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第3章 英雄

ペザの決戦(3)

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 ――― リタ、クラウス、シータ ―――

「イシャン!!!」

 リタ達が中に入ると、惨憺たる光景が広がっていた。

 パヴィトゥーレのメイドが2人、掃除中だったのか、モップ、雑巾、バケツなどが散在している中、おびただしい血を流して倒れていた。

 そして、似て非なるメイド姿の後ろ姿が一つ。
 リタ達が入ってきた入り口に背を向け、イシャン、アイラの前に立っている。

 腰まである黒い長髪が美しい。
 しかし手にしている幅広の剣には血がついており、斬った直後であるのか、ポタポタと剣先から床に伝う。

「リタ!!」

 イシャンが肩を抑えながらリタの名前を口にする。
 後ろではアイラが震えており、おそらくアイラを庇ったのであろう、イシャンの肩口からは、手の隙間から血がダラダラと流れ出している。

「おや……私の所に来たのは、マッツ・オーウェンではなかったか……これは残念」

 リタ達の方に顔だけを向け、横顔でそう言うメイド。
 その片目の奥から覗く恐ろしい気配、オーラにぞくり、とする。
 恰好だけは可愛らしいメイド服だが、纏う雰囲気はまさに殺人者、超級暗殺者のそれだ、とリタは思った。

「貴女……クリントートの城で、会ったわね」
「ふ。そうだったか? すまんな。あまり覚えていない」

 刹那!

 ぐるっと振り返り、一瞬でリタの前まで踏み込み、手に持つ剣で打ち込んでくる!
 双剣でそれを防ぐリタ。

「くっ」
「いやっ!!」
「とあっ!!」

 脇からエイゼルとマジュムルがメイドに斬り込む!

 キンッ! キンキンッ!!

 難なくそれを捌き、逆にリタ、マジュムル、エイゼルの3人に打ち込む。

「思い出したわ……貴女、サンジャナね?」
「通りすがりのメイドの名前まで覚えているのか、お前は」
「この旅で出会った人間は全て覚えているわよ! こんな風に何が起こるかわかんないからね!!」

 言いながら、疾風の如き流れる双剣捌きで連続的にサンジャナに斬り込むリタ。

「ふっふっふ。兵士風情がやるではないか。なかなかだぞ、お前!」

 サンジャナは嬉しそうに笑い、それを右に左に、と器用に払う。


 一方、クラウスはと言うと、部屋に入るとすぐに状況を把握し、ヒーリングスペルを唱えていた。

 最初に最も危ないと思われた、倒れているメイド2人の傷を回復させる。

「2人とも、部屋の隅に移動していて下さい!」

 慌てて逃げるように這いながら、言われた通りに部屋の隅に移動し、怯えてうずくまる2人。

 次にイシャンの傷を回復させる。
 そして、最後に自分たち全員に、持続回復のスペルを詠唱した。


 更にシータ。

 彼女はこの部屋に入り、サンジャナがこの部屋にいることを確かめると、こっそり部屋を抜け出していた。

 逃げた訳ではない。

 まるでこの城でもメイドの仕事をしていたかのように、メイドの待機室に入り、あるロッカーを開けると、中にあったほうきを持ち、また部屋を飛び出した。

 急いで戻ると、部屋の中央でリタとサンジャナが目にも止まらぬスピードで打ち合いをしているところだった。

 傍にはマジュムルとエイゼルが床に倒れている。
 そしてそれを治せるはずのクラウスがいない。

 よく見ると、入口側の壁にもたれかかり頭から血を流して倒れている。

(リタさん以外、あのメイド一人にやられた……!)

 瞬時に状況を把握し、気配を殺しながら壁伝いにイシャンの方へ向かう。だが、

「こそこそするな、バルジャミンのメイド!」

 サンジャナの声が部屋に響く。

 奴は今、リタさんで手一杯だ。大丈夫。
 そう考え、何とかイシャンの元まで辿り着いたシータ。

「イシャン様、アイラ様、ご無事で何より」
「!! シー……」

 パリ―――ンッ!!

 イシャンが何か言おうとした瞬間、窓ガラスが割れて、何者かがひらり、と入ってきた!!

 床に降りるや否や、シータには目もくれずに、正確にイシャンに剣の一撃を浴びせる侵入者。恐怖で思わず目を瞑るイシャン。

 ガッキィィィィィィィィィン!!!

 侵入者の剣はカトラス。丸みを帯びた剣だ。斬り付けられたイシャンが背中を丸めるが、しかし剣戟は彼に届かなかった。

 恐る恐るイシャンが目を開けると……。

 シータが箒でカトラスの一撃をすんでの所で防いでいた。

「イシャン様、お守りできてよかった……」

 それは奇跡というに相応しいタイミングだった。

『帝王の間』からの移動、箒を取りに行く時間、サンジャナを警戒しつつ部屋の中で移動した時間、辿り着くのがあと一秒でも遅れていたら、今頃イシャンは真っ二つになっていたところだった。

 イシャンがポツリと言う。

「シータ……ペザに戻ってくれていたか……」

 その顔には安堵の色が見えていた。



 ――― マッツ、リディア ―――

 キン! キン! キンキン!!

