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第2章 超人ヒムニヤ
慈愛の女神 ツィ(1)
しおりを挟む谷の上、つまり俺達が元いた場所では、クラウスが暇そうに待っており、ヘンリックに至っては野営の準備を済ませて先にグースカ眠ってしまっていた。
言いたい事は山ほどあったものの、もう夜も更けていた為、その夜は悶々としながら寝る。
そして!
次の朝早々に、昨日の件についてリタを詰問する。
「いいじゃない、別に……あなたもいい思いしたでしょ? 可愛かったでしょ?」
「超可愛かったよ! ……いやいや、そうじゃない! 何かあったらどうするんだよ! あんな所から落ちて、一歩間違えたらアデリナは死んでたかも知れないんだぞ!」
「死ぬ訳ないじゃない。ロープ伝って降りてんのに……」
「……は?」
「むしろ、死の危険があったのはあなたね。この高さ飛び降りるとか……ないわ~」
……なん……だと……
「い、いや、アデリナ、切り傷とか……足の骨折も……酷かったんだぜ?」
「そうみたいね。貴方に心配してもらおうと頑張り過ぎたみたいね」
「……は? は?」
…………
どういう事だ。
ちょっと何言ってるかわからない。
え? ひょっとしてアデリナは安全に下まで降りて、頑張って自力で骨折したって事か?
唖然 ―――
ふと、後ろを振り返る。
歯磨き中のアデリナが、こっちを見ながら満面の笑みで手を振ってくる。
…………やれやれ。
結局、聞いた話はこうだ。
―――
リタ『誕生日プレゼント、何がいいかしら?』
リディア『この辺、店も何もないですしね』
アデリナ『誕生日の1日、マッツにーさん、ちょうだい!』
リディア『ダメ!』
リタ『いいじゃない、別に』
エルナ『1日って……ドキドキ……』
リタ『もうアデリナも大人だもんね?』
リディア『ダメダメ、ダメです! 大人だから余計ダメなんです!』
エルナ『こういうのはどうでしょう。戦闘中にはぐれたアデリナを追いかけるマッツ……』
リディア『師匠ったらぁぁ!!』
エルナ『私は師匠としてリディアを応援していますが……こういったチャンスは平等であるべきだと思うのです』
リタ『ビルマークでの酒宴はリディアのターンだったもんね?』
リディア『だからターンって何ですか! ダメよ、そんなの! あのバカ、絶対にアデリナ襲っちゃうわ!!』
ヒムニヤ『良いではないか。あの男、私に口付けしようとしておきながら、「リディア、愛してるよ~~~」と言っておったぞ』
アデリナ『えぇ!? いいなぁ! リディアねーさん』
リディア『……え? ……あ……う……』
エルナ『やった! よかったじゃない、リディア!!』
リディア『あ……いや……私は……その……別に』
リタ『決まったわね! じゃあどこでやろうかしら』
アデリナ『来た! 私のターン!!』
リディア『いや、リタさんもアデリナもちょっ』
ヒムニヤ『この家を出て10日程の所に魔力が効かん谷がある。あそこが良かろう』
リディア『な……ヒムニヤさんまで!!」
エルナ『蝙蝠谷ですね。なるほど。アデリナが落ちたテイで、マッツが助けに行く……と』
リタ『剣技使えないなら簡単に登って来れないし……いいわね!』
リディア『いや……あのぅ……』
エルナ『お黙り! リディア! 次はアデリナの番です!』
リディア『ぇぇぇ』
アデリナ『やった! ありがとう!!』
―――
……てな事らしい。
恐るべし、女子会……。
普通に超人がトークに混ざってるな。
―
俺達は先を急ぐ。
もう古竜の大森林も残りわずからしい。エルナによると日数にして、7、8日もあれば抜けるとの事だ。
道中、何度か戦闘はあるものの、特に苦もなく、進む。なお、ヒムニヤはそれらの戦いに一度も参加しなかった。
理由を聞くと、俗世の生物相手に自分が相手するのは象が蟻を踏み潰すようなもので、自分の趣味ではない、との事だった。
まあ、その意思は尊重したい。
そうして、アデリナの誕生日から5日後の夜―――
焚き火をしながら、そろそろ皆、寝ようか、という時間。
ズシ―――ン
ズシ―――ン
ズシ―――ン
……
嫌な音だ。
「ヒムニヤ……これってひょっとして竜の足音じゃないのか」
「ん?」
ズシ―――ン
ズシ―――ン
サッとヒムニヤの顔色が変わる。
「おっと……これは最後にえらいのが現れたぞ。私も久しく見ておらんが……」
エルナも凍りつく。どうやら彼女も正体を知っているようだ。
ズシ―――ン
バサバサバサ……
シュウゥゥゥゥゥゥ……
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッッ!!!
