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さんじゅーろく
しおりを挟む自分にとってユリスはどんな存在か。
そんなの一つに決まっていた。何よりも大切な、自分の命を賭けてでも守りたいひと。
自分のために怒って自分のために泣いて自分のために喜べ。そう言ってくれたユリスはきっと、思ったことを言っただけ。
けれどその言葉が嬉しかった。
(…本当に、嬉しかったんだけどな…)
ごめんね。
俺はもう、お前のためだけに生きることは無理そうだよ。
…まぁ、分かっていたことだよね?俺が王として生きると知ったときから、理解していたでしょう?
守りきれない思いは捨ててしまえばいい。適度に距離を置いて関わればいい。
自分の恋なんてものを何千万の民の命よりも前に守ろうとなんて思えない。感情のない人形のようだと、自分を現した人がいる。
簡単なことだ。昔に戻るだけ。
暴君と言われようが構わない。守るものはこれ以上作らなくていい。
「リゼ、これは…」
一枚の書類に目を通したリオンが、有り得ないといった顔をする。
「何故こんな時季に…いや、時季など関係ない!こんなことをすれば、」
「…俺はやると言ったらやる。従えないという奴がいるのなら首を城門にでも晒しておけ」
「リゼ!!」
「なぁ、リオン?条約っていうのは、破るためにあると思わないか?」
「な、にを…こんなことをすれば、他国との均衡が保てなくなって…」
「それでいいんだよ。この国が全て支配すればいい。そして、…ラースの居場所なんか何処にも無くして、ゆっくりと地獄を見せてやる」
「あんな男のためにこんなに大がかりな事をやると!?」
有り得ない。そう首を振ったリオンを、リゼがぎろりと睨む。
「使えない宰相は要らない。もう一度だけしか言わない、今すぐそれを進めろ」
「っ……分かった…」
リオンが受け取った紙は他でもなく、宣戦布告状。それも一枚ではなく、六枚。
全て平和条約を交わしている国に対しての物であり、それを送るよりも先に宣戦布告するという、数千年前の天下取りのような状態になるわけだ。
「それからリオン、覚えておけ。俺はこれから徹底的に不安要素を取り除く。…けどリオン。お前が汚れる必要はない。お前は俺の命令だからと言えばいい。全て俺のせいにして、暴君と同類にはなるな」
「リゼ」
「…泣き言を云うなというなら、徹底的にやってやろうじゃないか。全ては、次代の王のために…な」
次代の王のために。だからこれは自分のためなどではない。自分はただ、ただ。
(俺は何がしたいんだっけ…)
違う。
俺は、何が欲しいんだろう。
「リゼ。…アルテミスがお前に会いたいと言っているが」
「ユリスが?急ぎか?」
「…知らん。会いたいと言っているだけだ」
「急ぎじゃないなら後にしてと伝えてくれ」
そうか、とリオンの寂しそうな声がする。いつもならユリスと聞くだけで飛び付くリゼはもうどこにもおらず、目の下にはクマを作り、数日先まで睡眠時間を抜いたスケジュールが頭を巡っている、ただの暴君と化した王だった。
「少し休んだらどうだ」
「休んでどうする。今しか出来ないことがまだ残っている」
一分一秒だって無駄にすることは出来ない。それを考えた上で、ユリスと会う時間は無駄だと考えた。ただそれだけの話だ。
頭の中が数字で埋まる。腹が鳴ったことに気が付き、そういえば三食何も口にしていないーーと考えたとき、バンッと勢い良く扉が開いた。
「リゼ!!」
「…何の用だ、キャロル」
久しぶりに見た妻の顔にーー腹が立つ。お肌ツルッツルじゃねえか、クソ。
「貴方ずっと食事していないでしょう!倒れたらどうするの!」
「このくらいで倒れるなら国王は務まらん」
「ユリス殿が訪ねても応対しないそうね」
「忙しい」
「……どうしちゃったのよ、貴方」
不安げな瞳をしたキャロルから伸びた手を、リゼは思わず振り払った。
「気安く触るなっ…!」
「…ごめん、なさい」
ただ驚いているキャロルを見ても、何も感じない。
「…早く出ていけ。ここは政をするところだ。…女は入る必要がない、この部屋に役立たずは要らない」
「……馬鹿じゃないの」
「なんだと?」
この俺を馬鹿だと、と顔を上げてーーリゼは息を飲んだ。泣きそうな顔をしたキャロルが、馬鹿、と一言呟いて走り去ってしまったからだ。
「……リオン」
「…なんだ?」
「俺はまた、何か間違えた…?」
「……何が間違っているかなんて、俺が知るはずもないだろう」
「…そうか」
ならいい、とリゼはまたペンを持って新たな書類に手を出した。
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