オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

みなと

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嵐の前のなんとやら

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 里帰りをする、とは言っても誰も『王宮に真っ先に顔を出します』とは言っていない、というのがルイーズの主張。

「まったく……お母様にも困ったものね」
「ありがとうございます、ルイーズ様」
「良いのよ、むしろよくぞわたくしを頼ってくれました」

 にこにこと上機嫌なルイーズを見るシオンは、どことなく小さくなっているように思えて、フローリアはきょとんとしてシオンの服の裾をくいくいと引っ張った。

「シオン様、どうなさいましたの?」
「……フローリア」

 あのね、と続けようとしたシオンの頭を、がっちりとルイーズが鷲掴んだ。

「あら」
「あ、姉上!?」
「シオン、此度の婚約に関してはよくやりました。ヘタレのくせに」
「最後のひと言はいらな、あいたたたたたた!!」
「まぁ、お見事ですわ」

 ぎちぎちと音が聞こえてきそうなくらいに指にも手のひらにも力を入れ、渾身の力でシオンの顔を鷲掴みにしているルイーズ、という異様な光景なのだが、フローリアはぱちぱちと手を叩いている。
 流れるような動作だったことがフローリアにはすごい!と映ったらしいが、頭をがっちり掴まれているシオンはとにかく痛いらしく、姉の腕をばしばしと叩いている。

「姉上! 女性は指の力が! 強いので! あの、めっちゃ痛い!」
「お黙りなさい! トラウマがあるとはいえ、あの程度のクソババアに対してそろそろ言い返すかやり返すかくらいしなさい!!」

 シオンの訴えは丸っと無視したルイーズは、怒涛の勢いでシオンを叱りつけた。
 だが、トラウマを植え付けた本人に対して言い返すというのは、誰にとっても至難の業だし、簡単に出来ていれば苦労はしない。

「んなこと言ったって、ものには限度ってもんが!」
「いつまでもやり返さないから、あのババアが付け上がって貴方を利用し続けるのよ! わたくしはそれが嫌なの!」
「へ?」

 どうにかこうにかルイーズの手をべり、と剥がしたシオンが見たのは、ぼろぼろと涙を零しているルイーズだった。
 姉がこんなに涙を零しているところは、いいや、そもそも泣いているところは見たことがない。
 いつも強くて、真っ直ぐで、確固たる自分というものを持っている人が、こんなところを見せるなんて、と思ったがフローリアの言葉にハッとした。

「あぁ……ルイーズ様が大切にしている宝物、とはシオン様だったのですね」
「え……?」
「……」

 シオンによって手を離されたルイーズは、少しだけ不貞腐れたようにしていたが、フローリアの言葉に素直に頷いた。

「そうよ。よく覚えていたわね、リア」
「ルイーズ様が、とても嬉しそうにお話されておりましたから印象に強く残っておりましたもの」
「……大切な弟だもの。お父様に顔が似ていないからといって、冷遇されていいことなんて、絶対にないわ」
「えぇ、本当に。シオン様は、シオン様ですもの」

 フローリアが、シオンを認めてくれている。
 あれだけ『口調を気にしたらどうしよう』とか、『年齢差が気になってしまう』とか、色々考えていたけれど、そんなマイナスの感情を全て吹き飛ばす勢いで大切にしてくれる。
 フローリアもそうだが、姉であるルイーズも、シオン自身のことをこんなにも想ってくれていたのか。そう思うとシオンはじわりと涙が溢れてきてしまった。

「……っ」
「何ですか、男子が泣くものではありませんよ」
「姉上、だって……泣いて、ます」
「わたくしは良いのです、わたくしは」
「ルイーズ様、シオン様、はいこれどうぞ」

