国王ほど不自由なモノはない

榎本 ぬこ

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さんじゅーなな

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「…リゼ。皇太子の為の宴に出席する準備を」
「勝手にすればいい。俺は忙しい」
 ほれ、と腕を差し出したリゼに、リオンはため息をつきながら上着のボタンに手をかける。
「侍女はどうしたんだ」
「俺に色目を使うやつは駄目だな、鬱陶しい」
「…俺の告白忘れ去られてるよね」
「何か言ったか」
「いいえ何でも」
 陛下、とリオンが呟く。
 未だ慣れないのは、自分の中での国王陛下はやはり父上だからだろうか。それともーー自分の代わりに王になるはずだった、あの男だろうか。
「…リゼ」
「なんだ」
「熱あるだろう」
「ない」
 即答して、すぐに後悔する。
 嘘を吐くときに限って即答するという癖を発見したのは他でもないこの男だ。
「…だから言っただろう、ちゃんと布団で寝ろと。三十分の仮眠で過ごせるなら、人間苦労しないだろう」
「あぁ、今日から十五分にする」
「……休め」
「馬鹿なのか。宴を休むなんて出来るわけないだろ、う…?」
 立ち上がったものの目の前が真っ白になる。
「リゼ」
「…俺は大丈夫だと言った。しつこいぞ、オーブル」
「……申し訳ございません」
「……まぁ、薬くらいなら飲もうか」
「っ…すぐに用意させる…!」
 多少の熱なら我慢できる。こんなことで休んでいては国を司ることなど出来ない。見くびられては困る、反乱を起こされても困る。
 けれどリオンに心配をかけたいわけではない。
 けれど俺は国民の求める、完璧な王であらねばならない。



「…キャロル」
 もう既に会場に来ていたキャロルに声をかけたが、ふんっとそっぽを向かれた。面倒なので放置する。府と目を横にやれば、ファリムがにやりと笑った。
「国王夫妻は仲が宜しく無いようで」
 いつもならそんな言葉にも腹を立てていた。それは自分が未熟だったからだ。
「ははは。皇太子殿は中々面白いことを仰られる…。この時代、お互いを気遣うことはあれど、想い合って結婚する王貴族などまず無い。…あぁ、夢見る皇太子殿にはお分かりになりませんか」
「な、なんだと…!」
「人の夫婦事情に首を突っ込まれるのは野次馬がする事かと。まさか皇太子ともあろう方が人どころか馬に成り下がるなど…有り得ませんよねぇ」
 クスクスと馬鹿にした笑いを浮かべるリゼに、流石にリオンが口を出した。
「陛下。あまり宜しくない冗談は…」
「あぁそうだな、宰相。…世の中には冗談というものが通じない能無しがいるものだ」
「陛下!」
「あぁ、間違えた。能無しではない、馬鹿だな」
 口をパクパクさせるリオンとキャロルを横目で見ながら、ふと視線の感じる方へ目をやる。
(…そういえば会うのも久しぶりか)
 ジッとこちらを見るユリスから興味が無いように、リゼは目を逸らした。
「…私を馬鹿にしているのですか?」
 ファリムが裾の暗器を指に挟むのを見て、流石に馬鹿にしすぎたと反省するーーが、それでも口は止まらない。
「ここでそれを出したところで周りが刺すことを許しはしませんよ、皇太子殿。もう少し自分の立場というものをお考えになっては?」
 お前が言うか、という二人の視線はこの際気にしないことにした。
「…あぁ、このまま貴方を幽閉して交渉に使うのもいいかもしれませんね」
「なっ、に、を…!」
「貴方が国の命運を変えるということですよ。呉々も言動にはお気を付けを」
「っ……!」
 悔しそうにギリッと歯を喰い縛るファリムに、ファリムの護衛がこちらを鋭い眼差しで刺す。
(そんなものが効くとでも思っているのか)
 恨みは買い慣れている。今更睨まれようが怖くはないし、辛くもない。しんどいなんていう感情は、消えてしまった。
「…では戴こうか」
 久しぶりの食事が豪華すぎる気がするが、まぁ困ることではない。ファリムの悔しそうな顔を最高の調味料に、食前酒を口にする。
 そして、その時だ。
 吐き気が込み上げてきて、口から出たのは嘔ではなく…血だった。蘇る、父の最後の姿。
 人々の悲鳴と、掠れ行く景色。
 最後に見えたのは、何故か遠くにいたはずのユリスの顔だった。
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