神の種《レイズアレイク》 〜 剣聖と5人の超人 〜

南祥太郎

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第4章 聖武具

闇の断崖(3)

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 領主トビアスの誤解の紐を解くのは大変だった。

 トビアスは長身の中年男性だ。
 とにかく俺達の機嫌を損ねまい、と必死だったから中々会話が噛み合わない。

 メイドのミライさんは本当に腰が抜けたみたいで、俺が肩を貸し、トビアスが待つ部屋に入ったのだが、それを見て何を勘違いしたのか、

「いやいや、お楽しみいただけたようで……よかったです。この短時間で女性をそこまで腰砕けにするとは……噂に違いませんな!」

 と、全く見当違いな事を言い出した。

 そこから俺の必死の訂正が始まる。

 最初、何を言ってるんだ? と、あまり俺の話を聞かずに、予め用意していた接待メニューをこなす事に必死だったトビアス。

 だが、ミライが口を挟み始めたところから、ようやく何かおかしい、と気付き始める。

「ハァハァ……もう一度、最初から言うぞ……?」
「……わかりました。今度はちゃんと伺います」

 今度は? それ言っちゃう?
 ぶっ飛ばすぞ。

 いや、今度こそ、根も葉もない噂に事実がくっついてしまい、どうしようもなくなってしまう。ここは我慢だ。

「まず、『ヴォルドヴァルドを1人で余裕で倒した』って噂だが、事実はもう1人の超人、ヒムニヤに助けてもらった上でこのパーティ全員プラス、テン系統最高位魔術師でかかって、ようやく参ったさせたってだけだ」
「ほう……? ご謙遜ではなく?」
「それが事実だ! 『数十匹のドラゴンの群れを1人で狩り尽くした』ってのも嘘だ。行きがかり上、1体は確かにタイマンで倒したし、10体程の群れを追い返した事もあったが、後のはドラゴンと打ち合わせ済みの話だったんだ。ドラゴンに恨みもない俺がそんな事をする訳がない」

 そうして1つずつ誤解を解いていった。


「ドラフジャクドの女性はみんな俺の手が付いてるって? そんな嬉しい……あ、いや、そんな酷い事を俺がやる訳はないし、そんな事してる時間も俺達にはない。何より俺がそんな事してたら、仲間から殺される」
「……という事は……」

 トビアスがそう言うと、リタがスッと言葉を被せる。

「明らかに悪意を持って捏造されている、嘘の噂ね。それを流している奴がいるってこと」

 リタがそう言うと、バタン、バタン、とそこかしこで音が聞こえた。

 ミライと同じように、腰が抜けたらしく、へたり込んでいる。

 当のトビアスも同様だ。

「そうですか……それは、良かった」
「良くねぇよ」
「あ、いや、こっちの話で……ラッドヴィグの護衛を皆殺しにし、金品を巻き上げたってのも、嘘ですか? てっきりこの島も同じ様に荒らされると思い……」
「ミライさんを生贄にしたって言うの? こんな若い女性1人に押し付けるなんて感心しないわね」

 リディアがご立腹だ。
 腕を組んで、お説教モードに入っている。

「仰る事は分かります。私も悩みに悩みました。だが、悩んでいる間にも貴方方はこの島に近づいてくる。ラッドヴィグがニヴラニアで酷い目に会ったと聞き、断腸の思いで決断致しました。ミライにはどう償っても償いきれません」

 俯いてポツリと涙をこぼすトビアス。
 それだけで確かに相当悩んだのであろう事がわかる。

「あれはラッドヴィグが悪いのさ。人非人とは奴の事だ。護衛共は全員ブチのめしはしたが、1人も殺しちゃいない。奴の金品を巻き上げたのは確かだが、二度と悪事が出来ないよう、そうする必要があったんだ。俺達は金貨1枚たりとも手にしちゃいないし、全ては奴に巻き上げられた人々に返される手筈になっている」

 大きく息を吐き、ようやく真実が腑に落ちた様子のトビアス。

「今までに聞いた話と今の話を私なりに整理すると……貴方方は各国を旅して、生ける伝説と言われる超人達とも関わりがあり、ドラゴンの友がいて、行く先々で起こった問題を解決、多くの民衆を救っている、凄腕の方々。その正体はランディア王国の兵士達……という事になろうかと思いますが、その認識で合っていますか?」

 ……え?

 あ?

 そう……なのか?

「結果的にどれも事実ですが……はっきりとそう言われると物凄く照れますね」

 クラウスが頭をポリポリと掻く。

「でも、嘘や誇張は入ってないよね!」

 アデリナが嬉しそうにはしゃぐ。

 うむ。
 確かに。

 だが、こんな感じでまとめられてしまうと、まるで俺達が……

「そうですか。貴方がたは『英雄』だったのですね。私は何という早とちりを……」

 そうだ。それだけ聞くと俺達が『英雄』のようだ。
 かのロビンやオリオンのような。

「違いますよトビアスさん。俺達はそんなんじゃない。別に誰かを救おうと思って旅をしている訳でもないし、全部、結果論だから」
「いや、『英雄』とは、むしろ、そういったものでしょう。昔、ロビンとオリオンが世界を回ったのも、人々を救う為ではなく、彼らの武者修行の色が強かった。いや、彼らと並ぶ英雄がこのファンジア、そして我が家にに来て頂けている、という事が光栄であり、誇らしいです。代々、子孫までこの事は伝えていきましょう!」

 はあ……

 ま、好きにすりゃいいさ。
 マッツ? 誰それ? とか子孫に言われなきゃいいが。

「では、俺達はこれでお役御免だよね? 別に接待してもらわなくても暴れやしないよ」
「いえいえ、むしろちゃんと接待させて頂きたい。現金な話ですが、そういう事なら1つ、マッツ・オーウェン様に助けて頂きたい事が……」

 ほんとに現金だな!
 こんなやり取りの後で、良く言えるな!

