
頭の中にあるのはその単語ばかり。
どうして私は王太子妃候補にまだ内定しないの。
どうして、私はどこまでいってもライラックに足を引っ張られなければいけないの。
どうして――!
「(…っ、もう…!)」
ドン、と力任せに机をたたいても答えは出てこないし、クラスメイトからはどうしたんだ、と視線を集めてしまった。
アリカはまずい、と思いながらもどうにかしてにこりと微笑みかける。
「ごめんなさい、何でもないの」
フローリアを悪者に仕立て上げているものの、うまくいっているとは言えない状況だ。フローリアに過失がないことを彼女の友人たちが一斉に先生に証言しに行ってしまったことで、ミハエルの立場が一気に危ういものになりかけている。
加えて、ミハエルを溺愛しているはずの王妃までもがシェリアスルーツ家の味方に回りつつあると聞いてしまった、というかご丁寧にミハエル自身が教えてくれたものだから、勝手にこちらの立場がどんどん悪くなっている。
残るは王妃以上にミハエルを溺愛していると噂の王太后に頼るしか方法はないのかもしれないが、アリカがそう簡単に謁見などできるわけもない。
今王太后は、離れた場所で静養していると聞く。
「(殿下を信じるしかない…!)」
そうだ、顔が気に入ったからという理由だけだとしても、王太子妃教育でフローリアとの格の違いを見せつけてやれば良いだけの話なのだから。
かつて王太子妃候補になっていなくても、今はミハエルによって直々に王太子妃候補へと指名されたのだから、絶対にこの絶好の機会を逃すわけにはいかない。
幼い頃から憧れていた、国の女性の頂点たる存在になってみせるのだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ねぇ、分かるでしょう?」
ニタリと意地の悪い笑顔で、王太后はシオンへと提案した。
冗談ではないと痛む頭を押さえ、シオンは睨みつけるようにしてかつての母たる存在をじっと見る。
「……俺は、王位になんて興味がないと申し上げたはずですが」
「でもねぇ、王位継承権を放棄したとてあなたがクーデターを起こせば簡単に奪えてしまうじゃないのぉ」
「……」
「大人しくしていたと思えば、魔水晶や魔物の核に手を出してしまって…。それを使って何をしようとしているのかしら」
「別に、何も」
はぁ、と大きな溜息を吐いてシオンは母であるヴィルヘルミーナへとめんどくさそうに答えを返した。
「本当に?シェリアスルーツ侯爵家に採取を依頼しているそうではないの」
「…疑うならシェリアスルーツ侯爵に聞いてみたらどうですか」
「まぁまぁ、怖い顔だこと」
おほほ、と笑う母が一体何をしに来たのかシオンには想像もできなかった。
王都で噂になっている、ミハエルの婚約破棄宣言に何か関係しているのか、というくらいしか想像できない。
「……で、結局のところ何の用ですかね」
「まぁ冷たい、母に向かって」
「ジェラール兄上に王位を継がせたいが為に、俺を戦場に送りまくったアンタに冷たいとか言われたくありませんよ、クソ鬼ババア」
「…なんですって」
ババア、という単語が気に障ったのかヴィルヘルミーナがひくりと頬を引きつらせる。
「そういうところが可愛くなかったから、アンタなんかに王位を継がせたくなかったのよ!可愛いミハエルが捨てた中古品の令嬢との婚約を手土産に来てやったのに!」
「は?」
「(一体何を言ってやがるのよ、このクソババア!?)」
ぎょっとしたシオンを見て、ヴィルヘルミーナはにまりと機嫌良さそうに微笑んだ。微笑みというよりはにやけ顔に近いそれだったが、見ていて気持ちのいいものではない。
まして、それは母親が息子に見せるようなものではないものだった。
「何を…」
「シェリアスルーツ侯爵家の娘と、お前、婚約なさいな。ただでさえお前は独り身で、我が王家の恥となっているのですからね」
フローリアとシオン。
