オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

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捨ててくれてありがとう

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 ミハエルは、全てを手に入れるつもりだった。
 己の容姿に釣り合う美しい婚約者、父が国王であるからこその次代の王の座、機転のきく従者も。全て、何もかもを手に入れて、輝かしい未来を自分が輪の中心で成し遂げると決めていた。
 その力はあるのだ、と祖母からずっと言い聞かせられていた。

『ミハエルちゃん、あなたはとってもいい子ね』
『あなたは、必ず国王になるのよ』
『おばあちゃまと、お母様にぜーんぶお任せなさい』
『欲しいものは何でも手に入れてあげるわ』
『あなたが孫で、おばあちゃまは鼻が高いわ。あなたは自慢の孫よ、ミハエル』

 にこにこと微笑んでくれている先代王妃でもある祖母は、ミハエルの欲しいものを本当に何でも手に入れてくれた。
 その筆頭がフローリアだ。
 可愛らしく控えめで、相手にされないからとキーキー騒いだりしない、落ち着いた女の子。
 年頃のうるさい令嬢と比較しても、自分の隣に並んでくれたらさぞかし良い組み合わせに見えるだろうと思ったミハエルは、権力をフル活用してフローリアを婚約者にした。
 それが無理矢理であるとは理解はしていたものの、フローリアが手に入るのならば、それで良かった。

 パーティーに来ていたところの、家族で笑いあっていた幼いフローリアに、ミハエルは一目惚れをした。
 恐らく姉妹であろう同い年くらいの女の子と、母親と、父親と、仲良く笑いあっていて、とても柔らかい雰囲気を醸し出している、とっても可愛い女の子。

「(あの子が、俺の運命の子だ!)」

 祖母である王太后に、慌てて駆け寄って話せば『まぁまぁ、ミハエルちゃんが欲しいなら手に入れてあげましょうね』と微笑み、そうして婚約者にしたのだ。
 母である王妃も『あの子ならきっと良い王太子妃になるわ。さすがわたくしのミハエル、見る目がありますね』と褒めてくれた。
 皆で大切にしてあげるから、きっとフローリアも幸せだと思っていたのに。

「……ライラック=シェリアスルーツと申します」

 淡々と、能面のような顔で自己紹介されたとき、ミハエルはとてつもなく困惑した。
 どうしてこの子は、笑っていないのだろうかと。
 だってあの時は笑ってくれていて、あたたかな雰囲気で、と頭の中を色々な思いがとてつもない速度で駆け巡っていく。

「よろしく、お願いいたします」

 義務で自己紹介しています感がありありと見えるが、きっとこれは緊張しているからだ、と前向きすぎる解釈をしたミハエルは、にこにことフローリアの元へ歩み寄り、そして悪気なくこう告げた。

「お前の顔の良さは、俺の隣に並ぶにふさわしい!前にも話したが、お前は強いひとがいいんだよな!俺は王家の人間だ、つまりお前の家よりも遥かに強い!だから、俺がいいんだ!」

 超次元的な解釈なことに加え、孫バカ王太后と、当時は息子バカだった王妃のありとあらゆる手回しによって、フローリアはとてつもなく嫌々ながら、王太子妃候補となってしまったのだった。

 フローリアはとても優秀だったことに加え、王太子妃教育を始める前には侯爵家の跡取り教育が始まっていた。

 だから、ある程度の礼儀作法の動作は身についていたから、というのもあるが、家柄の特徴も相まって体幹が物凄く良かった。なので、カーテシーの際によろめいたり、ぶれたりもしなかい。
 なおかつ、綺麗な歩き方の練習のために本を頭の上に乗せて歩かせても、問題なくスイスイと歩く。普段の鍛錬の賜物なのだが、ミハエルはこれを『自分と結ばれたいがために必死に家で反復練習をしてくれていたから身についた!』と大層な誤解のもとに理解した。
 お前どれだけ夢見がちな天才児なんだ、と当時からシェリアスルーツ家とシェリアスルーツ家の親戚一同は頭を抱えていたのだが、相手は王太子。そんなこと口になんか出せやしない。
 このままフローリアが王太子妃になってしまったりしたら、またあの当主選抜を行うのか……とげんなりしていたところに、まさかのタイミングでの婚約破棄に、喜ばないわけがない。

 ──という諸々のお知らせを、今このパーティーの場で暴露してやろうか、とアルウィンは考えているのだが、ミハエルは呆然としていて、恐らく言ってもダメージが通りそうにない。
 やるなら一番効果的にやらないと意味がないのだが、しかしアリカは理解しているようで、こんなはずではなかった、という顔をしている。

「殿下、そちらの王太子妃候補からの我が娘への嫌疑ですが……信ぴょう性はいかほどですか?」
「は、え?」
「だから、どの程度信用しても良いものですか、と聞いております」
「それ、は」

 アリカが言ってくれたのだから、どこまでも信用しろ!とはミハエルは言えなかった。
 自分が選んだ相手の間違いなんて、あるわけない。
 だって、自分は間違いなんてするわけないのだから、相手だって間違えるわけがないのだ。
 そう思っていたところに、シオンの痛烈な一言が突き刺さる。

「完璧主義のミハエルぼっちゃんに教えてやろう。間違っていても『正しい』と捻じ曲げまくりなお前の母親と、俺の母親……お前にとっての祖母のせいで、間違いであっても正しくなってしまったのだから、何が正解か、わからんだろう?」
「…………ぁ」

 母も、祖母も、口を揃えて言う。
『あなたは大丈夫』、『あなたはいい子だから』、『お母様にお任せなさい』、『おばあちゃまが何でも叶えてあげるわ』。
 考えなしに今まで行動していたが、それをサポートしてくれていたのはフローリア。
 そして、フローリアがいてくれたから、側近も何とかやっていけた。フローリアの思いやりという優しい感情のおかげで、ギリギリではあったが、ミハエルは『優秀な王太子殿下』でいられ続けた、という話なのだ。

「王太后は、孫であるお前を溺愛している。だがな、愛してるなら間違いは正さなきゃいけないことくらいは理解出来るか?」
「俺は……、俺は間違えたりしない!!」
「そうか?まぁ、お前がそう言うならそれでも良いんだろう。だが、俺はお前に礼を言わなければならん」
「は……?」

 ミハエルは、シオンからお礼を言われるようなことなんてしていない。
 一体何が、と訝しんでいると微笑んだシオンがフローリアを見下ろす。その視線に気づいたフローリアが視線をシオンへと向けた。
 まさに想いあっている二人、という光景にミハエルはまたギリギリと歯を食いしばる。

「ありがとう、お前がフローリアを捨ててくれたから、俺のものになった」

 シオンはそう言って、フローリアを愛しげに抱き締める。
 まるで、ミハエルから隠すように、大切な宝物を隠してしまうように包み込んだ。

「あ、の……シオン、さま……」
「ちょっとだけ抱き締められてなさい、アタシのお姫様」
「あぅ……」

 もぞもぞと身動ぎしたフローリアだったが、そのままシオンの言う通りに腕の中で大人しくなる。

「な、っ」
「そして、もう一度言うが、お前が捨てたものを拾え、と俺に命じたのはお前のことを愛してやまないおばあさまだよ」

 フローリアが今シオンに向けている、あの笑顔が、欲しかった。
 だから、無理やりにでも婚約者にしたのに。

 何もかもが、台無しになった。
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