オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

文字の大きさ
24 / 65

勝手な「友達宣言」

しおりを挟む
「っ、わ、私は」

 言葉に詰まりオロオロとしているアリカ。
 ここまで塩対応をされるだなんて思っていなかったのだろう。
 しかし、アリカはまだ王太子妃候補となるという発表もされていなければ、そもそも王太子妃候補に内定すらしていない。
 ただミハエルから『フローリアとの婚約は破棄する!』と一方的に告げられたことで、順位が繰り上がったように見えているのだが、最初からアリカの名前なんて王太子妃候補の中に無かった。
 しかも、『候補』でしかない状態のフローリアと婚約破棄したとて、他に候補がいることをミハエルは綺麗さっぱりすっぱり忘れているのだ。

「家紋を拝見するに、シェルワース家とお見受けいたしますが、シェリアスルーツ家との繋がりはほぼないように思われますので、尚のことご確認させていただかないことには」
「な、何よ」
「当家に襲撃をかけようとする、シェルワース家を騙る誰かである可能性もございますゆえ」
「……!?」

 侮辱された、と顔を真っ赤にするアリカだが、約束もなしでいきなりやって来たことに加え、フローリアとの友人関係にあると一方的に叫んでいるものだから、疑いが深くなっても当たり前というもの。

「ライラックを呼んできてよ!」
「致しかねます。お嬢様と友人関係にあるというのであれば、御証明ください」

 何を、どうやって。
 そもそも友人ではないのだから、友人関係の証明なんかできるわけもない。
 まして、フローリアのことを学園で面白おかしく、無いことばかり吹聴して悲劇のヒロインを絶賛演じているのだから、そんな自分が何をどうやって証明しろというのだろうか。

「だから、ライラックを呼んできてくれれば解決するわ!」
「はぁ…」

 あまりに一方的であることは理解しているが、もうこれしか手段はない。
 アリカは必死に言い、その苦しすぎる言い分を目の前にいるフローリアはあきれ果てて聞いていたが、このままでは埒は開かない。
 さて、どうしたものかと少しだけ考え、隣にいる騎士へと耳打ちする。

「(もしかして、さっきからずっとこれ?)」
「(そうです)」
「(まぁ、それは困るわよね…)」
「(申し訳ございません…お嬢様のご友人と伺うと…)」
「(間違った対応をすると、わたくしの友人関係に影響が出てしまったら困るものね)」

 うんうん、と頷く騎士の肩をぽんぽんと叩いてねぎらうフローリア。
 というか、フローリアだけが全身がっちがちに鎧を身に纏っていて、フローリアの隣にいる騎士は普通に顔が出ていることへのツッコミはないんか、とアリカ以外が思っているのだが、空気を読んで誰も口に出さないままだ。
 うっかり口に出して顔を見せろ、とごねられても困る。
 触れないところは触れないままで、さっさと帰宅してもらわないといけない。

「…埒が飽きませんな」
「何ですって!?」
「お嬢様の名前も言えないような輩が、お嬢様のご友人なわけないでしょうに」

 わざとフローリアは挑発するように言う。
 さぁどうぞ、自分で墓穴を掘っていただこう。

 言い終わるが同時、フローリアは魔装具への魔力の流れを変化させ、武器をばっと出現させる。
 恐らくイラっとしていたであろうフローリアが用意したのは、たまにしか使用しない大剣。学園で一度フローリアがAランク魔獣相手に大暴れしたとき以来、あまり使用していなかったのだが、ここぞとばかりに出現させ、思いきり石畳の地面へと突き刺した。
 何とも形容しがたいドゴォ!という音と共に、大剣は深々と突き刺さり、剣の持ち手に手をかけたままで、じっとアリカを見据える。

「ひぃっ!あ、あなた!ライラックに言いつけますわよ!」
「どうぞ」
「…は?」
「ライラックは、お嬢様のお名前ではございません。先ほど申した通り、お嬢様の本来の名も知らぬような輩、御学友でもご友人でもあるわけがなかろう!」
「きゃあ!」

 怒鳴られ慣れていないんだろうな、という可愛らしい反応ではあるが、フローリアからすれば勝手に自分の友人を名乗って家まで約束無しで押しかけ、ついでに正門前でぎゃあぎゃあ騒ぐものだから、人通りがある故に何だ何だと注目を浴びている。
 まったくもって迷惑な話だ。
 家が密集しているわけではないから良いとして、誤解を招いてはいけないとフローリアは大剣を持ち直してひたり、とアリカへと突き付けた。

「ひ、ひいぃ!」
「去れ!当家のお嬢様の友人を騙る、いいや…シェルワース家すらも騙る不埒者めが!この件は王立騎士団、そして王都を守る警ら隊にも報告させていただく!」

 フローリアの迫力もさることながら、王立騎士団にまで届を出されては誤解を解くことがとんでもなく面倒なうえに、王太子妃候補にすらなっていないアリカにとってはシェルワース家そのものに大ダメージを与えることになってしまうから、それは避けなければいけない。
 両親には『殿下が私を婚約者に、って言ってくれたわ!』と意気揚々と報告をしたのだが、『そうか、で。いつその知らせが陛下たちより届くのだ?』と超現実的な反応しかもらえなかった。

「ま、待って、本当に!本当に私は!」
「くどい!」

 フローリアの怒りがじわじわと膨れ上がっていくと同時に、剣を握る手にも力が込められていく。

「立ち去れ!」
「ひ、ひぃ!」

 一喝され、アリカはみっともなく駆け出し、慌てて馬車を走らせてシェリアスルーツ家前からようやく退散した。

「…ふぅ」

 かぽ、と兜部分を取ってから魔装具の武装を解除し、大剣も一旦元に戻してからブレスレットの形へと変わってフローリアの手首にしゅるりと巻き付いたことを確認してから、地面に手をひたりとあてる。
 そして次にフローリアは、魔力を地面に向けてぐっと放った。

「えーっと…修復開始!」

 これでいいかな、と修復魔法をかけて、地面をぼこぼこと元通りの形に戻していく。
 先ほど大剣を突き刺した石畳の箇所も、突き刺す前のように綺麗な状態へと戻っていったのを確認してから、よし、と呟いて立ち上がる。

「おお、元通りですね!」
「とりあえず状態修復は出来たから、これで良いかしら。皆さまをお騒がせしてしまったし、あなたにも大変な相手の対応をさせてしまったわね」
「いえ、こちらこそお嬢様のお手を煩わせてしまいまして、申し訳ございません!」
「次から、ああいう人にはわたくしの『フルネーム』を聞いてみると良いわ。答えられないから」

 にこ、と無邪気に微笑んでフローリアが言った内容に、門番共々、騎士ははて、と首を傾げる。

「大体、わたくしは『ライラック』で通っているのよ。通り名なのに、本名だと思っている人が多いから」
「え?」
「うふふ」
「フローリアお嬢様の御名前を、ご存じないのですか…」

 そんな人いるんだな、という騎士たちの言葉に、フローリアはひっそりと和む。
 そうよね、うちの騎士はわたくしの名前を知っていてくれているものね、と内心、とってもご満悦でうんうん、と頷いている。
 それがどれだけ嬉しいことか、と思いつつ何か対策を考える必要がある、と心に留め置き、レイラや友人たちがこちらを見ていることに気付いたフローリアは、そちらに向けて、笑って手を振ったのだった。
しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

処理中です...