オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

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ひっくり返された

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 アルウィンが来たことにより、フローリアの友人たちは『アルウィンのおじさま~』ときゃっきゃとしながら手を振ったりしている。
 ちなみにアルウィンもフローリアの友人たちとは親しく会話ができるので、『おや美しいご令嬢がた、お元気ですかな?』と冗談めいた口調で手を振り返している。

「ふざけた、ことを」

 ミハエルは、目の前のアルウィンがにこやかに笑っている光景と、自分がフローリアを呼んだつもりで『ライラック』と口に出してから返ってきた、自分が望んでいない人からの返答に、怒りがまた込み上げてきていた。
 自分の知るライラックは、あくまでフローリアなのだ。どうしてアルウィンが返事をして、しかもここにいるのだ、と憤怒の形相になっているミハエル。
 下から見上げていてもそれがありありと分かる顔に、シオンは楽しくてたまらないのか必死に笑いを堪え、ゆっくりと語り始める。

「そうか、お前は……きちんと学んでいないのだな。そうかそうか……いやぁ、無能っぷりを発揮してくれてありがとう、ミハエル。本っ当にお前は……」

 すぅ、と息を吸い込んで、笑顔から一転。途端に真顔になって殺気を込めてシオンは続けた。

「どうしようもない、馬鹿で、愚か者だ」

 反論したいが、あまりの殺気の大きさにミハエルはぎくりと体を強ばらせる。
 アリカもミハエルにしがみつき、がたがたと震えているが、シオンの隣に立っているフローリアはケロりと平気そうにしている。

「(何で、アイツ平気なのよ……っ!)」
「あ」

 上にいる二人の様子にはっと気付いたシオンが、隣にいるフローリアに視線をやったが、その視線を感じ取ったフローリアが上を向いたことで二人の視線がぱち、と合った。

「フローリア、大丈夫?」
「はい。お父様やお母様に比べたら、シオン様は手加減してくださっておりますもの。平気です」

 まるで何でもないように頷き、答えてくれたフローリアにシオンは優しくほほ笑みかける。
 態度がまるで天と地の差であるが、愛しい相手とどうでもいい相手、態度が違うのは当たり前のことだろう。

「そ、そそ、そん、だっ、て、だって、ライラック、は!」
「だから、今のライラックが返事をしただろう。お前が呼んだんだからな」
「違う!!」

 子供のように地団駄を踏みそうな勢いで、ミハエルは必死に反論している。
 アルウィンはしれっとシオンの前に出てきて、嫌味なほどにこやかな顔で言い聞かせるように、シオンの言葉に続けて口を開いた。

「ライラック、はシェリアスルーツ家当主に代々与えられる通り名のことです。殿下、まさか知らなかった、とは言いませんよねぇ?」
「俺の事をバカにするな!!」
「それは良かった。知っている、ということ前提でお話をしましょうか」

 うんうん、と頷き、そしてアルウィンはまた続ける。

「ここにいる我が娘、フローリアが次代のライラックです。だから、殿下にも『ライラック』だ、とお伝えいたしました」
「……え」

 とても簡潔に、淡々と紡がれていく事実。

「いやぁ、まさかここまで通り名しか呼ばれないと思っておりせんで。慣習化しすぎたが故に、我らも今反省しているところなのですよ」

 何を、と問いたい。
 どうしてフローリアはただ、悠然と微笑んでいられるのか、とミハエルは怒鳴りつけたかった。
 いいや、怒鳴りつけたところで、何も変わらない。

「殿下、わたしがここにやって来たのは国王陛下の命によるものです。国内の様々な貴族のご子息やご令嬢がいらっしゃる、この会場の警護を、わたしにお任せになったからこそ、わたしはここにいる。しかし、やってきてみれば……何ともまぁ、お粗末な」

 溜め息を吐くアルウィンに、今すぐ謝らなければならない気が、ミハエルもアリカもしていた。
 それなのに、口が動いてくれない。どうしても謝罪の言葉が出てこない。それどころか、歯がガチガチと音を立てて震えている。
 アルウィンからも、シオンのように殺気がじわりじわりと出ているのだ。向けられているのはミハエルとアリカに対してだから、恐怖がとんでもない勢いで溢れてくる。

