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第5章 陽の当たる場所に
陽の当たる場所に
しおりを挟む無事、神の種を収集した俺達は、その日の内にケルベロスのアジトに向かう事にした。
時刻は夕暮れ。
ここ、スラム街が活発になりだす時間だ。
浮浪者達が引っ込み、本当の仕事をやり始める。
暗殺者、盗賊、人攫い、稼業はそれぞれだが、いずれにしてもろくな仕事ではない。
「やれやれ。いつ来てもきったねー所だ。こういう所も取り締まらんとなぁ」
辺りを見回し、ブツクサ言いながら先頭を歩くオレストだが、街のゴロツキ共が皆、挨拶していくところを見ると仲は良さそうだ。
都市も大きくなると、このような闇の吹き溜まりが、ある意味では必要なのかもしれないな、なんて事を考える。
「あったぞ。あれだ」
1件の大きな廃屋を指差す。
3階建ての、表向きはボロい一軒家だ。
「邪魔するぞ!」
一切の躊躇無しに門をくぐり、鍵の付いていない扉を開け、家に入るオレスト。俺とリンリンも後に続く。
「……! オレスト!!」
1階にいたのは、あのショートカットの可愛らしい女の子だ。目がクリッとしていてまつ毛がとても長い。髪の毛は短いがくせ毛が流れて、可愛らしい顔と良く似合っている。背はリディアより少し高い位か。
何故オレストがここに? と椅子から少し腰を浮かせた中腰で怪訝な顔つきをする。
「やあ!」
オレストの後ろから快活に声を掛ける。
「……? ハッ!! マッツ……オーウェン……様!!」
俺に気付いて立ち上がり、最初こそ驚いた顔をしていたものの、胸で手を合わせ、目に星が宿る。
俺に会いたいと言ってたってのは本当みたいだな。まだ少女の面影が残る。姉2人とは少し歳が離れているようだ。17、8歳程か。
確かナディヤと呼ばれていたか……。
「ホッ!? 様だって? お前、暗殺者の世界でも有名らしいな」
オレストが俺の方を向き、おどけてみせる。
「フッフッフ。恐れ入ったかね」
そして少女に向き直る。
「ナディヤ。約束通り、サインしに来たよ」
そう言うと、パァーッと明るい顔をする少女。
「私の名前……あんな状況で覚えててくれたの!?」
「物覚えはいい方でね。……とはいえ、ディヴィヤ達についてはドラフジャクドでの変装がうまくて、ヒント貰うまでわからなかったけど」
「姉さん達は上だよ!」
明るく笑いながら手招きしてくれる。
「案内してくれるかい」
「うん! 着いてきて!」
階段を上がり、2階から3階に上がるのはハシゴを使う。
これも用心の為だろう。
ナディヤの言う通り、3階にはディヴィヤとラディカがいた。
「マッツ!」
ディヴィヤが俺に気付き、驚いて大声を出す。
「ディヴィヤ、ラディカも。先日振りだな」
「マッツ・オーウェン! ……とオレスト? 貴方、オレストなんかと知り合いなの?」
マラティと名乗っていたラディカが俺とオレストを見てそんな事を言い出す。
「なんかとはなんだ。なんかとは。しょっぴくぞ!」
「どうしたの? まさか本当にサインしに?」
オレストの言をあっさりスルーし、ラディカが少し笑いながらジョークを言ってくる。
「フフッ。本当に欲しけりゃしてやるが……お前、あの時、ヨトゥム山で言ってただろ? 借りは返すと。早速、返してもらいにきたんだよ」
そう言うと、ああ、とニヤリと笑うラディカ。
ディヴィヤとナディヤは眉を潜めてラディカを見ている。
「なるほど? いいわよ。誰でもタダで殺してあげるわ。誰? オレスト?」
「何だ。俺とやるってのか?」
「マッツが望むのであれば」
フンと鼻を鳴らすオレスト。
「ハハ……ま、わかってるだろうけど、殺して欲しい奴などいない。……逆だ。お前達、もう暗殺者なんてやめろ」
「「「は?」」」
ラディカ、オレスト、リンリンがハモり、
「「え!?」」
ディヴィヤとナディヤがハモる。
「何だよ、そんな変な事言ったか? 暗殺者なんてやめろ。美女暗殺者つったって、どこまで行っても人殺しだぜ? 『暗殺者』を取ったら『美女』になるってのに」
3人とも硬直する。俺の後ろでリンリンが「なるほど?」と小さく呟いたのが聞こえる。
「う……マッツ様ぁぁ」
