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現在
結婚しても恋してる
しおりを挟む朝の宣言通り、恭平はいつもより早く家に帰ってきた。無理やり定時で帰宅したらしい。
今日は遊び回って疲れていたようで、慎也は七時には自分の部屋へ行ってスヤスヤと寝ていた。もちろん、それを見て恭平は偉くご機嫌だったけれど。
「零、後で一緒に風呂入ろう」
「…うん」
忘れろ、と頭の中で命令される。
もう忘れたはずだろう、修也のことなんか。だからもう、気にするな。どうせもう会うことなんてない。だから、…そう思うのに、どうして。
確か美沙ちゃんの方が誕生日は遅かったはずだ。
慎也のすぐそばに、慎也と半分とはいえ、血の繋がっている妹がいる。しかも慎也が好きだと言っている女の子。
どんな皮肉なんだ。
せめて、恭平の前では普通に。
「…零?どうかしたか?」
「へ?あ、ごめん、なに?」
「……なんかあった?もしかして、体調悪い?」
「な、なんで…」
「いつもと比べて変だから。なんかに悩んでる感じ?どした?」
「……恭、平…」
ダメだ。恭平にはどんな嘘をついたって見破られる。それなら、正直に言ってしまう方がいい。
「あの、さ」
「うん?」
「……修也に会った」
「…………は?」
「別に、会おうとかしたわけじゃなくてなんだけど、」
「待って。どこで会ったんだよ」
「…幼稚園」
「は?」
「美沙ちゃん、て、いる、じゃん」
「いるな。それで、なに」
「父親が、来てて……美沙ちゃんの父親、修也だった…」
「……ごめん、意味が…は?え、関谷さんとこの美沙ちゃんだよな?」
「…その関谷さんて、六年前に……修也が浮気してた相手、だよ」
「………マジか」
「…ごめん」
「なんで謝んの。それは不可抵抗……ていうか、父親が来てたの?」
「ユミ先生が、今日は珍しいって言ってたけど…」
「……とりあえず、明日からは絶対に俺が送り迎えするから」
「…うん」
「なにもされてない?」
「……あの、さ」
「うん」
「修也に、いきなりなんだけど、別に本気とかじゃないと思うけど、本当、あれ以来会ったことなんてないんだけど」
「うん、なに?」
「……好きって、言われた…」
「………なんて言ったんだよ」
「なんてって…意味分からないし、分かろうとも思わないって言った」
「…とりあえずさ」
「う、うん…」
「抱くわ」
「………へ?」
腕を引かれ、寝室へと連れて行かれる。ガチャリと鍵をかけられ、そのままベッドの上へと押し倒される。
「ちょ、恭平、」
「多分アイツは冗談なんかじゃない」
「…え…」
「きっとアイツの中では何も終わってないんだ。…なぁ、お前の中ではちゃんと終わってるよな?俺のこと、好きって言ってくれたよな?」
縋り付くような質問に、自分がバカなのだと思い知らされる。
こんなにも想ってくれている恭平を不安にして、それに気付きもしないで日々を過ごして。思えば、自分から一度でも『好き』と伝えたことがあっただろうか。いや、ない。一度もない。言われたら『俺も』とか言うけれど。
「…恭平、」
「なぁ、俺のこと好きなんだよな?」
「愛してる」
「っ……俺も、零のこと、愛してる」
「大好きだよ、恭平。ずっと、結婚してからずっと、今まで」
「…うん。ごめんな、俺、ダサくて」
「ダサくなんてない」
「多分、俺さ」
「ん…」
「…結婚しても、お前に恋してる」
「……初めから、俺のこと愛してくれてた人だもんね?」
いたずらっぽく笑った時には、それまでの憤りがなくなっていたことに気が付いたのは、次の日の朝だった。
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