135 / 204
第4章 聖武具
闇の断崖(5)
しおりを挟む結局、根負けした俺達は、リンリンを仮加入させる事にし、出航した。
正式に加入するかどうかは、今回の調査と解決が上手くいって、無事にカルマル王国に渡航できたら、もう一度話し合って決めよう、という事になった。
俺達の旅の目的も告げずに仲間に入れるなどはあってはならないしな。
そして、いくら高度な召喚魔法を扱えるといっても子供は子供だ。親御さんがいないため、旅の間、俺が保護者となる事になってしまった。
航海3日目の朝。
「リンちゃん、どうしてそんな高度な魔法が使えるの?」
甲板で潮風を受けながら、リディアがそんな疑問を口にした。
「ふふふ。リンは生まれつき、召喚魔法が使えたのだ!」
「ええ!? ほんとなの??」
「うむ。ほんとじゃ」
リディアからすれば不思議だろう。
学校で勉強し、1人になっても勉強し、エルナという素晴らしい師匠について勉強し、超人ヒムニヤにも教えを請い、とにかく勉強しまくっていたのだ。
ツンなリディアしか知らない人間からは見えにくいが、彼女はとても勤勉家だ。
今でも毎晩、エルナから預かったテン系統の魔術奥義書を読んでいるのを俺は知っている。
だからこそ、エルナのお眼鏡に適ったのだが。
「まさに、天才、なんですね」
何故かリンリンに敬語を使うクラウス。
「いやいや、世界は広い。リンより才能のある奴など、ゴマンといる。そういうお主もリディアも素晴らしい才能に恵まれておるぞ?」
「そんな事もわかるんだ! え~~~何か、そう言われると嬉しいな!」
……
何だかリディアが素直だ。
無邪気に笑うリディアを見ていると、心があったまる。
但し、少し離れて彼女にわからないように見ないとダメだ。
ジッと見ている事がバレると怒られるからな。
紅茶をすすりながら、俺は少し離れたテーブルから甲板の方を見ていた。
「どしたの?」
ニコリと微笑みながらアデリナが横に座る。
テーブルに両の手で頬杖をつきながら、小首を傾げて俺の方を見る。
「いや、ここからあの3人のやりとりを聞いていたんだ」
そう言って、アデリナから目を逸らす。
今日のアデリナは、無茶苦茶可愛い。
もう気温はかなり暑い時期、薄い緑のチュニックにハイウェストのミニスカート、まぶしい生足に足首までを包むブーツ、と服装も刺激的だ。
目を逸らしたのは、見ていると何やら悪魔マッツがゴソゴソ出てこようとするからだ。
そんなまったりした日常の空気を、俺の敵意感知センサーが突然ぶち壊す。
キィィィ……ン!
小さい。
今、俺のセンサー圏内に入った、というところか。
「敵を捕捉した。まだ遠いが、少しずつ近づいてくる。気を付けろ!」
皆、俺の方を向き、一瞬の驚きの後、構え出す。
船室からヘンリックとリタが寝ぼけ眼で出てくるが、その状態でも隙が無いのは流石だ。
「近付いて……くる!」
「いや……違うぞ。マッツ」
リンリンが沖の方を見つめる。
「来るのでは無い。この船がそこに向かっておるのだ」
……
やがて ―――
薄っすらと水平線が黒く見え出す。
「!! 何だ……あれは……」
黒い……壁!!
近づくほどに異様!