みるみるナディヤが涙を流す。
今の仕事を辞めたい、俺に変えて欲しいと言ってたってディヴィヤが言っていたが、どうやら本当らしい。
「お前、ひょっとして……こいつらを口説きにきたのか?」
呆れた顔をするオレスト。
「まあ、そんなとこだ」
「アスガルド随一の暗殺者共を? 物好きだねぇ……」
ハッと1つ鼻で笑うが、そこで黙る。好きにしろってとこだろう。
「あり得……ないわ。そんな事」
ラディカが俯いて寂しそうに言う。
ディヴィヤも下を向いてそれに続く。
「そうね……あり得ないわ。物心ついた時から私達は暗殺者だもの」
「暗殺者を続けたいのか? ドラフジャクドの時はヘルドゥーソの影響もあってか、確かに人間味の無い、冷徹な印象だったが、この前会った時、そんな感じには見えなかったんだがな……勿論、今日もな。俺の勘違いか?」
シ―――ン……
静かだ。
隅の方でナディヤが小さく首を振る。
オレストも口を挟まない。
むしろ少し後ろに下がり、リンリンを促し、共にイスに腰掛ける。
「ラディカ姉さん……ディヴィヤ姉さん。前も言ったけど、私、暗殺者なんて辞めたいよ……」
「生きていくにはお金がいるのよ? どうやって稼ぐの? 私達にはこれしかないわ」
ラディカが即答する。
が、俺の見た感じ、拒絶、という感じではない。
「そんな事はないさ。これだけの美人が3人もいるんだ。喫茶店でもやりゃ、それだけで大繁盛だ。こいつなんて毎日、仕事中入り浸るぜ」
頬杖して完全に油断していたオレストを指差してやる。
へ? と言いながらも、「へへ。まあ……愛想よく、してくれたらなあ」などと聖騎士らしからぬ下卑た笑いを浮かべる。その横でリンリンが汚いものを見る目付きでオレストを睨んでいたのは内緒にしておいてやろうか。
ナディヤが俺に小さく笑いかけ、もう一度、姉達に訴える。
「ほら! 今をときめく剣聖のお墨付きだよ!」
必死に姉達を説得するナディヤが気になり、ふと、
「ナディヤは何かやりたい事があるのかい?」
それだけ言うのなら何かあるのだろうと思って聞いてみたのだが、
「え? え……ええ? あ、いや、う~~~ん……」
悩み出すナディヤ。やりたい事がある訳じゃないのか。
なるほど。辞めたいって思ってるだけなんだな。
でも、それはそれで良いと思うぜ。
「ほら見なさい。何かある訳無いじゃない。だって私達はこれしか知らないんだから」
「ラディカはアスガルドに思い入れがあるのか?」
まさか! と目を見開く。
「ある訳ないわ! こんなゴミ溜め」
「こら! ゴミ溜めはここだけだろ!」
後ろからオレストが反論する。
「よしよし。皆の思いは凡そわかった。ではナディヤのリクエストに応えて、俺から新たな職の提案だ。暗殺者であった事を活かし、尚且つ3人一緒に働ける」
「え……?」
ディヴィヤが青い瞳で俺を不思議そうに見つめる。
「君たちの腕を買っている。リタ、クラウスと互角以上に戦える戦士なんて、世界を見渡してもそうはいない。ランディアに来て、俺の隊に入れ。暗殺者なんて辞めちまえ! 勿体無い」
シ――――――ンッッ
2度目の静寂。
あれ? 外したかな……
だが、守備隊に欲しい逸材である事は間違いない。
「マッツゥゥ……さまぁぁ」
不意に泣き出したのはナディヤだ。
俺の所までヨタヨタと歩き、胸に顔を埋める。
「うぅ……うぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
ヨシヨシ。
可愛いなあ。
ナディヤの頭を撫でてやる。
ディヴィヤとラディカはお互いを見やっている。
どうしていいかわからない、といった感じだ。
「それ、本気で……言ってるの?」
ラディカが真意を探る感じで俺の顔を覗き込んでくる。
「当たり前だろ。冗談で言うことか。アスガルドで兵士っつってもしがらみとか、知った顔とかいて嫌だろうし、この国に思い入れが無いんなら、ランディアに来ればいい」
「……」
ラディカが何やら考え込んでいるが……いや、答えは出てるだろう。言いにくいだけ、そしてディヴィヤはそんなラディカに遠慮しているだけ、と見た。
「命のやり取りなんざ、無い方がいいに決まってるさ。ランディアは平和だぜ? ま、ちょっと前までモンスターが出てたけどな」