 はいこれ、とフローリアは愛用のハンカチをそっと二人に差し出した。
 愛らしい刺繍が入っており、繊細な細工のそれは手の込んだものだとすぐに分かった。

「……フローリア、これ」

 シオンが零した声に、フローリアは照れたようにはにかんで微笑んだ。

「僭越ながら、わたくしが」
「あらー……綺麗な刺繍……。ねぇ、このままもらっていい?」
「だ、駄目です!」
「え、何でよ」
「それはその、もっと、あの……」

 ぽそぽそと呟くフローリアが何を言っているのか、とシオンが耳を近付ける。
 そうしたら、とても小さな声で『もっと、綺麗に出来たのを差し上げます』と真っ赤になって言ってくれたフローリアがあまりにも可愛らしく、勢いよく抱き締めたことに関して俺は悪くない、というのがシオン談。
 うるせぇ人前だボケ弟わきまえろ、というのかルイーズ談。
 人前なのでちょっと離してほしいけど、離そうとしても離れてくれないのでどうすればいいのか分からない、というのがフローリア談。
 三者三様なのだが、誰が何を考えているのか分かりやすすぎて面白い、というのがルアネいわくであるが、恐らくこの光景を見ると間違いなくアルウィンがキレる。
 今日、アルウィンが仕事でここにいなくて良かった、と心底思う。
 とはいえ、里帰りすると言いながら、実家ではなくこのシェリアスルーツ家にやってきている状況はよろしくないのでは、と思ったルアネはごほん、と咳ばらいをした。

「ルイーズ様、我が家に来て下さること自体は良いのですが」
「……」
「そろそろ王宮に向かわれては?」
「嫌がらせで、呼ばれるまでここにいちゃダメかしら、わたくし」
「駄目です」

 ルイーズからはちっ、と舌打ちが聞こえたような気がするが、それもそうかと思い直し、手をパンパンと鳴らす。
 そうすれば、ルイーズの御伴のメイドがすっと現れ、大量のお土産を持ってきた。

「ルイーズ様……」
「お土産ですわ。わたくしの母が迷惑をかけましたし、良ければどうぞ」
「量をお考え下さいませ!」

 母とルイーズのやり取りを見ていると、本当に仲が良いのだな、とよくわかる。
 フローリアは少しだけ羨ましさを感じながらも、改めて気付く。

「シオン様、離してくださいませ」
「……えー……フローリアったら、気付かなくてよかったのにー……」
「……」

 言えない、心地よくて言えなかった、だなんて。
 フローリアは一度だけ、自分からぎゅうと甘えるようにシオンに抱きついて、そして硬直したシオンからぐいぐいと離れにかかる。
 その様子を思わず見てしまっていたルイーズとルアネは、どちらからともなく合図をしたかのように、『うん』と頷き合った。

 ミハエルにだけは決して見せなかった行為でもあるし、フローリアがそれだけシオンを信頼しているという証。

 あのまま王太子妃になっていれば、決して見られなかったフローリアの行動。
 そして、なし崩しとはいえ、双方好きな人と結ばれているということも、貴族らしからぬ結婚ではあるが、それはそれでよし、である。

 フローリアが居ない場で、ほんの少しだけ、シオンが湿っぽくなって『自分とフローリアは両想いに違いないが、実は違っていたとか、いざとなって嫌われたりしたくない』とか言っていたのだが、言われたルアネとアルウィンは『どこが!?』と叫んだ記憶はとても新しい。
 フローリア本人にだけは、決して言わないあたりシオンらしいとでもいうべきなのだろうか。

 こうして甘えるように抱きついたり、出来の良い刺繍をシオンにあげたい、とか言っていたり心に決めている女の子が、その相手のことを好きではない、という結論になんかなるわけないのだ。

 ふんわりおっとりな空気を醸し出している二人を見て、ルイーズはこう思った。

『ああ、きっと今回の婚約破棄騒動は、この二人が出会うために神によって仕組まれたのでは』

 ――と。

 心配しなくてもこの二人ならば大丈夫そうだ、という結論にも達することが出来たルイーズは、座っていたソファーから立ち上がった。

「シオン、フローリア、おめでとう。お二人ならきっと大丈夫だし、わたくしはこれから王宮に行きますので」

 そして、にこ、と優美に、自信満々な声音で言った。

「何があろうと、わたくしは貴方たちの味方です。思う存分、暴れなさい」
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