特大の敵意を感知する。殺す気満々のヤツだ。
1匹や2匹ではない。
「大歓迎のようだ。みんな、気をつけろ」
全員、武器を構え直し、まだ見えぬ敵に備える。
「敵は3方から3種……どれもお前達に劣らぬ強さと思え」
ヒムニヤが真面目な顔で教えてくれる。
「今、ヘンリックがいる方向から来るやつ……闇の帝王『吸血鬼王』とその下僕、数十匹……ちょうど良い。クラウス、勉強の成果を見せてみよ」
「ハッ……わかりました」
凄いな。超人の講義ってのは、そんな、わずか数日で効果があるようなものなのか?
しかし、ヘンリックとクラウスの2人だけだと厳しいだろう。
「リタとリディアも行ってやってくれ」
「わかったわ」
「うん」
「マッツ……そちらからも強力な奴が来ているぞ。不死の王『リッチ』と死霊軍団だ。エルナ、お前なら捌くのに適しているであろう」
「わかりました」
「トドメは恐らくマッツにしかさせん。心して行け」
「あ……ああ。そうなんだな。わかった。アデリナも行くぞ」
「りょーかい!」
「そして……古竜の大森林の主、数千年を彷徨う不死の竜、『死古竜』だ。こいつは私が相手しよう」
もう、名前が怖いよ。
絶対、強いだろ、そいつ。
「1人で大丈夫か?」
「フ……私を誰だと思っている」
ニヤリと笑うヒムニヤ。
『大森林の主、齢数千年の不死の竜』と『超人』って、どっちが強いんだ?
不意に、ジャイアントバットが1匹迷い込み、ヒムニヤの手前で止まる。
「む?」
蝙蝠の口が開いたかと思った瞬間、人の形に変身する!
「吸血鬼!!」
エルナの悲鳴!
コンマ数秒の動き!
とてつもなく素早く動き、ヒムニヤの首筋を噛んだ!
「ヒムニヤ!!」
が、ヒムニヤは動じない。
ジロリと瞳を吸血鬼に向け、むしろ妖艶な笑みを浮かべる。
「どうだ、蝙蝠。高位森妖精の血はおいしいか?」
血を吸う動作をしながら、ビクッとする吸血鬼。
不死者が怯えるだって?
吸血鬼がヒムニヤと距離を置く。
いや、置こうとした所を同じスピードで追いかけるヒムニヤ。しかも急ぐような仕草は一切見せない。
完全にパニックになる吸血鬼。見るとヒムニヤの首筋には一滴の血も流れていない。
スーッと音もなく腕を吸血鬼の顔の位置に上げ、中指で、パチンッ! と額を弾く。
「ウギャッ」
バシュン……!!
顔が弾け飛び、煙になり、そして地面に先程のジャイアントバットがボトリ、と落ちた。
「すご……」
リディアが口を押さえて感嘆する。
デコピン一発か……。
流石だな。
心配はいらないか。
そりゃそうだな。世界に5人しかいない超人の1人なんだから。
「よし! みんな行くぞ!」
ヘンリック、クラウス、リタ、リディアで『吸血鬼王』を、エルナ、アデリナと俺で『リッチ』をやる。
―
「リン・ティン・アン・ミヴィジュラン……」
エルナが走りながら高速で詠唱する。
「『聖属性付与』!!!」
俺とアデリナの武器に聖属性の追加ダメージが無条件で発生するバフだ。この場面には最高の魔法だ。
「ありがとう!!!」
バシュバシュバシュッ!!
アデリナの3連撃!
幽霊、死霊を次々に撃ち抜く。
「青竜剣技! 『飛』!!」
ズドドドドド!
無数の斬撃、プラス聖属性。あっという間に殲滅……と思いきや、次々と涌いてくる。
「ボウフラかよ!!」
バッシュ!! ズバババ!!!
やれやれだ。キリがない。
「聖竜剣技!!」
一気に消し去ってやる!!
「『照』!!!」
魂を浄化させる剣技だ。
範囲内の不死者は瞬く間に消える。
そして……来る!
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
シュゥゥゥゥゥォォォォ……
恐ろしいほどの瘴気を纏い、闇の中に浮かび上がる。
不死の王『リッチ』。
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