神の種《レイズアレイク》 〜 剣聖と5人の超人 〜

南祥太郎

文字の大きさ
146 / 204
第5章 陽の当たる場所に

5人目の超人(3)

しおりを挟む

 死神ガイア・ヴラスト ―――

 魔力無しに超人まで上り詰めた男。
 彼が2300歳位の頃、時の『剣聖シェルド・ハイ』フムルグにより、一度、倒されたらしい。

(奴は強かった……当時、我はまだ腕が2本しか無かったしな)

 普通、そうだろ。

剣聖シェルド・ハイ』というからには修羅剣技の先代様なんだろうが、剣技詠唱無しで勝ったという事か。
 よくよく聞くとフムルグは超人でもあったそうだ。

 フムルグに両腕を切断されて敗れたガイアだったが、次に気がついた時には、腕が6本に増えていたそうだ。
 格別、おかしな事とも思わず、むしろ、色々と便利になったと喜んだ、と言っていた。

 ちょこちょこ、ついていけない部分もあるが、ガイアの腕が6本の経緯はそういう事らしい。

 察するに、このガイア・ヴラスト、恐らく、不死者アンデッドだ。
 でなければ腕が6本とか、目覚めたら生えてるとか、意味がわからん。きっとフムルグに敗れると同時に一度、死んでしまったんだろうな。そして、この地下迷宮の不思議な力で蘇ったか。


 ガイアと色々な話をしながら、アルマジロのデカい版みたいな生き物に乗って、この地下迷宮を移動する。

 これはこれで楽っちゃ楽だが、背中が丸すぎて少し乗りにくくはある。だが、贅沢も言っていられない。歩くよりは断然早いしな。

 ガイアはこの生き物に乗らず、歩いている。だが、その速度たるやこのアルマジロっぽい奴に引けを取らない。魔力無しに一体どうやっているのかとよく見てみると、何と『摺り足』だった。

 普通の摺り足ではない。
 足の指が尋常じゃない力強さで動き、歩幅以上に体を前に前に押しやるのだ。

 そして不意に俺の名を呼ぶ。

(マッツ・オーウェンといったか)

「え? ああ。なんだ?」

 ガイアはギョロリと目玉を光らせながら、少し上の方を見て、ケケと笑う。
 何か、嫌な予感がする。

(お前も強いんだろう。気が変わった。やっぱり勝負しろ)

「ええ!? 約束が違うじゃない!!」

 リディアが言い返すが……無理だろうな。

(まあ、よいではないか。現代の剣聖シェルド・ハイがどんなものか、折角、目の前にいるというのに味わわずにいられようか)

 やれやれ。やっぱりこうなるのか。

(さあさあ、抜け! 剣を)

「ふん。いいとも……但し! 殺さないでね?」

 そう言うと、ケッケッケといかにも楽しそうに、歩きながら体を揺らすガイア・ヴラスト。

(殺されたくなければ、死ななければ良い。我を倒せ!)

 言うなり、斬りかかってきた!

 敵意を感知しない所をみると、純粋に仕合いたいらしい。
 一応、心構えていた俺はシュタークスを鞘から抜き、初撃を打ち払う。

 そして、ガイアを見据えながら、用心深くアルマジロっぽい奴からソロリと降りる。

 6本の剣先が全て俺を向く。
 当たり前だが、剣の戦いでこんな相手は初めてだ。

 単純に6倍の攻撃力。
 受けに回るとろくな事が無いと見た。

「でぇやッッ!!」

 右上段から左下への斬り払い!
 受け止められれば、残りの4、5本から総攻撃を食らうはずだ。
 そうならないよう、

 案の定、俺の剣を2本の剣でバツで受け止めようとするガイア・ヴラスト。
 剣同士がかち合った音がした瞬間に、手首を内に折り

(お、おお!!)

 シュタークスはバツの字になっているガイアの2本の剣の防御を貫通したかのように素通りし、そのまま左下に抜ける!

 だが、間合いが足らない。恐れてはダメだ。
 すぐさま両手持ちにし、下段からの返し、同時に一気に踏み込む!

 が、最下段にいる2本の剣に阻まれ、突っ込んだ俺に中段で構えていた2本の剣が突きに来る!