「そ、の」

 ミハエルが口を開いた瞬間、フローリアが父とシオンの肩をぽんぽんと交互に叩く。まるで『落ち着いて?』とでもいうように、いつも通りどこまでも穏やかに。
 あぁ、あいつはやはり俺の味方だ!とミハエルが喜んだ瞬間だった。

「そちらのアリカ様に対して、わたくしが嫌がらせをする理由は、何でしょうか」

 笑っているのに、底冷えするような迫力をもって、フローリアは問いかける。いや、問いかけるというよりは確認している、の方が正しいかもしれない。

「そんなの、決まってる!ミハエル様の寵愛をあなたは」
「まぁ、そんなもの犬にでもくれてやりますわ。最もわたくしに不要なものです」
「……はぁ?」

 一国の王太子妃、ゆくゆくは王妃になれるというこの身分が欲しくないのか!とアリカは思うのだが、フローリアはどこまでも興味を示さない。
 このままでは計画がズレてしまう。
 フローリアにあれこれ押し付けて微笑むだけの、そんな夢のような王太子妃としての生活が、と考えているとフローリアが更に言葉を続けた。

「どうしてミハエル様の寵愛をわたくしが、欲しているとお思いになりまして?」

 どうして、だなんて決まっているではないかと、アリカはフローリアを睨んで言った。

「だって、女性なら王太子妃、ゆくゆくは王妃に憧れるでしょう!?」
「わたくし嫌ですわ、そんなの」
「は!?」

 間髪入れずに、フローリアにしては少しだけ大きな嫌そうな声で言われた内容に、会場はざわつき、フローリアの友人たちは笑っていた。

「人の思いをこうだ、と勝手に決めつけないでくださいませ。そもそも殿下との婚約を嬉しいだなんて思ったことは一度たりとてございません。嫌だと思ったことしかございません」

 これを聞いてぽかんとなったのは、アリカだけではない。ミハエル自身が一番驚いている。

「は……?」
「まぁ殿下、どうしてそのように驚くのですか?わたくし、一度たりとて殿下をお慕いしているだなんて、申し上げたことございませんでしょう?」

 確かに、ない。
 好きだとか、ずっとそばにいたいとか、そんなことは、ひと言たりとも聞いたことがなくて、ミハエルは慌てて今までを振り返る。

「だって、お前は婚約を受け入れて!」
「王家の権力総動員でこられれば、どうして拒否できましょうか」

 げんなり、という言葉の示すとおりの嫌そうな顔を珍しく外でも披露しながら、フローリアは困ったような口調で続けた。

「王太后さまの権力と、王妃様の権力、持てるもの全てをお使いになって、背後から我が家を雁字搦めにするかのようにしての無理やりな婚約締結でしたもの」
「最悪だな」

 ほいほいと明かされる事実に、ミハエルの顔色は真っ赤になったり真っ青になったりと忙しい。
 勉強だけできる完璧主義な王太子殿下としての顔が、崩れていく。
 なお、シオンもアルウィンも、フローリアの友人たちも、面白くて仕方ないようで、爆笑したいのを必死に堪えている。
 王家との婚約を嬉しいものとばかり思っていた、いいや、決めつけていた他の人たちは普段見たことのないフローリアの弾丸を放つかのような口撃に、ぽかんと口を開けている。

「良かったですわ、そちらから破棄してくれて。そして、えぇと……アリカ様?でしたっけ」
「さっき普通に名前呼んだくせに白々しい!」
「興味がございませんでしたので、失礼いたしました」

 更なるトドメに、アリカは思わずその場にへたり込む。だが、フローリアは容赦しない。

「貴女様のサポートなど言語道断、お断り申し上げます。言いがかりでしかない先日届いたお手紙は、国王陛下にご提出いたしましたので、悪しからず」

 フローリアを断罪するはずが、何もかもひっくり返ってしまった現状に、ミハエルもアリカも、もう為す術なくわなわなと震えることしか出来なくなってしまった。
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