オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

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待ちわびる

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 早く来い、とヴィルヘルミーナはシェリアスルーツ家の面々が来るのを今か今かと待っているのだが、来ない。
 手紙が届けられて早一週間。
 卒業式があと三日後に行われるというのに、どうして来ない、と憤慨してみるが使いの者をやれば何だか負けるような気がしているのでやりたくない。

「おのれ……小生意気なライラックどもめ……!」

 ヴィルヘルミーナは理解はしているが、アルウィンの名前が出てくるよりもまず先に、ライラックという名前が出てきてしまうのだから、いかに浸透しているのかがこれで分かってしまう。

「シェリアスルーツ家はまだ来ぬか!」
「は、はい……」
「おのれ……!」

 手にした愛用の扇をぎりぎりとへし折れそうなほど曲げ、側近から『それは先王様よりいただいた扇にございます!』と注意をされて、はっと我に返った。

「いけない、陛下との思い出の品が」

 先王のことを話すときは落ち着いた老婦人だというのに、それ以外となればどうしてあのようなモンスター発言ばかりしてしまうのだろうか。
 確かにミハエルとジェラールは、先王の生き写しと言わんばかりの顔をしている。
 シオンはどちらかといえばヴィルヘルミーナに似ている。
 それだけで差別するのか、と呆れる者も多いのだが、ヴィルヘルミーナからすれば先王の忘れ形見ともいえるジェラールと、孫の顔を借りて自分に会いに来てくれたのだと錯覚させるようなほどに先王に似た孫のミハエル。
 捻じ曲がった感情だと理解はしていても、ヴィルヘルミーナは亡き夫を忘れることができないまま。

「……このわたくしが手紙をわざわざ書いてやったというのに……、身の程をわきまえない大バカ者どもが……!」
「母上、シェリアスルーツ家に何をしたのですか!」

 ブツブツと呪文のように呟いていれば、ジェラールが部屋へと駆け込んできた。
 部屋と言ってもここは王太后専用の離宮。
 本宮ともいえるべき場所からは離れており、ジェラールの息が切れていることから走ってきたのが分かる。

「まぁ、何ですかジェラール。人聞きの悪い」
「母上、大人しくしていてくださいとあれほど念を押したではありませんか! 一体次は何をしたんですか!?」
「いやねぇ、ちょっと今回のことに対して文句を言いたいから、ここに来いと手紙を出しただけよ」
「我らは文句を言えるような立場ではございません!」

 必死に言うジェラールだが、ヴィルヘルミーナは聞こえていないのか、聞こえていないふりをしているのか読み切れない。
 ほほほ、と優雅に笑いながらなおもヴィルヘルミーナは言葉を続けた。

「よいですか、ジェラール。我らは王家の人間ですよ。我らがたかが貴族に媚び諂って、何の良いことがあるというのですか」
「本気ですか……?」

 信じられない、という顔をしてるジェラールだが、ヴィルヘルミーナは冗談でなんか言っているわけではない。全て、丸っと本気だ。

「そのたかが貴族に、どれだけ助けられているとお思いなのですか!」
「貴族たるもの、我らに尽くすのは当たり前でしょう。王家からどれほどの恩恵をあやつらが受けているとお思い?」
「母上……!」

 駄目だ、話にならない。
 ジェラールは己の母ながら、ヴィルヘルミーナがこうまでも厄介な存在だったのかとようやく思い知る。
 そしてこの人が、ミハエルを散々甘やかしたからつけあがり、結果としてシェリアスルーツ家との関係にヒビが入りかけたのだ。フローリアがどれほど心を砕いてくれていたのかなんて、ミハエルはこういう状況になるまで考えることすらしなかった。

「失礼いたします!」

 どうにかせねば、とジェラールは必死に考えていたが、王太后に永らく仕えている侍女が慌てて王太后の部屋へと駆け込んできた。

「何事ですか、騒々しい……」

 嫌そうに扇を広げ、口元にあててから溜め息を吐いているヴィルヘルミーナだが、続いた言葉に頬を引き攣らせた。

「ルイーズ様が、お戻りになるそうでございます」
「ルイーズが……?」

 ヴィルヘルミーナの天敵ともいえる存在。
 あれが己の娘だなんて思いたくなかったけれど、正真正銘、己が産み落とした子。
 女のくせに政治学を学びたい、帝王学を学びたいとうるさかったから、使えるツテをフル活用して他国に嫁がせた。

「どうして、あれが!」
「シオン様の婚約祝い、だそうです」
「何故知っているの!あれには教えていないわ!」
「恐らく……シェリアスルーツ侯爵夫人が……」
「ルアネ……っ、よくも……」

 ギリギリと拳を握り忌々しげに呟くが、個人的な連絡まで制限できるわけなんかない。
 そこまで制限をかけるのであれば、せめて身内になってからだとは思うが、身内であろうとも個人の連絡を制限するとしたら幼子くらいではないだろうかと思う。
 ルアネはルイーズを護衛していた時からうまがあっていたし、結婚して他国に嫁いだと言っても連絡するしないは自由。むしろ、以前よりも頻繁に手紙のやり取りをしているのではないか、というくらいだ。

「どの面下げて戻ってくると……」
「友人であり、かつての騎士であったルアネに会いたいから、というのが表向きの理由のようです」
「……ああもう!!」

 何もかも、思い通りにいかない。
 ヴィルヘルミーナは、扇をついに床にたたきつけ、ぜぇはぁと荒く呼吸をしたのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「まぁ、ルイーズ様が」
「姉上が!?」

 ひく、と頬を引きつらせるシオン。
 良くも悪くも、厳しく優しい姉であるルイーズが帰国する。
 顔を引きつらせているシオンと反対に、フローリアは嬉しそうにほわほわとしている。

「もしかして、フローリア……姉上大好きだったりする?」
「はい!ルイーズ様は、わたくしの憧れなんですの!」

 目をきらきらさせるフローリアは、とても可愛い。可愛いのだが、姉が来るとなってはフローリアと思う存分いちゃつけない。
 それが嫌でシオンは深い深い溜息を吐いたが、姉が来ることを楽しみにしており、なおかつフローリアが幸せならそれでいい。

 良いのだが、どうして唐突に。

「わたくしがちょっと助けを求めまして」

 シオンの心を読んだように、ルアネがしれっと答えた。

「何してくれてんのアンタ」
「ヴィルヘルミーナさまの一番の弱点であり、天敵でもございましょう?」
「そうだけど!」
「まぁ、王太后さまの天敵ですか? ルイーズ様が?」

 何故だかうきうきしているフローリアは可愛いのだが、どうしてヴィルヘルミーナの弱点を聞いてうきうきとしているのだろうか、とシオンもルアネも首を傾げた。

「フローリア、珍しいこともありますね」
「はい!」

 ルアネの言葉に満面の笑みを浮かべたままのフローリアは、上機嫌に告げた。

「だって、王太后さまを言い負かせる貴重な存在ですわ! 是非とも教えを請わねば!」
「あぁ……」
「そっち……」

 フローリアの言った内容に、シオンもルアネも納得して頷いた。
 そりゃそうですよね、と思いつつ、フローリアが王太后対策を覚えたらきっと色んな意味で『最強』なのでは、と二人揃って思ったのだった。
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