「はっはっは! このドゥループを狙うとは小賢しい!! まとめてかかって来んかいッ!!」

 ドゥループは手に棒のような物を持ち、侵入者達と戦っていた。その棒きれはテーブルの脚だった。

 口に出すセリフとは裏腹に、戦況は厳しい。
 まともに侵入者の剣を受けると、彼が手に持つ武器はどんどん短くなるのだ。

 現にもう長さは20センチもない。

 ドッシュッッ!!

「ガゥッッ!!!」

 腹部を押さえるドゥループ。
 1人の剣が彼の腹部を突き刺した。

 ガスッ!!

 ドスッッッ!!!

 続いて、2人、3人、とドゥループに剣が突き刺さる。

「……うあぁぁぁ!!」

 ドガッ!!!

 皇族一の巨体である彼が最後に見せた抵抗、振り回した腕に1人があたり、壁まで吹っ飛んでいく。

 だが、そこまでだった。
 力無く、足から崩れ落ちるドゥループ。
 床につっぷしてしまう。

「ほっ。恐ろしい力だな。だが、ここまでだドゥループ」

 バタン!!

「ドゥループ!!!!」

 外まで漏れる戦いの音を聞き、扉を蹴破ってマッツとリディアが飛び込んでくる。

「おお!! マッツ・オーウェンではないか! サンジャナがやりたがっていたが……俺の方に来たか!!」
「『鈍い足スピィツフゥゼ』ッ!!」

 前触れ無しにリディアが鈍足魔法を唱える!!

 見たところ、暗殺者アサシンの集団、リディアの鈍足で勝負アリだ、そうマッツが考えた時、ドゥループからマッツ達に向き直った暗殺者達が何のためらいもなく、そして瞬時に斬りかかってきた!!

「ば……馬鹿なッッ!! 1人もかからないだって!?」

 立っている敵はボスらしき男を合わせて5人ほどいるだろうか。1人は壁で気絶しているようだ。ドゥループがやったのだろう。

 リディアを後ろに庇い、4人の暗殺者の剣を捌くので精一杯になるマッツ。

「くっくっく。無駄だよ。マッツ・オーウェン。そして可愛いお嬢さん。君たちの事は何でも知っているよ? クリントートでその魔法は。かからないよ? はっはっは……」
「何だって!?」

 そこで、ハッと何かに気付くマッツ。

「……お前か!! ずっと俺達を監視していたのは!!」

 マッツがそう言うと、口を歪めて感心したように男が笑う。

「ほっほう~? 気付いていたのか。やはり大した奴だな。剣聖シェルド・ハイって称号も伊達じゃないってことか……」

 その間にも4人の攻撃が間断なくマッツを襲う!!

 キンキンキンキン!!

 キンキンキンキンキンキンキンキン!!!

 リディアを背に庇いながら上下左右に打ち込まれる剣戟を必死に捌き、マッツがボス格の男に叫ぶ。

「馬鹿なッ! お前、クリントートからここまで、どうやって来たんだ! 俺達より早くなど、来れる訳がないはずだ!!」

 キンキンキンキン!!

「ネイ・マ・チリ……『光雅奏リヒトシピレン』!!!」

 剣を片手持ちに切り替え、空いている左手で修羅剣技の素手攻撃を繰り出すマッツ。
 1人にヒット!!

 この攻撃は剣で防げない。そのため、体が斜めに裂けて後ろに吹っ飛ぶ暗殺者。

「修羅剣技か……面倒だな。やはりここで殺しておかねば、あの御方の邪魔になろうな」

 そう言って、剣を抜くボスらしき男。

「そうだ、どうやってここまで来たか、と言ったな? 教えてやろうか。俺は『超人サイエン』に連れられ、ここまで空を飛んで超超高速で移動して来たのだ」
「何だって!! ……馬鹿な!! サイエンだと!!!」
「そうだ。でないと、この移動時間は説明がつくまいが。まあ、お前がどう思おうが俺はどうでもいいがな」
「馬鹿な……サイエンは、だって俺達の……」

 完全に気が動転するマッツ。
 不意にリディアがスペルを唱える!!

「『気絶シュワック』!!」

 ドゥ!!!