 しかし、その『突き』も想定の範囲、を見切っている。体を横にして紙一重で交わし、再度左側、今度は中段から上方へと斬り払う!!

 その攻撃は上で構える1本の赤い剣に、呆気なく弾かれてしまう。

「ぐあ!」

 同時に骨折箇所が激しく痛む。が、弱みを見せるとヤバい。一瞬の怯みを見逃さず、6本の剣が踊りかかって来た!!

「ぐ、ぐ……!!」

 キンキンキンキンキンキンッッッ!!!

 ラグがある攻撃は適宜、捌く。
 同時攻撃はバックもしくはサイドステップで躱す。
 やり辛いのは、上段と下段の同時攻撃だ。
 この攻撃は大きく避けるしかない。しかし避けていても勝てない。

(素晴らしい! たった2本の腕と1本の剣でここまで渡り合うか! さすが剣聖シェルド・ハイ!)

「普通の剣士は……そうだっつうの!!」

 言い様、片手で右上段から斬り放つ!
 それをまた、右上の1本の赤い剣のみで弾くガイア。
 飛び退く俺。

 何やら違和感がずっとあったのだが、ようやくわかった。あの赤い剣、あれは他の剣とは別格だ。

 1対1でシュタークスが力負けする。シュタークスは魔力を帯びて本領を発揮する剣だが、それを差し引いて考えてもあの剣は強い。

「ハッ……あの剣は! マッツ! 赤い剣に気をつけるんじゃ!!」

 リンリンは物知りだなぁ、なんて事を考えるが、言われるまでも無い。あれはヤバい。

 全力でいく!

 が、クソッ!

 段々と体の節々が悲鳴を上げ始める。
 特に骨折を無理やり治癒した部分が熱を帯び、軋み出す。

「マッツ、頑張れ!!」
「そんな卑怯な奴に負けないで!」

 リンリンとリディアの応援を受けて、元気百倍だ!

『超治癒』とやらを戦いと並行して発動! ……しようと試みるがなかなかうまくいかない。

 だが、この戦い、負ける訳にはいかないぜ。

 ヒュン!

 待っていた赤い剣での突きが俺の左手側に来る!

「おうらぁぁぁぁぁぁ!!」

 突きが引く寸前を見切り、それと同時に一歩踏み込む。

 再び両手持ちに変え、右手側への攻撃を払いつつ、下段への攻撃を見極めステップを踏み、ようやくガイアの首筋にシュタークスが辿り着く!

(グアッッ!!)

 とった! ……と思った一瞬の気の緩み、こいつが不死者アンデッドである事を忘れてしまった。

 首への斬撃ダメージを意に介さず、6本の剣が俺を襲う!!

 いや、違う!
 体を入れ替え、なんと、3本がリンリンに斬りかかる。

 体を入れ替えた瞬間、気配を察知したリディアがリンリンを背後に庇った為、それら3本の剣はそのままリディアに降り掛かる!!

「待て!!!」

 俺も体を入れ替えられた瞬間に、再度、左側から元に戻す姿勢を取っていた。

 リンリンを睨むガイアの脇腹にシュタークスを突き刺し、リディアの前に出る。

「マッツ!!!」

 バッッッッシュウウウウウゥゥゥ!!!

「るあああああああッッ!!!」

 痛え……

 思いっきり、しかも複数の剣に同時に切り裂かれた事はわかった。

 なかなか無い体験だ。

 俺がやられても、よもやこいつがリディア達を殺すとは思えないが……

 たの……むぜ……ガイアさん……

 プツリ ―――




 ―――

 リディアの目の前で凄まじい量の血しぶきを上げて崩れ落ちるマッツ。

「マッツ……」
「マッツ!!」

 リディアとリンリンの2人は呆然としながら、名前を呼ぶ事しか出来なかった。

(おおお。残念……もう少しで満足できる所であったというのに……)

(しかし、現代の剣聖シェルド・ハイも見事なもの! いや、手負いでなければもっと良い勝負であったかもしれんな)

「この野郎~~~よくもマッツを~~~!!!」

 リンリンが怒気を孕みながら、上目でガイア・ヴラストを睨みつける。

「ダメよ、リンちゃん!!」

(何だ、我とやるというのか? ……お前達では、どちらにせよ、この迷宮から出る事も敵うまい。ここで殺してやるのが温情か)

