51 / 204
第2章 超人ヒムニヤ
《神妖精》超人ヒムニヤ(2)
しおりを挟む時間は少し遡り、こちらはマッツ・オーウェンを欠いたパーティの一行。
悪魔の眼の群れから逃げ出して、かなり立つ。
彼らは安全を確認したエルナの指示の下、少し体を休めていた。
「マッツ……マッツ……大丈夫かしら……」
リディアは気が気でないようだ。さっきからしきりに、小さく呟きながら手を揉む仕草を続けている。
「マッツおにーさん……」
アデリナも同じように心配そうな顔で呟く。
それと同時にエルナが不意に顔を強張らせた。
「……む!」
「師匠、どうしたんですか!?」
「にーさんに何かあった?」
二人の同時の問いにエルナは表情を変えずに、
「いや、マッツは無事です。少なくとも今ほどまでは。あの悪魔の眼の群れを一人でよく防いだものの……どうやら追い込まれて川に落ちたようです」
少し目線を落とす。
「何!?」
ヘンリックが不意に立ち上がる。
「あのぅ……エルナさんは何故そんな事が分かるんでしょう?」
クラウスも心配そうな顔をしているものの、見ているかのように説明するエルナが不思議だったようだ。
「私達が逃げる寸前、彼に『追跡』をかけておきました。彼の命がある限り、どこに行てもわかります」
早口でエルナが説明する。
なるほど……。つまり、ずっと場所が変わらず、不意に高速で動き出した、動いている場所は川筋、という所から推測したわけか、と、それ以上の説明をエルナに求めないよう、クラウスはそう納得した。
「あの川の流れはかなりきつい。追い掛けるぞ」
ヘンリックが赤槍を握り立ち上がる所をエルナが制止する。
「ちょっと待って下さい。流れ着く場所の見当をつけておきましょう。我々とは速度が段違いです。そうですね……このまま流れていくとすれば……恐らく行き着く先は……」
エルナがどこを見ているのか、周りの人間からはわからない。まるで彼女だけに見える地図の上で、移動するマッツの『印』を追っているかのような瞳の動きをしている。
「わかりました。こっちです。参りましょう」
「ああ。急いでくれ」
そこから彼らは森の中とは思えないスピードで移動し始めた。
物理耐性を上げ、多少枝に引っかかろうが、根に足を取られてコケようが、ダメージが無いようにし、更にクラウスが全員に常時回復をかけ、突き進む。
道中、何度かモンスターに出くわす。が、可能な限り戦いを避け、不可避な敵や逃げる方が時間がかかる場合は、先制攻撃で瞬殺する。
そうして、ようやく川沿いに出ようという時、川の向こう側、恐らくは彼らが目指すマッツ・オーウェンがいるであろう方向から轟音がとどろいた。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンンンンンンンンンン………………
「……!!」
「な、何ですか? 雷? いや、でも……」
エルナが空を見て首を傾げる。
「いや、これは……あいつだ」
「そうよ、マッツだわ!」
ヘンリックとリディアの表情が明るくなる。
「でも、彼がこれほどの攻撃を繰り出さないといけない相手……」
リタの表情が曇る。
「まさかマッツにーさん……」
「竜……でしょうね」
エルナ以外は何となく状況を理解したようだ。
「急ぎましょう!」
川岸にでる。この辺りは流れがかなり緩やかになってはいるものの、川幅が広く簡単には渡れない。
「待って。橋を作るよ!」
アデリナがリュックからロープを取り出し、矢に結び付け、対岸の木に撃ち込む。
ヒュルルルルゥゥ~~~
………………
ドシュッ!