海にポッカリと、では無い。
見渡す限り、海に垂直に反り立つ、黒い壁。
ある意味、『世界の眼』よりも異常なもののように見えた。台風や竜巻は自然現象として存在するが、海に立つ壁、などと言うものは有り得ないからだ。
リンリンは厳しい視線を崩さない。
「あれが、ここ最近の船の失踪の原因。近付くものを全て闇の世界へと飲み込む『闇の断崖』」
……
待て。
あんなの、どうすればいいんだ。
俺の敵意感知センサーがビンビン警鐘を鳴らす。
取り敢えず……
「船長! 船を止めろ!」
「あいよー!!」
呑気な声で返事をする船長。
帆を下ろし、魔法の動力を切り、この船は止まった筈だ。
だが、黒い壁はドンドン近付いてくる。
つまり、引き寄せられてるって事か。
……なるほど。
感じるぜ。あいつの気配。
「隊長、ヘルドゥーソの闇の気配を強く感じます!」
クラウスにはあの壁が見えていないが、わかるのだろう。すぐそこに何かがある事を。
「だな。これだけの規模のものを顕現させるとは……さすがに超人か」
「一体、何が見えているの? 『闇の断崖』って何?」
戸惑いながらリディアが叫ぶ。
「見えているものをそのまま言うと……すぐそこの海の上から、数十メートル程の高さの黒い壁が見渡す限り、そびえ立っている。ドンドン近付いて……いや、リンリンの言う通り、この船が引き寄せられている」
「なるほど。船の失踪の原因は、それに飲み込まれたって事ですね」
クラウスは冷静だ。実に頼もしい。
「このまま、あの壁を吹き飛ばしてやってもいいんだが……今までに消えた船はどこに行った?」
破邪の魔剣、シュタークスを鞘から抜き放つ。
「きっと、その壁の中、つまり奴の世界を彷徨っているのではないでしょうか」
「俺もそう思う。だからこのまま俺があれをブチ破ると出てこれるかも知れない。だが、永遠に出てこれなくなるかも知れない」
「そうですね」
ニヤリと笑う俺とクラウス。
「船長!! 船を反転し、ファンジアへ向けて全力で戻れ!」
「あいよ――」
またまた間延びした返事をする船長。だが、腕は確かだ。
ちょいと危険だが、あの壁を中からぶっ壊してやる。
「ちょっと待ってマッツ、どうするつもりなの!?」
リディアが心配そうな顔付きをしているが、男は度胸! ここはやらねばならない!
「クラウスと2人で、ちょっと行って助け出してくるよ」
「ちょっと行ってって……」
「あそこが闇の世界だというなら、一気に全滅の可能性もある。皆は一旦、ファンジアに帰れ。船を救助したら俺とクラウスも帰る」
全員の顔を見る。
そして、手を挙げて挨拶を済ませる。
「クラウス!! 俺に掴まれ! 『闇の断崖』とやらに乗り込むぞ!!!」
「了解ですッッ!!」
俺とこいつの2人なら出来る。
反転中の船の甲板から目の前の壁に向かって飛ぶッッ!!!!!
その時!!
ギュッッ!!
クラウスとは違う。
暖かく、小さい手が俺の首に巻き付いた!
「リンも行くッッ!!」
なぁぁぁぁ~~~??
―
今までに経験した闇の波動による、闇の世界。
ここもそれらと変わらなかった。
永遠に続くかのような漆黒の闇。
光など一切存在しないこの世界だが、俺、クラウス、リンリンは互いに目で見えている。
そんな中……
「お前なぁ!! 危ないにも程があるぞ!! こんなとこまで付いて来て、どうするつもりなんだ!! 生きて戻れる保証なんて無いんだぞ!」
リンリンを俺の目の前に立たせて説教する。
「……そんなに怒らんでも……いいじゃ無いか……マメもビビっておるわ、可哀想に」
怖がるフリをしながらも、この少女は全く意に介していない。
どうやったら、これほど肝っ玉の据わった子に育つんだ? ここはしっかりお灸を据えてやらないとな!