 突然、1人が倒れる。
 その倒れた男を見下ろしながら、

「どう、この魔法、すごいでしょ?」

 悪戯っぽく笑うリディア。

「貴様……」

 ボスらしき男が下唇を噛む。

 そして、更に明るい声でリディアが続ける。

「しっかりしてよマッツ! サイエンは元々、無条件に私達の味方って訳じゃないでしょ!!」



 ――― ??? ―――

 マッツ達が城内で戦いだした頃、もう1つの戦いが少し離れた別の場所で始まろうとしていた。

「お前達は……誰だ!!!」

 恐ろしく大きな声でそう叫ぶ、全身を鎧で固めた黒い巨人の騎士。手には1本の剛槍を持つ。

 この槍こそ、超人ヒムニヤをして、物理無効を無効にするデタラメな槍、と言わしめる『魔槍バンデッド』。


 そう。彼こそはこの城の別棟に居着き、ヴィハーンとラーヒズヤを操り、更に神の種レイズアレイクの保有者である超人ヴォルドヴァルド。

 人呼んで《戦闘狂》―――


 彼の前に2人の闇の波動を纏った人間が訪れる。

 彼らはゴビン・バルジャミンとアクシェイ・ドラフキープヴィ。
 世が世なら2人とも王であるはずの者たちであった。

「あなたが超人ヴォルドヴァルドか」
「私達はバルジャミンとドラフキープヴィの領主です」
「それで何をしにきたッッ!!」

 何かを感じたのか、それともいつもの佇まいなのか、バンデッドを構えだすヴォルドヴァルド。

神の種レイズアレイクを……大人しく譲ってもらえませんか」
「ダメだッッ!」

 にべもない超人の返事。
 ため息をつく2人の訪問者。

「噂に違わぬ、聞かん坊ですな」
「何だとッッッ!!」

 ゴビンとアクシェイの眼の光は尋常ではない。
 そして視認できる程の闇のオーラを纏う。

「やれやれ……これは話になりませんな……」

 アクシェイはそう言うなり、姿を消す!!
 そして、コンマ数秒後、ヴォルドヴァルドの左後ろに現れる。

 そして、手に持つ黒い短剣をヴォルドヴァルドに突き刺す!!

 ……が、同時にアクシェイは遠く、吹き飛ばされていた。

 ヴォルドヴァルドが少し動かしただけの拳によって。

 ドォォォォォォォーーーン!!


「よし、交渉成立だっっっ! 受けて立とう!!」

 そう言うと、槍をブンブン振り回し始める。

 吹き飛ばされたアクシェイは壁に頭を強く打った。壁に頭がめり込むほどだ。
 ……にも拘わらず、何事もなかったかのようにスッと立ち上がる。


(まったく……クックック)


(何が、交渉成立、だ。馬鹿者め)


 ヴォルドヴァルドの目の前に姿を現す闇の超人。
 マッツ達にもそうしたように、まずは顔だけを空間に浮かび上がらせる。


(ゴビン、アクシェイ、ご苦労)


(ようやく、ここに発現できたぞ)


 ズズズズズズ……


 圧倒的な闇のオーラを周囲に撒き散らし、《戦闘狂》ヴォルドヴァルドの真正面に発現したのは、もう一人の超人、《滅導師》ヘルドゥーソ!

 まぶたのない両目、しかも左目には眼球すら無い。その代わりに眼底に見える宇宙のようなモノは見る者をとても不安にさせる。

 思念体ではあるものの、徐々に首、腕、胴体、と姿を現わす!


 だが怯えや怯みなどは一切見せないヴォルドヴァルド。仮面の中でフン、と一つ鼻を鳴らし、

「ヘル……うどん、だったか? また俺にやられに来たのか?」

 悪びれずにそう言う。


(誰がヘルうどんだ)


(お前にやられただと?)


(バカも休み休み言え)


 アクシェイがスッと、ヘルドゥーソの前に移動する。
 ゴビンと並び、守る構えをする。


(700年前、確かに私は敗れた……)


(だが、今回は、いないぞ?)


(お前の傍にはヒムニヤも……)


(ロビンも、オリオンもなッッ!!)


 そこまで言うと、歯を覗かせて笑い出すヘルドゥーソ。しかしその笑いなど簡単にかき消すように、

「ワッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」

 大音量で笑うヴォルドヴァルド。
 空中に浮かぶヘルドゥーソの顔が眉を寄せるほどだ。

 直後! 珍しく、ヴォルドヴァルドが声を落とす。


「おい、うどん。『二刀流』というのを知っているかね」


(二刀流……?)


「貴様はそもそも思念体。物理無効もクソもないヤツだ。更にその思念体に魔法無効のバリアを張っている」


(その通りだ。つまり、仲間のいないお前は)


(私には絶対に勝てん、と言う事だ)


「それじゃつまらんだろう」

 ヴォルドヴァルドはそう言いながら左手を空間にかざす。

 すると……

 どこから出てきたのか、真っ赤な槍が彼の手に宿る。

 二本の槍を器用にクルクルと回し、半身の体勢を取り、決めポーズを見せ、そして、ヘルドゥーソに向けて大音量で言い放つ!!


「グワハハハッッッ! この槍こそは魔法無効を無効にし、更に魔力を吸収する『魔槍レベッカ』!! というものも、有るのだぞ!!」

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