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さんじゅーはち

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 身体が暑くて暑くて堪らなかった。
(痛い、苦しい、熱い、しんどい)
 色んな感情が織り混ざって、まるで宙に浮いているような感覚になる。

(早く、起きて…仕事…)
『…もしかしたら死んだかもよ?父上のように』
 耳の奥から聞こえる声に、リゼは泣きそうになった。
(死んだわけが、ない。こんなに熱いんだ。それよりも仕事…)
『仕事が大切な振りをして楽しい?お前は楽しんでいるんだよ、まるで国落としゲームのように』
(違う。俺はただ、強くなりたくて)
『お前は弱いんだ、何も守れやしない、自分すらも守れない臆病者』
(違う、俺は臆病者なんかじゃない)
『人を挑発できるから臆病者じゃないって?馬鹿にしたあの皇太子よりも、もっと馬鹿なんだな、お前は』
(お前に何が分かる。俺はずっとひとりで、)
『ひとり?孤独?』

 ずっと人の手を振り払ったのは、他でもないお前だろう?都合の良いときばかり人のせいにするなんて、お前は本当にーー。



 卑怯もの。
 逃げてばかりの臆病者。
 いつも取り返しがつかなくなってから、ようやく気付き始める。


 お前が欲しかったものはなんだ?
 王位か?財宝か?名誉か?










「……ち、が…っ」
「リゼ!」
 ビクリと背中が揺れる。起きてすぐに見えた顔に心のどこかが静まっていく。
(…朝…?)
 どういうことだろう。宴から一夜経ったのだろうか。
「リゼ、良かった…」
「ユリス…?っ痛……」
 鈍い頭痛に眉間を寄せたリゼの額を、ユリスが乾いたタオルで拭う。
「なんでユリスが……俺、俺は…」
 少しずつ記憶の糸を辿る。あぁ、食前酒を飲んだ途端に血を吐いて倒れたんだ。それでここに…。
「…今は…」
「お前が倒れてから三日経っている」
「そうか、三日ー……三日ぁぁぁあ!!!?」
 三日だと!?待て待て待て待て。何がどうなって三日も眠っていたんだ。
「ちょっ、起き上がれないんだけどっ…」
 重力に逆らうことがこんなに難しいとは…!
「ゆっくり…無理するな」
 背中を支えてくれたユリスに感謝するけれど、脳はフル回転している。
「リオンは」
「宰相はお前の分の仕事を……そうだ、お前なんで奇襲なんかっ…!」
「奇襲?」
 奇襲、奇襲、条約、やぶ……破ったぁぁあ!!?
(え、なにこの夢から覚めた感覚!!前にも経験したことあるんですけれど!!?)
 そうだ、命令してしまった。どうしよう、取り返しがつかない。
「…束の間の無敵モードってあるよね」
「は?」
「……じゃない、今は取り敢えず!現状は?」
「いや、お前は休んで…」
「アルテミス。命令だ、報告しろ」
 ギッと睨むと、はぁっとため息をつきながらユリスは仕方ないか、と苦笑した。
「陛下がお倒れになった原因は食前酒、ではなく…体内から摘出された遅効性の毒。宴前に陛下に渡された風邪薬と称したものに混ざっていた可能性がある」
「それで、薬師は」
「…それが…一人の医女が突然姿を消した。昨日見つかったが、遺書に皇太子殿の命令と書かれて…」
「……まさか」
「護衛隊が、投獄を…」
「何をやっているんだ!!!」
 隣国の皇太子を投獄など、戦争が始まってもーー違う、俺がリオンに命令したのだ。向こうから戦争を仕掛ける原因を作れ、と…。
(ど、どうする、どうしよう俺!)
「…リゼ。お前はこの国の王だ。王の命が狙われ、実物の証拠もある。他に無実を証明する術がないのだから…投獄するのは当たり前だろ」
「でも…」
 何かが引っ掛かる。だって俺は見た。
 倒れる直前、驚きと戸惑いの混じったファリムの顔をちゃんと見たのだ。
「…皇太子じゃない」
「どういうことだ?なにか証拠でも、」
「俺の勘」
「……あのな」
「今すぐ皇太子殿を部屋にお連れして。出来れば証拠が出るまで出てこないように、それから…皇太子殿が犯人でないことは信じているから、黙って待っていろと伝えて」
「わ、分かった」
「それから…」

 喉がガラガラなので、水をくださいな。
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