「いや、あのね……」
「身勝手な話というのは理解しておるのですが、しかし、元々、剣聖シェルド・ハイの悪い噂通りだったとしても、私財を投げ打ってお願いするつもりだったのです。そして、恐らくこれは貴方がたも避けては通れない問題」
「ほう?」

 それは興味深い。
 俺達の旅を邪魔するトラブルは排除しておかねばならない。

「何でしょう、その問題とは」
「実はこの1ヵ月近く……カルマル、アスガルドとの交信が途絶えています。帰って来ない船はもう……20隻近くになりましょうか。ですので、今、ミラー大陸行きの船は出ていません」



 ―

 あの日のトビアスの話は予想だにしない話だった。

 誰もが、後一回船に乗れば目的地に着ける、と思っていたのだから。

 取り敢えず何とかしてみるよ、と約束して、但し、俺達が着くより先に、北海岸の港町に話をつけておいてくれるように頼む。

 解決するには船を出さないといけないだろうし、現地で俺達が説明しても『船は出せん!』とか頑固な奴がいるかもしれないからな。地元の名士に話をつけておいてもらう方が話が早い。


 あれから10日、俺達は今、北海岸の港町にいた。

 トビアスの話通り、全く活気がない。
 港町が船を出せないんだから、そうなるだろう。

 打ち合わせておいた目印の銅像の前で、トビアスの使者と合流する。
『船を出してくれる船主と話はつけておいた、ただ準備の為、出港はあと10日間はかかるらしい』と、状況を教えてもらう。

 その使者と一緒に船主の所に出向く。
 話の引き継ぎを終え、使者はトビアスの元に帰って行った。


 さて!

 やる事はやったし、あと10日間のおヒマが出来た事だし……

「じゃ、ヘンリックの誕生日祝いをやり直すか!」
「さんせーい!」
「別に……(やらなくても)いいんだけどな」

 アデリナの可愛い賛成と、ヘンリックのツンデレな賛成を頂いた所で、開いていた酒場に入る。

 閑散としているかと思いきや、閉まっている店が多いからか、客はそこそこ入っていた。

 南海岸の酒場の時と同じ注文をし、また乾杯からスタートする。



「ところで隊長、次の具体的な目的地は分かっているんですか?」

 クラウスが小声で聞いてきた。

 アスガルドへのルート、という意味ではなく、神の種レイズアレイクがどこに発現するか知っているのか? という問いだろう。

「見当はついているんだが、正確にはわからない。ま、ここじゃ何だから、その話はまたにしよう」

 ここは酒場だ。
 どこで誰が聞いているか、わからない。

 特に『神の種レイズアレイク』については、普段から必要時以外は口に出すな、と伝えてある。

 情報漏洩の観点で言うと、酒場などは一番危険だ。
 それを察したクラウスが、頷きながら別の話をしだす。


 飲み始めてから30分程経っただろうか。

 1人の旅人風の男と5、6人の商人風の男女が店に入って来た。彼らは俺達の席の後ろに座ると酒を注文し出す。

 まあ、なんて事の無い、当たり前の風景だ。

 だが……引っかかる。

 その旅人風の男……何故だか、俺に敵意を向けている。
 敵意感知のセンサーが弱々しく反応する。

 この感覚からわかる事は、恐らくは今、俺がここに居ることに気付いていないが、俺個人に対して恨みを持っている奴だ。

 今、この場で間接的に俺を攻撃しようとしている。

 瞬時にそこまで理解し、後ろに座った奴らの話に耳を傾ける。


『その話、本当なのか?』
『ああ、本当だ』
『そんなひでぇ奴がこの島に来ると?』
『そうだ。今頃、ニヴラニア、マリー島の若い女性は皆、アイツに無茶苦茶にされているだろう。お前らも早く家族や友人に教えてやれ。女を表に出すな』
『どうしてお前はそんな事を知ってるんだ? 俺が聞いた所、剣聖シェルド・ハイってのは正義漢で、行く先々を救って回っているって聞いたぜ?』
『ハッ! そんなのはデタラメだ。何せ、俺はドラフジャクドの首都ペザで勤めていた兵士だったんだ。俺は直接、奴を見、この目で奴の女癖の悪さを見たんだからな』
『お前が言う事が本当なら、どうすりゃいいんだ?』
『とにかくこの話を流し、皆に危機を知らせるんだ。カルマルやアスガルドにも流せ! 間違っても捕まえようなどとは考えるな? 奴は残酷非道で凄まじく腕が立つ。簡単に殺されるぞ』


 ……


 クックック……

 ついに見つけたぞ。
 俺の嘘の噂を流しているクソ野郎。
 どうしてくれようか。


 リタと目が合う。
 彼女も今の話を聞いていたようだ。

 俺は右にいるアデリナの方に顔を向け、奴らからはクラウスに隠れる感じで一旦、機会を待つ事にした。


「ねぇ、その話、私達にも詳しく聞かせてくれないかしら?」

 そしてリタが口火を切った。

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