「ラディカ。私、マッツの国に行きたいわ」
最初にはっきりと意思表示したのは、意外にもディヴィヤだった。
「ディヴィヤ……」
「ラディカ姉さん、私も行きたい。聞くところによるとすごい田舎みたいだけど……こんな所にいるよりはよっぽどいい!」
こらこら、聞き捨てならん。
だが、確かにアスガルドに比べると田舎と言われても仕方がないか。
「貴女達……」
「ラディカ。お前も来い。俺の隊には、いい男達もたくさんいるぜ? あ――……だが、お前の色気は放っとかれないだろうなあ。うちの隊員達が腑抜けになるのも困るが」
「そんな! 私達には人並の幸せなんて……」
すると、ずっと黙っていたリンリンがカッコいい所を持っていく。
「お前達がやってきた過去は消えん。暗殺者に狙われる奴なんてろくな奴じゃないだろうが、それでも殺していい事にはならない。これからマッツの下で働いて、精一杯、悔い改めるんじゃな。未来は皆に平等にある」
クッ……俺の決め台詞を……
リンリンがニヤッと笑う。
「えと……そちらのお子様は……?」
ナディヤがリンリンに視線を向けながら俺に聞いてくる。
「お子様じゃない。《大召喚士》リンリン。5超人の1人だぞ」
「ちょ……超人~~~!?」
「うっそ……」
「こんな小さな子が!?」
三様に驚く彼女達に、少し胸を張るリンリン。
「フッフッフ。身なりは小さいが、お主らよりは長生きしているぞ?」
3人が驚きの顔を見せている間に、トドメの口説き文句だ。
「薄暗い道を歩いてきた『ケルベロス』は今日、この場で終わりだ。今から一緒に城に来い。これからは俺と一緒に陽の当たる場所で生きろ!」
決め台詞のやり直しだ。今度こそ、決まった……!
……だが、それを半笑いのオレストが台無しにする。
「もう、夜だけどな」
柄に手を掛け、オレストに向き直る。
「よし。お前、ぶちのめしてやる」
「なんだ、やるか? やるのか? 本気で行くぜ?」
椅子から腰を浮かしたオレスト、その横からリンリンにパカっ! と殴られた上、ドアホゥ! と罵られる。
「なんで俺だけなんだ! ふっかけてきたのはマッツだろ!」
「マッツはいいんじゃ! リンはマッツが大好きなんじゃから!」
「なんだそりゃ? 依怙贔屓じゃねぇか!」
「ああ、そうだとも。お主、少し口を噤んでおけ!」
全くマッツ様はモテるねぇ~と嫌味ったらしく言いながらも、フンッと鼻を鳴らし、だが、ニヤけた顔で座り直すオレスト。
それを見てフフッと笑うディヴィヤとラディカ。
「決まりで、いいな?」
その2人にそう言うと、ディヴィヤがラディカの顔色を伺う。
ハァ……と1つ、だが、笑いながらため息を吐き、頷くラディカ。
よしッ!
「1つだけ言っておくぞ、娘達」
リンリンが突然、声を上げる。
「マッツは女好きじゃが、よくモテるから妬かん様に。それと既に正妻がいるので、そこは気をつけるように」
えッ! と小さく声を上げるディヴィヤ。
正妻って……
その言い方はなんか違う気がするが……でも間違ってもいないのか? あれ?
「私には……関係ないわ。あるとしたら、残りの2人かしら?」
ラディカが2人の方を見ながらフフッと妖しく笑う。
「マッツ様はほんと神様みたいなお方だから……私のものにするなんて、とんでもないよ」
そう言って拝み出す。なんだ、ナディヤも違うのか。
これでディヴィヤにもフラれたら目も当てられない。
「……フ……フン! そんな事より! さっさと城に連れて行きなさい!」
やった! 脈あったぜ!
真っ赤な顔をして強がるディヴィヤ。
まさかドラフジャクドで美しいメイド姿を披露してくれた冷徹な暗殺者が、こんなデレを見せてくれるとは……
そして長らくここに住んでいた割に未練がない為、持っていくものも殆ど無い、という事で、本当に今これから俺達と一緒に旅立つ運びとなった。
廃屋を出た後、不意にナディヤが腕を組んで来て、こんな事を言った。
「マッツ・オーウェンに会いたいなって言ったら本当に会えるなんて……神様みたい、じゃない。きっと貴方は神様なんだね!」
いや、俺、ちゃんと生きてるからね!
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