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第3章 英雄
二人の領主(7)
しおりを挟む「ヒムニヤ、どういうつもりだ?」
宿に帰ってからようやく、ヒムニヤに意図を尋ねる。あの後、レイティスに城を案内してもらったのだが、正直、全然頭に入って来なかった。それほど、ヒムニヤと別れるのは色んな心配が付き纏う。
「どうもこうも……ああいう他、あるまい」
「そんな事はなかったろう。もう少し会話を重ねればなんとかなったかもしれない」
「……」
「ケルベロスとか偽物の使者とか、正体不明の物騒な連中がいるんだぞ。こんな所に1人で置いておけねぇよ」
そこでヒムニヤが意外そうな顔をする。
「おや。私の身を案じてくれていたのか。これは思ってもいなかった」
「勿論、俺達がヴォルドヴァルドと戦う事になった時の事とか不安もあるさ。しかしお前がいくら超人だからといって、無敵というわけじゃないんだぞ」
ヒムニヤはフフッと笑って、長い髪を耳にかける。
「無敵さ。少なくとも人間相手ならな」
まあそりゃ、本物の神の攻撃まで跳ね返す防御力だ。ちょっとやそっとでは傷つくまいが……。
ヒムニヤは澄ました顔をしているが、それでも仲間を、しかも女性を俺の目の届かないこんな所に1人、置いて行くわけにはいかない。
「時代と共に暗殺技術や鍛治の技術も進歩している。寝てる間に襲われたらどうするんだ。お前のバリアを突き破る魔剣でも持っていたらどうするんだ。そもそもヴォルドヴァルドの偽使者は名指しでお前を挑発してきたんだ、何かあると思うのが普通だろ」
まくし立てると、真っ直ぐに俺の目を見据えて、不意に微笑んだ。
「さすがは我が婚約者だな。言っている事は尤もだ」
「うっ……」
自分でもわかる位、顔が一気に熱くなる。
勿論、婚約者な訳はない。アクシェイに言ったのも出まかせだ、という事は分かっている。
「マッツ。お前の気持ちは素直に嬉しい。超人と呼ばれて久しいが、人間に我が身の心配をされたのは初めてだよ。だが重ねて言うが、私の心配は無用だ。むしろお前達の方が心配だ。だがヴォルドヴァルドの話はまたにしようか」
柔和な表情で俺に語りかけるヒムニヤ。
言いたい事は何となくわかるさ。
ここまでバルジャミン、ドラフキープヴィ、と旅して来たが、違和感がある、と俺の勘が告げる奴らが数人いる。
「気付いていたか?……これまでに何人か、怪しい者達がいたな」
やはり、ヒムニヤもそこを懸念しているようだ。
「私が最も警戒しているのは……」
「ゴビンとアクシェイ……だな?」
俺がそう言うと、切れ長の美しい目を丸くするヒムニヤ。
「何と……人間の身で、あの僅かな違和感に気付いたと?」
「ああ。はっきりとわかる訳じゃないんだが……勘だな」
「私はここで奴らを見張らなければならない。マッツ、これは私の役目なのだ。火急の時はお前の頭に直接、話しかけるから安心するがよい」
そして優しい顔付きに変わり、クラウスに向き直る。
「クラウス。聞いての通りだ。しばらくは講義も出来ないが……お前はこの短期間で大きく成長した。自信を持つがいい」
「ヒムニヤ様……」
泣きそうなクラウスを見て、少し困った顔をし、改めて周りを見渡すヒムニヤ。皆、不安そうな顔をしているのを見て、急にワッハッハと笑い出す。
「お前達……何か勘違いしているようだが、別に今生の別れをしようと言うのではないぞ? 少しの間だけだ。ゴビンとアクシェイ、その後ろに潜む奴の尻尾を掴むまでだ。事の始末をしたらお前達に合流する、と約束する」
「うう……師匠……ヒムニヤ様……絶対、絶対! 無理はしないで下さいね」
クラウスが泣いてしまった。
明らかにあたふたと慌てるヒムニヤを見ていると、超人と言えども、同じ人間なんだな、と思う。いや、彼女は高位森妖精か……。
そして救いの目で俺を見る。なかなか珍しいパターンだ。根本的にヒムニヤはとても優しいのだろうな。
だからこそ、そういった所を付け入られないか、心配もしようというものだ。
「わかった。わかったよ、ヒムニヤ。お前の意見を尊重し、一旦、ここで別行動としよう。クラウスもそれで今は聞き分けろ。これはれっきとした俺達の『仕事』なんだからな」
「分かりました。お身体、ご自愛ください」
それを神妙な面持ちで聞いているヒムニヤ。
「なんだか……お前達といると妙な気分になるな。何やら沢山の子を持った母の気持ち、とでも言おうか……子がいないからわからんが」
そこで全員がやっと笑う。
一緒にいる時間こそ短いが、もうヒムニヤも立派なパーティの一員、大切な仲間だ。
その日は皆で酒場に繰り出し、夜遅くまで過ごした。
―
翌日、俺はヒムニヤと大まかな段取りについて打ち合わせた。
アクシェイはクーデターは中止する、と言っており、ゴビンも俺を信じる、と言ってくれたが、竜討伐が近々あるらしく、バルジャミンとドラフキープヴィの軍勢が集結してしまう。従って、タイミングや例の違和感の原因によってはどう転ぶかわからない、とヒムニヤが言う。
全ては彼らへの『違和感』の正体を突き止めないと手の打ちようがない、とも。違和感の正体が彼女の予想通りならクーデターは防いで見せる、と言っていた。
ここは彼女を信用しよう。
何せ、ツィ様のリアルなマブダチだ。色々危険があるとは言ったものの、ヒムニヤに敵いそうな奴は実際のところ、思い浮かばない。
じゃあ、と最後に握手をして別れる。
握手という文化が森の妖精には無く、知識として知っている程度だった、との事で、初めは差し出した俺の手をどうしていいかわからないようだったが、やがて握り返し、ニコッと微笑んでいた。
その時、ふと、婚約者に立候補しよう、と頭によぎったのは内緒だ。
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