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第5章 陽の当たる場所に
破壊の神 ミラー(1)
しおりを挟むマッツとアデリナがのほほんとデートをし、成り行きで怒る蛇のゴロツキをぶっ飛ばした日から10日ほど後の事。マッツのパーティは王都に向けて、いまだ旅路の途中だった。
場所は少し変わり、ここは彼らが目指す最初の目的地、アスガルド王都ミルディク。
人口は50万を超え、商工業が栄えた大都市だ。
剣術、武術も盛んで、そこかしこに剣術学校がある。
その反面、魔法に関しては後進で、王都にある魔術協会は、魔法先進国であるビルマークから教師を派遣してもらおうと交渉を続けている。
王都ミルディクは、山に囲まれた場所に位置しており、西の裏手には『ヨトゥム山』という、木々の濃い山がある。
この山は元々霊気の濃い場所であり、幽霊や幽鬼などの不死者が見られる事もあり、国民は立ち入り禁止の区域となっている。
オレストが言う『厄介な不死者』はこの山に現れた。だがその事を知る者は、まだ、国の上層部のごくごく僅かしかいない。
王都ミルディクに住まう人々は今日も日常の生活に奔走している。
そして、そんな賑やかな王都にも、やはり闇の部分がある。
ミルディクの端、スラム街の一角。
浮浪者や暴力団などが住まっている場所。
スラム街の、更に奥まった、昼間でも薄暗いところに一件の大きな廃屋がある。
所有者はいないはずなのに、不思議と手入れが行き届いており、周辺の荒くれ者もここには入ってはならないという不文律が出来ている。
この建物の3階で、今、2人の男性と3人の女性が向かい合っていた。
「ヨトゥム山ねぇ……ほんとにそんなとこにいるの?」
立ったままの3人の女性の内、中央にいた女性が口を開く。
腰まである美しい金髪を靡かせ、抜群のプロポーションから無意識に滲み出る色気を放つ1人の女性。
いわゆる女性らしい体型に見えながら、実は引き締まった筋肉を黒いジャケットとスキニーパンツで隠し、腕を組んで、椅子に座っている男達を見下ろしている。
「確かだ。手練れの追跡者に依頼し、奴の部下の1人を尾行して、ようやく突き止めた」
男の1人が口を開く。
この廃屋の実質的な所有者はこの女性達。
彼女達に相談事がある人間は、この廃屋に赴き、必ずこの部屋でテーブルを挟んで対面し、自身は椅子に座らなければならないルール。
相談事といっても彼女達はボランティアではないし、街に溢れる偽善を反吐が出るほど嫌う。
彼女達はアスガルドで最高の腕前を持つと言われる暗殺者。つまり彼女達に用事があると言う事は、普通は殺しの依頼、の筈なのだ。
だと言うのに……
「どうして私達に捕縛なんていう面倒な依頼がくるのかしら?」
男達から向かって左側の女が口を開く。
肩甲骨辺りまでの金髪に、最初に口を開いた女と比べるとスレンダーな体型。服装は、3人とも最初の女と同じような格好をしている。
「依頼内容は『タマス商業ギルドの長、ラバ・タマスの捕縛』だよね? 場所がわかってりゃ、あんた達、闇ギルドなら、他にもっと適任を探せるでしょうに」
今度は向かって右側のショートカットの女が口を開く。2人よりは少し背が低く、童顔だ。
「ここで仕事をするのはほんとに久々だけど……私達の専門は、覚えてるわよね?」
左側の女は捕縛、という依頼が気にいらないようだ。その様子を見て、たじろぐ男達。
「も、もちろんだ、これには理由がある。知ってると思うが、タマスは表立って自分こそ世界一の悪徳商人、というほど、今までに散々悪どい事をしてきた。依頼者はラバ・タマスに酷い目に遭わされた人達。非合法な手でタマスに慰謝料を請求しようとしている為、奴が死んでは困るのだ」
闇ギルドの男の1人が弁明する。その後を引き継いで、もう1人が口を開く。
「ラバ・タマスは、自分が世間から恨みを買っている事をよくわかっているからヨトゥム山なんかに本拠を置いたんだろう。奴はお抱えの殺し屋集団『怒る蛇』を飼っており、追跡者によると、幹部の殺し屋が護衛として7人、下っ端は数え切れないほどいるとの事だ」
「怒る蛇ねぇ……そいつらがいるから私達の所に話が来たと。そういう事らしいよ、ディヴィヤ姉さん」
ショートカットの子が、冷ややかな目で男達を見ている女性に、そう言葉をかける。
ディヴィヤ、と呼ばれた女はフン、と1つ鼻を鳴らし、腰に手を当てて、
「身柄の引き渡しはどこで?」
「ギルドまで連れてきてくれ」
その問答が終わると、中央の女性に視線を移す。
「だってさ、ラディカ姉さん。後はお任せするわ」
頷き、口を開くラディカ。
「纏めるとこうね? 報酬の半額を前金で。内容はヨトゥム山にいるラバ・タマスの捕縛。怒る蛇の幹部は殺して構わない。最後にラバ・タマスを例の地下の祈祷場に連れて行って貴方達に引き渡し、残りの報酬と交換」
「そうだ。是非頼む。怒る蛇の幹部達とやり合えるのはアンタ達しかいない」