 そう言って、6本の剣同士をカチカチ鳴らす。

「ぐ……ぐ……マメ! 今こそお前の出番じゃろ! 頼むよ! マメ!!」

 何故かこのタイミングで、小竜のマメに何やら頼み出すリンリン。それをパニックと受け取ったリディアが、必死にリンリンを抱きしめ、背中をさする。

 だが、そのリディア越しにリンリンは叫ぶ。

「マメ! リンはマッツが大好きだ!! お前もマッツが好きだろ!? 助けてくれ! マッツはまだ死んじゃいない!!」

 小首を傾げたマメの足下に、マッツの体から流れ出した大量の血が押し寄せる。

 ジッと見つめるマメ。

(一体、何なのだ?)

 ガイア・ヴラストも怪訝な表情を見せる。

 突然!!

 マメの体が光り出す!!!

「今、この局面! お前しかいない! 本当の姿を見せろ! マメ!!」

 その叫びに応えるかのようにひと鳴きする。
 だが、それはいつものミャーという可愛らしいものではなかった。


「グルオオォォォ……」


 低い低い唸り声。

 その時点で、体が元の数倍程の大きさになっている。

 唖然とし、口を開けて、しかし声が出ないリディア。
 彼女とは対照的に涙を流しつつ、喜びの表情を見せるリンリン。

「……マメ! やった!」

(おお、おお!! これはまさか!)

 ガイア・ヴラストは心当たりがあるようだ。


 今は無き、とある竜族。
 一説では神族の末裔とも言われる一族。


 ドンドンと大きくなるマメ。

 その姿は竜では無く、『人』の形に移り変わって行く。

 はち切れんばかりの盛り上がった筋肉。
 3メートルに届こうか、という巨躯。
 上半身裸で、赤黒い皮膚の色。
 整っていないチリチリの黒い長髪。
 不細工ではないが、恐ろしい顔つき。
 そして黄色の瞳に、縦に細く黒い瞳孔。

「マメェェェ!!! 久し振りじゃな!!」

 右足に抱きついて頬ずりするリンリン。
 そして、ガイア・ヴラストを睨む。

「目の前のこいつが、『死神』ガイア・ヴラストだ。思いっきりやっつけろ! 満足させてやれ!! だが、あの赤い剣には気をつけろ! お前でもあれはヤバい!!」

 そう言うリンリンに頷きながら、

「リンリン……久し振りだな。さて……お前が『死神』か。知っているぞ? 俺と……やるかね?」

 言葉の途中でガイアの方を見て挑発する!

 さっきまで小さな可愛い竜だったマメが、鬼のようなビジュアルになった上、普通に喋った!! 驚きに次ぐ驚きで腰が抜けてしまうリディアだったが、マメの変身後のこの姿に、何故かがあった。


 そして、更に剣同士、激しく音を鳴らし、狂喜するガイア。

(おおお! 何と何と!! 貴様、竜人ドラケマニカではないか!!! まだ生き残りがおったのか! 今日は何とツイているのだ。剣聖シェルド・ハイ竜人ドラケマニカを同時に食えるなど……二度とあるまいて!!)

「食う……? 一体、何をほざいているのやら」

 シュンッッ!!

 言うや否や、姿を消すマメ!

 瞬間、右腕を大きく振りかぶった状態で、ガイアの目の前に姿を現わす!!

 目はその動きについていったが、体が対応できないガイア。
 そのまま、『竜人』と呼ぶマメの一撃を受ける!!

 ドッッッゴォォォォォォォォォォォォォン!!!

 あっさりと吹っ飛び、遥か後方の壁にめり込むガイア・ヴラスト!

「うお~~マメ~~!! イイぞ~~~!!」

 両手を上げ、手を打って喜ぶリンリンと、圧倒的な力を見せつけたマメを見て、リディアはしきりに何かを思い出そうと首を捻っていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。 ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!? 俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。 第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。 「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」 信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。 賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。 様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する! 異世界ざわつき転生譚、ここに開幕! ※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。 ※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。

玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!? 成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに! 故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。 この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。 持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。 主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。 期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。 その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。 仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!? 美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。 この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

処理中です...