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50,後悔するならば

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「ローレン、なんか疲れてる?大丈夫?」

 第二王子のアルバート殿下を腕に抱きながら問いかけてきたのは、この国の王妃であり自分の仕える主であるレイ様ーー王妃だ。

「…最近よく眠れなくて。ご安心下さい、仕事はしっかりとこなしますので」
「そんなに無理しなくていいんだからね?ほら、もうローレン一人じゃないんだから。ねぇ、ルザナ」
「そうですよ。私のことも頼って下さい」

 そう言いながら一歩後ろから語りかけてくるのは、つい最近近衛騎士から護衛としてこちらに配属されたルザナ・シルバーザ。

「……大丈夫だ」

 別に自分は人見知りする方ではないけれど何となく苦手意識を持ってしまうのは、今までレイと二人きりの生活に慣れてしまっていたからだろう。
 新婚だからという王と王妃の計らいで、夜は家に返されるようになった。けれども自分はなんだかんだ言って、主に頼られる生活がそれなりに楽しかったのだ。

「…ルザナ、ローレンと話したいことあるから…」
「承知致しました。私は外に出ております」

 礼を取って外に出た彼を横目で見送り、ローレンはレイの方へと体を向けた。

「何でしょうか?」
「うん、単刀直入に聞くけどね。ローレンの初めての人って誰?」
「……またその話ですか」

 つい最近に夫から尋ねられたことを思い出して、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまう。

「好きな人のことは気になるもんでしょ?俺だって、俺と出会う前のリヴィウスの女遍歴気になるし」
「…陛下が愛したのは貴方が最初で最後です」
「それでも気になるんだよ。大好きだから全部知りたいの。これ以上ないくらい嫉妬しても、醜くても、全部分かっていたいの」

 彼は陛下の間でどんな会話があって、どんな時間を過ごしたのか。そんなこと知らないし知りたくもないけれど、きっと彼に取ってはかけがえのない、大切な時間なのだろう。

「あのロイス兄様がローレンに一目惚れした時から、俺もうずっと兄様のことよく分からないけれど。ただ、ほら……娼館の子のことに関しては本当に反省してたし」
「アンタら本当に仲良いな…」

 自分が休憩に入った時なんかにタイミング良く来ているらしいが、兄弟でもそんなに事細かに話す必要があるのか、甚だ疑問だ。

「あの人、不安なんだよ。どれだけローレンが言葉にしてくれても足りないの。俺も、そう。もうずっと愛してるって言われても、疑っちゃうの。あの人の視線とか、言動とか、全部を見ては疑っちゃう」

 それが分からないわけじゃない。最愛の人の言葉を疑いたくないのに、疑ってしまう自分がいたことも否めない。
 ただそれは、気持ちの問題だけではないのだ。

「…俺はアルファです。アグシェルト家は、建国の時から続く旧くて偉大な血筋だ。本家の公爵に子供が生まれないなんてあってはならない」

 ふと考えてしまう。自分がオメガだったのなら、きっと彼のことをもっと強請って甘えて、ずっと彼の帰りを待ち続けたのだろう。
 けれどそれと同時に、そうなっていたら彼とは出会うどころか存在すら知らない遠くにいただろう。

「数年前までこの国はオメガの差別が酷かった。けれど今は貴方の働きかけもあって、いい方に向かっています」
「それならいいんだけど」
「貴方が王妃になったことで、沢山のことが変わった。オメガに対する偏見も、アルファだからと無条件に雇用され、それによって落とされる有能なベータの理不尽も、改善された。…だからきっと今なら、高位貴族の家にオメガが妾として入ったって、そう強くは批判されない」
「……は?何言ってんの?」
「あの人が子供を欲しいと望むなら、いくらでもオメガの妾を取ればいい。俺はあの人の心があれば、それでいい」

 浅ましいのだ。妾、なんて。初めから正式な妻としての座を譲る気なんかなくて、あの人に他の者を抱いて欲しくなんかないのに、そんなことばかり考えてしまう。

「それで本当にローレンは報われるの」

 もうそこに笑顔なんてなくて、まっすぐと見据えた双眸が自分を突き刺していた。

「選択したことを後悔はしません。…後悔するとしたら、後のことを何も考えずに、ただ彼の気持ちに応えて結婚してしまったことです」

 彼は若い。自分よりも歳下だ。まだまだ出世もするだろうし、将来的には宰相になっていてもおかしくはない。なにより次期王の姻戚だ。

「俺は、貴方が思うほど弱くもないけれど、それでも強くはないんですよ」



『お前は強がりだから、分かりにくい』

 ずっと昔にそう言われたことがある。それを言った男はほんの少し悲しげに顔を歪ませていた。

 今の、レイ様みたいに。
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