中央のラディカがもう一度頷き、力強く、こう言った。
「わかった。この依頼は私達、ケルベロスが引き受けた」
それを聞いた男達は喜び、よろしく頼む、と前金を置いて帰って行った。
それを見届けてから、ショートカットの女が口を開く。
「姉さん達がドラフジャクドから帰ってきて、最初の仕事だね!」
「うう……あそこでの事を思い出させないで……折角、しばらく休みを取ってリフレッシュしたのに」
そう言って、憂鬱そうに目を閉じるラディカ。
その一方で同じような表情で頭を抱えるディヴィヤ。
「全くだわ。貴女には『配慮』というものが無いのかしら? ナディヤ」
そう、彼女達は、去年まで闇ギルドの指示により、ドラフジャクドの都市クリントートに、メイドとして潜入していたマラティとサンジャナ。
その指示を出した闇ギルドの人間も、そして彼女達自身も《滅導師》と呼ばれる超人、ヘルドゥーソによって操られていた。
リタ、クラウス、そしてメイドのシータに敗れ、まさにドラフジャクドの兵士達に投獄されようという時、僅かな隙を見つけて脱出に成功、アスガルドに帰ってきていたのだ。
「でもさ。相手の奴らって結局、凄い奴らだったんでしょ? 剣聖マッツ・オーウェンだっけ? 今、裏の世界や民衆の間で有名だよ? 姉さん達が恥じる事無いよ、全然」
マッツ・オーウェンとそのパーティの噂は嫌でも聞こえてきた。しかしその度にドラフジャクドでの嫌な事を思い出し、ディヴィヤとラディカの休暇が延びていたのだ。
「……相手、どうこうじゃ無いのよ。まず、超人だか何だか知らないけど、操られていたってのが腹がたつ」
かつてサンジャナと名乗っていた美貌の暗殺者、ディヴィヤが忌々しげに舌打ちする。
それにウンウンと頷く、マラティだったラディカ。
「ディヴィヤの言う通りだわ。しかも自分が何してたか朧げに覚えているしね。今まで、あのマリって奴ほど、手も足も出ない、と感じた子はいなかったわ」
「あの子は凄かったわね……あの時はヘルドゥーソの世界とやらで操られるがままだったけど、素で戦うとか有り得ないわ。あの子も超人なんじゃないの」
2人が話しているのを嬉しそうにニコニコと眺めるナディヤ。そして2人の姉に向かって、
「姉さん達、行く前とちょっと変わったよね、雰囲気が。なんてかこう……昔から優しかったけど、負け知らずだった時に比べて、角が取れたというか。肩肘張らなくなったというか」
2人の姉が言う『配慮』に欠けた褒め方をする。
「ク……そんなに負けた事を再認識させてくれなくても……いいのよ? ナディヤ」
ディヴィヤがキッとナディヤを睨む。
「いやいや、そうじゃないったら! ……あ~~あ。私もマッツ・オーウェンに会ってみたいなあ」
「どうして?」
ラディカが不思議そうにナディヤを見つめる。
「だってさ、彼に出会った人間や国って、悉く良い方向に変わってるよね。今日、闇ギルドの奴らも言ってたけどさ、今回の依頼者もマッツ・オーウェンがリナ諸島でラッドヴィグの問題を片付けたのを見て、俺達もって真似をしたようだって言ってたじゃない?」
「……」
「……」
そう、今回の依頼は、リナ諸島でラッドヴィグの被害者が闇ギルドに依頼、モロンハーナという賊の集団とマッツ・オーウェンのパーティが解決した、という噂がどこからともなくアスガルドの酒場を中心に流れ始めた事に端を発する。
全く同じ境遇だったラバ・タマスの被害者達は、その手があったか、と、闇ギルドに依頼したのだった。
「姉さん達を操っていたヘルドゥーソと、マッツ達は戦っているという噂だわ。姉さん達はマッツの仲間にやられたって聞いたけど、殺されはしなかったじゃない。私は、姉さん達を殺さなかったマッツのパーティに感謝してるんだ」
「ナディヤ……」
ディヴィヤが呟くと、少し涙を見せていたナディヤ。
姉達がドラフジャクドに潜入していた数年間、1人でこの場所を留守番していたナディヤ。
剣聖とドラフジャクドの騒動の噂が流れ出し、不安で一杯だったナディヤの前に彼女達が生きて帰ってきた時は、大号泣して出迎えたものだった。
「ねえ、私、もう暗殺者稼業、やめたいなあ……」
「……」
「……」
「暗殺者なんかしてたら、いつかきっと殺される。死んだら終わり、もう会えないんだよ! 3人で、もっと陽の当たる場所に行ってさ、楽しく好きな事してさ、好きな仕事だけしてさ、それから……」
「ナディヤ」
低い声で、妄想に耽るナディヤを制すディヴィヤ。
「貴女がやりたくないというなら無理強いはしない。でも私達には……これしかない。小さい頃から人をたくさん殺して来た。今更、人並みの幸せなんて……有り得ないわ」
反論を許さない、強い口調で言われ、不承不承、口をつぐむナディヤ。
その2人を何とも言えない表情で見つめる長女ラディカ。
最後にナディヤが小さく呟いた。
「マッツ・オーウェンに……会いたいな」
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