シオンがいくら国王の弟といっても、歳の差は十歳以上ある。まして、ヴィルヘルミーナがシェリアスルーツ家にこの話を通してからきているとは到底思えない唐突さ。
巻き込まれるのはごめんだと思っていたが、彼女をこちら側の都合に巻き込むことだってごめんだ。
「帰ってください、母上。どうやら貴女はとてもお疲れのようだ」
「あらぁ、心配してくれているのぉ?でも大丈夫、きっとお前はあの忌々しいライラックと婚約することになるわ!私の可愛い可愛いミハエルちゃんに捨てられた無様で、ミハエルちゃんの目を最初に奪って惹きつけた女狐!」
「……っ、帰れ!」
「うっふふ…良い返事を待っているわよ。拒否権なんてそもそもお前にないけれどね」
それではね、と帰っていくヴィルヘルミーナを嫌々ながら見送り、シオンは急ぎ足で自室に戻り、己の母親の突拍子もない思考回路と発言と、更に孫のミハエルに対しての溺愛を通り越した執着のような感情も、何もかも気持ち悪かった。
「……何なのよあのクソババア……!頭おかしいんじゃないの…!?」
少し前に所用があって騎士団に顔を出した時、ちらりと聞こえてきた『フローリアがミハエルとの婚約破棄を喜んでいる』とか、『フローリア様が殿下から解放されて良かった』などの声を多数聞いた、
会ったことがあるかもしれないけれど、シオンの記憶にはない。
だが、あの曲者ぞろいの騎士団員たちからあれほどまで評判の良い令嬢も、そうそう聞いたことはない。しかも、女性ながらにして侯爵家跡取りとして、これから本格的に活動を始めるのであれば、きっと自分なんかではなくもっと条件の良い婚約相手がすぐに見つかるだろう。
だから、王太后の目論見などすぐに潰えるだろうと思うが、相手はあの王太后だから油断してはならない。
「……どうしてアタシとの婚約なの……将来有望な子の未来を潰すことなんて、出来っこないわよ……」
思ったよりも王太后と会って会話をしたことの精神的ダメージが大きい。
「…ストレス発散…は……」
いつもならば魔石や魔水晶を見たり、核を見たりしていると自然と笑顔にもなるというのに、そんな気分にすらなれないのだから、かなりのメンタルダメージだ。
「……ラケル、ちょっといいかしら」
「あ、殿下!……うわ、顔色すごいですよ。お茶でも飲みますか?」
「水で良いわ…」
「…重症ですね。王太后様に何か言われたんです?」
「シェリアスルーツ家のご令嬢と婚約しろ、ですって」
「……は?」
色々な出来事に巻き込まれてきた自覚のあるラケルだが、さすがに突拍子が無さ過ぎてぎょっとしてしまう。
年齢差もそうだが、どうしていきなりフローリアとシオンを婚約させる、だなんて話になるのか意味が分からないだけではなく、王太后がこんなところまで絡んでくること自体が信じられない。
あれだけシオンを疎んで王家から遠ざけ続け、いっそのこと縁まで切る勢いでシオンが郊外に屋敷を構えたというのに、まだ絡んでくるのか、と言ってやりたかった。
「殿下、どうぞ」
氷を入れ、水の入ったグラスをシオンに手渡せば、受け取ってそのままシオンは水を一気に飲み干した。
「…おかわり」
「はい、どうぞ」
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相当疲弊しているのか、普段ならばストレス発散にお気に入りの魔石など諸々を並べて楽しむというのに、それすらしないほどにメンタルをやられてしまったらしいのは、ラケルにも分かるほどだった。
「殿下、少しお休みになったら馬に乗って湖に行かれては?嫌な記憶は湖にでも捨ててきてください」
「何よソレ…」
ふは、と気の抜けた笑いをようやく返せたシオンは、ぐったりとソファーにもたれかかり、ぼんやりと天井を眺める。
「(まさかあのクソババア、シェリアスルーツ家にまで乗り込んだりしてないでしょうね…)」
少しだけ、と目を閉じたシオンは大きく深呼吸をした。
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