「おお。凄い腕ですね」
ロープの重さがある為、矢の弾道はブレるが、それをものともせず、狙った木にヒットさせるアデリナに、エルナは感嘆の声を上げる。
近場の太い木にロープを括り付け、皆で渡る。
その最中、彼らの目に入ったのは、すぐ近くの森の中から飛び立つ真っ赤な竜だった。
昨日、彼らが百竜の滝で見た黒い竜よりはひと回り小さいが、火竜といえば、その攻撃力において竜の中でも最強と言われている。
皆、ロープを渡りながら、マッツの身を案じる。
だが、
「大丈夫です。マッツは生きています。皆さん、頑張って!」
『追跡』をかけているため、マッツの『印』が見えているエルナの声に、皆、胸をなで下ろす。いや、両手はロープを掴んでいるのだが。
今、最も先に着かなくてはならないヒーラー、クラウスを先頭にし、エルナは最後尾にいる。
そして、エルナは遅れていた。
(く……体力勝負は……苦手……だわ!)
「頑張って下さい! 師匠!」
はるか前方からリディアが大声を張り上げる。
(う……応援しないで、リディア。恥ずかしい……じゃない!)
ようやく先頭のクラウスが向こう岸に着き、数秒後、ヘンリック、リタも降り立つ。
「マッツ!」
岸に上がった三人は、すぐに倒れているマッツを発見する。気を失い、体中に酷い怪我、傷や骨折を負ってはいるものの、とにかく生きていることはわかった。しかも驚くべき事にそれらは治癒し始めている。いくらマッツが無類のタフネスと知っていても、さすがにこれは異常、驚くべき事だ、とクラウスは唸る。そして、即座にヒールを詠唱し始める。
「え~~~と、あなた方は……?」
不意に現れた人間達に、そこにいたオイフェミアが戸惑う。
更にアデリナが到着し、少し遅れてリディアも来る。
「マッツにーさん!! 何故にパンツ姿!!」
「マッツ! マッツ!!」
「安心して? リディア、アデリナ。今、回復持続もかけました。しばらくすれば意識も戻るでしょう」
クラウスの言葉がリディアを落ち着かせる。
「……フゥ……うん。ありがと、クラウス」
そう言ったリディアは、改めて辺りを見回す。
先程の轟音の結果なのだろう、おそらく森であったこの付近一帯が吹き飛ばされ、木々は燃えカスとなって原型をとどめていない。
しかもその範囲は、以前リディアが放ったテン系魔法『爆発』の比ではない。あの数倍のスケールの爆発がここで起こったのであろう。
「一体、ここで何が……」
「あなたの師匠を待った方がいいんじゃない?」
リタがエルナを気にかける。
「はっ! 師匠! 大丈夫かしら!」
皆、川岸に戻り、エルナの様子を見に行く。
「はぁはぁ……」
そのエルナ、川岸までの距離残り3分の1程を残して止まっていた。体力の限界だろうか? 彼らの位置まで息遣いが聞こえるようだった。
「クラウス!」
リディアが叫ぶ。
「ツィ・ラ・ニーヤ・シーラ・ソーラ!『癒し』!!」
ヒーリングがエルナにかかる。
そして、川岸から一斉に応援が始まる。
「もうちょっとよ!」
「師匠!! あとちょっとです! 頑張って下さい!」
「いけるいける! もうすぐだよ!!」
(いや……やめて……死にたい……。このまま、落ちようかしら……)
エルナは生まれて初めて、そう思った。
0
あなたにおすすめの小説
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました
東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!!
スティールスキル。
皆さん、どんなイメージを持ってますか?
使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。
でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。
スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。
楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。
それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。
2025/12/7
一話あたりの文字数が多くなってしまったため、第31話から1回2~3千文字となるよう分割掲載となっています。
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
悲報 スライムに転生するつもりがゴブリンに転生しました
ぽこぺん
ファンタジー
転生の間で人間以外の種族も選べることに気付いた主人公
某人気小説のようにスライムに転生して無双しようとするも手違いでゴブリンに転生
さらにスキルボーナスで身に着けた聖魔法は魔物の体には相性が悪くダメージが入ることが判明
これは不遇な生い立ちにめげず強く前向き生きる一匹のゴブリンの物語
(基本的に戦闘はありません、誰かが不幸になることもありません)
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる