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第4章 聖武具

(おまけ)ファンジア島 温泉紀行

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 時間はちょっとだけ遡る。

 ペレ諸島ファンジア島北海岸の港町にて、一行が船の失踪を調査するための出航準備を待っていた十日間。暇を持て余していたある日の事。


「見て! ここも温泉があるみたいよ!」

 リディアが大きな温泉施設を指差して言う。

 この日、俺達は皆、別行動をしようという事になり、俺は1人で町を散策していたのだが、途中でアデリナと会い、続けてリディアと会い、結局3人でブラブラしていたのだ。

「ここは綺麗そうだな。広そうだし……入ってく?」
「入る入る!」
「うん、私も入りたいかなー!」

 そんな訳で3人で中に入ると、フロントまでに見える『貸切個室温泉有り』と看板に大きく書かれた文字。

 何という素敵な響きの言葉だろうか。そういえばリナ諸島エイブル島で寄った観光案内所のお姉さんが貸し切りもありますよ、と言っていたな。その伝説の施設がこれか!

「どどどどうするの……?」

 その文字だけで真っ赤になるリディア。

「どどどどうするったって……」
「よし、貸し切ろう!」

 さすが、アデリナ! こういう時は頼りになるぜ!
 賛成だぜ!

「ええ? でも、水着とか持ってきてねぇよ?」

 と、表向き言ってみる。

「そ、そうよ、アデリナ」
「タオル巻いたらいいじゃん?」

 天才か!

「ま、そ、ま、そうだな……」
「マッツ、顔、顔!」

 笑顔のアデリナに言われて引き締める。

「どう? 男前になった?」
「なった!」

 ギュ―――!!

 満面の笑みでくっついてくるアデリナ。そしてリディアもジトッと呆れ顔をしながらも反対側の手を遠慮がちに握ってくる。

 うむ。今日は幸先が良い。きっと何か良い事が待っているに違いない。


「タオル等も貸し出していますので、そちらからお取り下さい」
「じゃ、俺がとってくるから、受け付けしておいてくれる?」
「りょーかい!」

 右端の棚から大小タオル3人分を取り、戻ってくると受け付けが終わった所だった。

「マッツ! 借りたよ!『ミシディシ湯』って言う所だって。面白い名前だね!」
「疲労回復効果がありますよって言ってたわ」
「そうか! じゃあ今日は……ノンビリしますかー!」
「さんせーい!」

 アデリナが手を上げて飛び跳ねる。今日のアデリナはすこぶる機嫌がいい。

「トイレ行ってから入るよ」
「わかったわ」
「わかった! 先、行っとくね!」


 ―

 今日は、今まで見た事が無い2人のあられもない姿を、遂に拝見できるのだろうか。

 それを考えると胸が高鳴るぜ。
 長い旅だ。たまにはこういう事があってもいいだろう?

 そうだ。これはきっとツィさまだ。
 ずっと過酷な旅を続ける俺を見たツィさまがくれた盛大なプレゼントに違いない。さすがは慈愛の女神。

 トイレから出て、そんな事を思いながら道なりに歩いていると目の前に出てくる看板が2つ。

『ビシディシ湯……効能(疲労回復)』
『ランヌイ湯……効能(皮膚病、神経痛)』

 おっと。2つあるのか。ボーッとしてたぜ。
 確か、ビシディシって言ってた気がする。疲労回復って書いてあるし、こっちだな。

 ガラガラ……

 扉を開けて中に入ると、ガラ―――ンとした広い露天風呂。誰もいない。
 中央に大きな岩が突き出しており、見渡せないが、広い事はわかる。

 貸切なのに、えらく広いんだな……こりゃ贅沢だ。

 あれ?
 誰もいないな? リディア達はまだ来てないのかな。

 そんな事を思いつつ、掛け湯をして早速入浴してみる。

 ジャポン……

 熱い湯だな……こりゃ、長湯は辛そうだ。

 よし、取り敢えずは露天風呂一周だ!
 貸し切ったんだし、泳いでも大丈夫だろ!

 綺麗な青空を見上げ、仰向けで平泳ぎにして泳ぎながら風呂を泳いでいると、手が柔らかい何かに触れてしまった。

「ひゃ!」
「あ、失礼」
「え? マッツ?」
「ん? ありゃ……リタ!? どうしてこんな所に」

 なんと誰もいないと思っていた、しかも俺達が貸切った場所に、タオルで髪の毛を上げたリタがいた。

「どうしてって……入りたかったからよ」

 そう言いながら、胸を隠しつつ、

「てか、あんた、それこっちのセリフよ?」
「え?」
「ここ……今日は女湯なんだけど?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ?」

 いやいやいやいや!

 そんなはずないだろう!
 いくら俺が良からぬ妄想のせいでボーッとしていたとしても、二択で入る湯を間違うわけないだろ!

「いや、ここは貸切風呂だろ? ちゃんと受け付けで貸し切って、リディア達ときたんだぜ?」
「うーん。どこかと間違ってない?」
「どこかっつったって、湯は2つしかなかったしな。間違えるわけがない」
「2つ? てか、そもそもリディア、ここにいないじゃない」

 ええ……マジか……

「せっかくあの噂の根を絶ったのに……また新しく作る気なの?」

 待て、途轍もなく嫌な予感がする。
 受付が間違えたか、アデリナ達が間違えたか、俺が間違えたか、いずれにしても、

「そういう事ならさっさと出て行くべきだな」

 そう言ってザバッと湯から出ようとした時!

「そうね、でも……」

 ワイワイ……
 キャーキャー
 ……ちゃん、おっぱい大きーい!
 ……ちゃんこそ、足、きれーい!


 ……


「遅かったわね……」

 入り口の向こう側から、これから入ってくるであろう若い女の子達の声が聞こえてくる。

 ヤバいヤバいヤバいヤバい。
 これは確実にヤバい。

「取り敢えず、そこの岩陰に隠れなさいな」
「ああそうする」


 ガラガラガラッ

 わーひろーい!
 ほんとー! すごーい!


 ……ヤバい。

 この逃れられない状況が重なる展開は非常にマズイぞ。ツィさま! 本当にこれ、プレゼントなの?

「(マッツ……早く……!)」

 小声で俺にそう言いながら、入ってきた女の子達から見えないよう、岩陰に俺を押し込み、蓋をするような場所に移動するリタ。

 何だかんだ言って優しいなぁ。

 湯に浸かりつつ、ジッと静かに耐える。

 俺の目の前にあるリタの後ろ姿。
 うなじ、綺麗だなぁ……


 キャッキャッ!
 いやーちょっとここ、熱すぎない?


 うむ。熱い……頭がボーッとしてくる。


 ―

 そうしてかなり長い間、湯に浸かったまま我慢する。
 リタは俺が入る前から入っていた筈だが、大丈夫だろうか。もはやどれだけここにいるのかよくわからない。


 あーいーお湯だった!
 そろそろ出る?
 そうね!


 ふぅ。やっとか……

 あれ? リタが二人? あれ? 三人?


 ピトッ

 リタの背中が俺の頭にくっついている。
 何だこれ、どういう状態だ?
 しかし、これだけ長く浸かっていて、どうしてリタの背中はこんなに冷たいんだ?

 ううむ。気分が……悪い。

「やっ……ちょっと! マッツ……何して……って、熱っつ! ちょ、貴方、大丈夫?」

 リタに抱かれてる感触がする。柔らかいけど力強いな。ああ、俺はもうこのままリタに好きにされてしまうのだろうか……

「しっかりしなさい!」

 バチン!

「ひゃっ」

 少し目が醒める。
 目眩か?
 リタから離れ、湯から出ようとする。

「あ、ダメよ!」


 え? ちょっと!!
 いや! 男がいるわ!
 いやーー! キャーーキャーー!!


 う……見つかったようだ。

「いや待って……これは……違うんだ」

 そう言って後ろを向いて逃げようとして、だが体が思うように動かない。
 すぐ後ろにいたリタに抱きついてしまう。

「うあ!」
「いや! ちょちょっと!」

 う、ごめんリタ。体が動かない。さぞや怒っているだろうと思いながら顔を見ると、なんと物凄く心配そうな顔をして俺の顔を覗いていた。

 ああ、なるほど。君は天使だったのか。


 ガラガラガラガラッッ!!

「……!! こらぁぁぁぁぁ!! なぁぁぁぁにやってるんだよ!!」

 あ、アデリナ。しかも湯けむりではっきりとは見えないが、スッポンポンに見えるぞ。
 入り口で仁王立ちしている。

「悲鳴が聞こえたからもしかしてと思ってきてみたら……どうして、私達をほったらかしにして、リタさんとイチャイチャしてるんだよ!」
「待って、アデリナ。イチャイチャなんかしてないわ」
「してるよ! 抱き合ってるもん!」
「え? うわっごめん!」

 怒鳴りながら近寄ってくるアデリナにそう言われて、改めてリタと抱き合っている事に気付き(正確には抱き抱えられていたんだが)、離れようとする。

「いや、ちょっと! 待ちなさい、貴方、完全にのぼせてるわよ! 大丈夫なの?」

 ダメだダメだ剣聖シェルド・ハイ竜殺しドラゴンスレイヤー竜騎手ドラゴンライダーも英雄も、今まで築き上げてきたものが全て崩れ落ちて行く気がするぜ!

 ここは一旦、逃げるに限る!
 そう思い、動かない体に鞭打って大急ぎで湯の外へ!

 キャーキャー!
 いやーー! 変態!!

 ええいやかましい! 悪いのは俺だけど!

「ちょ……待てぇい! マッツ!」

 あれだけ機嫌の良かったアデリナが……怖い!
 何とか先に入り口に辿り着く!

 入口の扉を開こうとした時!

 ガラガラッッ!!

「へ!?」

 先に勢いよく開く!

 からぶった俺の手がその空間にあったタオル的なものを掴み、横に放り投げてしまう!

「ひゃ……いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 あ、これ、死ぬかも。

「リ……リディア……」

 俺がタオルを剥ぎ取ってしまったため、素っ裸になってしまったリディアがそこにいた。

 あ、やべ。貧血……
 クラクラ……する……

「ごめ、リディ……」

 ペトッ

 あれ?
 今度はリディアの胸が俺の頭にくっついたぞ……
 何が起こってるんだ?

「いや! ちょっ!」
「だめ、体が動か……」
「こんの……」
「ヒ……」

 キ――――――――――――ン!!

 てて敵意ィィィィ! 感知ィィィィ!!!

「エロボケマッツゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 顔を真っ赤にしたリディアの、魔力の篭ったアッパーを食らって空高く飛び上がった俺の視界に、『ビシディシ湯』、『ランヌイ湯』と書かれた看板の反対側に『ミシディシ湯』と書かれた看板が映った。


 ―

 目が覚めたのは翌日、そして、この日の記憶は殆ど残っていなかったのだった。

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