「い―――やッッ! 怒るね! 怒ったね、俺は! 船に戻ったら、たっぷり絞ってやる」
「ほれ、今、船に戻ったら、と言ったじゃないか。戻れるんじゃないか」
「一々、揚げ足をとるなッ! 俺はお前の保護者になったんだ! きつ~~~く叱ってやる!」
「まあまあ、隊長……あまり長くこの中にいるのはまずいです。さっさと仕事して帰りましょう」
おっと、そうだった。
「自我を保てなくなるため、時間が吹き飛んでしまう、とサイエンが言っていたな。手短かに済ませよう……とは言うものの、今、俺達って自我はあるよな??」
だが、その疑問はリンリンに遮られる。
「何と。サイエンと言えば《中立者》の。奴と知り合いか」
リンリンが怪訝そうな顔をして俺を覗き込む。
「まあ、色々とな。ドラフジャクドで助けてもらったんだ。あいつがいなければどうなっていたかわからない」
フーム、と小さく唸り、黙り込むリンリン。静かで良い。今の内にさっさと済ましてしまおう。
「クラウス、ここに方向や方角があるかどうかは別として……あっちの方に人の気配を感じる」
感じる方を指差して知らせる。
この闇の世界ではヒムニヤから光の波動を受け継いだクラウスだけが頼りだ。
「わかりました。そちらに進みましょう」
すると、確かに進む感覚がある。
クラウス、やるなぁ。
ヒムニヤに弟子入りした時間は無駄じゃなかったって事か。
しばらく進むと何かが見えてくる。
……
見つけた。船だ。
何十隻もの。
暗闇の中に船がいろんな方向を向いて浮かんでいる。
「あれだな? 失踪した船ってのは」
「中の者達は……闇の波動に干渉され、気を失っているようだな」
肩口のリンリンがそんな事を言う。
いつの間にやら、おんぶさせられていた。
「うわっ! いつの間に背中にいたんだ!」
「さっきから。うふ。マッツは暖かいのう」
うふって何なんだ。
調子狂うな……
「しかし、リンリンはどうしてそんな事までわかるんだ?」
「フッフッフ! リンは生まれつき、色々凄いのだ!」
……確かに。
凄いのは確かだ。そこは否定しない。
クラウスは俺のベルトを掴み、リンリンは俺の背中にしがみついている。万が一、戦闘が発生するケースを想定し、俺の両手を空けてくれているのだ。
スルスルッと最初の船の中に乗り込む。
「いたッ! 船員、乗客、皆、倒れています!」
クラウスが叫ぶ方向に、うつ伏せ、仰向け問わず、バタバタと倒れていた。
「どうやって、起こすのだ?」
耳元で可愛い声を発するリンリン。
「俺がヒムニヤを助けた時は、体に触れて名前を呼んだな……」
「何!? お主、ヒミにゃ……ん、コホン。《神妖精》とも知り合いなのか!!」
「ああ。元々はドラフジャクドで一人きりにした俺が悪いんだが……ヘルドゥーソの闇の波動を食らっちまってな。サイエンと一緒に助け出したんだ」
これには心底驚いた感じのリンリン。
「う―――む……只者ではないと思っていたが……それほどとは」
「さて……この人達の名前、知らないからな。取り敢えず、呼びかけてみるか……」
そうして一番手前にいた水夫の肩に触れ、お――い! と呼びかけてみる。
すると、あの時のように、少しずつ、少しずつ、目を開ける。
ほう。
これで合ってるみたいだな。
そうして次々に起こしていく俺達。
しかし視線を感じる。
「見ているな? ヘルドゥーソ」
返事は無い。
心無しか、ニッと嫌な笑いをした気配を感じる。
だが、思念体では負け続きのヘルドゥーソ。
どうやら今回は出てくるつもりは無いらしい。
「ふん……じゃ、好きにさせてもらうぞ」
そう言って救助活動を続ける。
「頑張れ~~~マッツ~~~!!」
「ミャ~~~」
背中から応援してくれるリンリンとマメ。
ヒムニヤに似た慈愛の温もりを肌で感じるのは、気のせいだろうか。
0
あなたにおすすめの小説
スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました
東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!!
スティールスキル。
皆さん、どんなイメージを持ってますか?
使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。
でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。
スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。
楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。
それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。
2025/12/7
一話あたりの文字数が多くなってしまったため、第31話から1回2~3千文字となるよう分割掲載となっています。
悲報 スライムに転生するつもりがゴブリンに転生しました
ぽこぺん
ファンタジー
転生の間で人間以外の種族も選べることに気付いた主人公
某人気小説のようにスライムに転生して無双しようとするも手違いでゴブリンに転生
さらにスキルボーナスで身に着けた聖魔法は魔物の体には相性が悪くダメージが入ることが判明
これは不遇な生い立ちにめげず強く前向き生きる一匹のゴブリンの物語
(基本的に戦闘はありません、誰かが不幸になることもありません)
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる